鈴木寛「家庭の教育力が新たな課題一PISAの結果を読む」

 3月7日付note拙稿「『家族による支援』が子供のウェルビーイングの最大の課題」において、OECDが3年ごとに81カ国を対象に実施している、生徒の学習到達度に関するPISA2022調査結果について、文部科学省・国立教育政策研究所が公開していない最重要資料があることを指摘した。それは「家族からのサポート」に対する生徒の評価が世界最低であり、しかも断トツに低いことである。このことについて、東大教授・慶応大特任教授の鈴木寛氏が3月19日付教育新聞で、次のように指摘している。

日本の保護者の子どもに対するケアは、少なくとも子どもたちの視点から見ると、調査対象国の中で最も乏しいという調査結果が出たことについて、もっと日本社会全体として重大に受け止めないといけない。これは議論を始めるいい機会だと思う。
 今回、生徒に対する意識調査に、コロナ禍をはじめとする厳しいときに、家族が支援してくれたかどうかを聞く項目があったが、その結果を見ると、日本だけが「家族による支援」が著しく低く、OECD加盟国37カ国のみならず調査対象国81カ国で最低だった。これは文部科学省や国立教育政策研究所が発表した日本語での調査結果の説明資料ではあまり強調されていないが、調査結果の原典に当たれば明らかなことなので、きちんと指摘しておきたい。・・・
 興味深いのは、日本では「家族による支援」と「コロナ禍における教員による支援」が低かったのに、生徒のウェルビーイングにつながる「学校への所属感」を示す指標は上から6番目に高い、という結果が出たことだ。これはどういうことなのか。詰まるところ、日本の学校では、生徒同士が非常に助けあった…「家族による支援」と「教員による支援」が十分でなくても、子どもたちはお互いに助け合い、「仲間の支援」を通じてコロナ禍を乗り切ったのであり、そのときに重要な役割を果たしたのが「学びの共同体としての学校」だった。これが今回の調査結果のエビデンスが示したことだと思う。
子供のウェルビーイングを高める「保護者教育」が必要
 子どものウェルビーイングを考える時に、日本ではすぐに学校の問題にしがちだけれども、実は子供のウェルビーイングに関わる問題は家庭や保護者との関係に依拠しているところが非常に大きいということだ。日本はこの調査結果を踏まえ、いま一度、問題の再設定が必要になっている。言い換えれば、子どものウェルビーイングを高めるという政策課題を考えると、今までの認識はちょっとずれていることが今回の調査結果から明らかになった。こども家庭庁の最重要課題にしてほしい。
 どうやって保護者が自分の子どもたちに向き合い、関係を深める時間を確保できるのか。そのためにどうやって社会が子育て家庭を支援できるのか。これらを日本の社会全体で考えていく必要がある。教育政策の文脈でいえば、日本は「保護者教育(Parental Education)」をもっと視野に入れないといけない。PISAの結果公表に合わせて、アジアの教育関係者を集めたシンポジウムを昨年12月6日に東京大学で開催したのだが、そこに出席した香港のクリスティーン・チョイ教育長官から、香港では教育政策として「保護者教育」をきちんと打ち出し始めたことを聞かされ、私は衝撃を受けた。いじめや不登校、メンタルヘルスなど子どもたちが抱える問題について、香港では、学校の対応だけではなく、家庭に対する支援や教育と合わせて対応している、という。
 日本で教育政策の中に「保護者教育」をさらにきちんと位置付けるとなると、一つは、行政の縦割りに落ちてしまいそうなところなので、こども家庭庁に省庁横断によるリーダーシップを発揮してもらう必要がある。さらには学校管理職の職務として、「保護者教育」を明確に位置付けていかなければならない。管理職研修の重要な柱の一つとして「保護者教育」を入れ、それを子どもたちのウェルビーイングにつなげていく観点が必要になってくる。
大人と子供が「ともに変わる」一「教育へのマインドセット」を変える
 重要なことは、子どもたちが内発的動機付けによる学びができるようになるためには、教員にも保護者にも内発的動機付けによる学びが必要だということだ。結局、これまでの日本は、教育を受ける過程で内発的動機付けがないまま子どもが大人になり、その人たちが保護者になってきた。だから、内発的動機付けによって行動できる大人がとても少ない。これは社会全体の病理だと思う。しかも鶏と卵の関係なので、大人も子どもも同時に変えていくしかない。大人が内発的動機付けによって行動できるようにならないと、子どもたちをそういうように育てられない。
 教育の目的の一つが、内発的動機付けによって行動できるようになることだということを、保護者も教員ももっと認識しなければいけない。
これはOECDが「学びの羅針盤」で求めたエージェンシー(能動性・主体性)の発揮ということにもなる。学力とは知識と技能の習熟であり、そうした学力を身に付けることが教育の目的であるという昭和型の考え方を変えていくこと、すなわち教育へのマインドセットを変えていくことが必要だと改めて指摘しておきたい。


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