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不老長寿テックスタートアップを設立しました

この度、不老長寿バイオテックスタートアップ「TAZ Inc.」の設立を発表しました。どんな想いで取り組んでいるかについて、書きたいと思います。

なぜ今、不老長寿テックが熱いのか

 不老長寿という概念は、古くは秦の始皇帝が不老長寿の薬をもとめた時代からから人類の夢として掲げられ、長年にわたって様々な取り組みがなされてきました。一方、近年の科学研究において不老長寿の領域は急速に発展してきていることで、夢から現実になりつつあります。

 1980-90年代頃からカロリー制限により寿命が延びるといった研究はなされていましたが、2000年にサーチューイン遺伝子が寿命延伸と関わることが発見され(Nature 403, 795–800 (2000))、その頃から遺伝子に着目した老化制御の研究が行われてきました。また、2011年にはマウスで老化細胞を除去することで、老化を予防し健康寿命を延ばすことが発見されました(Nature 479, 232–236 (2011))。それ以降この10年程で「セノリティクス(老化細胞除去薬)」という概念も活発に研究が進んでいます。こういった発見により長寿薬の実現可能性が高まっていることから、老化研究に対する機運も高まっており、例えばアメリカ国立老化研究所の研究予算は増加の一途をたどり、2023年には日本円で約6000億円にもなっています。

アメリカ国立老化研究所の研究予算は2023年に約6000億円にも増加
(2024年1月時点での為替換算)

 このように老化の科学的発見や研究が盛んになっている技術的な背景から、投資も盛んに行われ始めています。
 月面探査コンテストなどで知られるX PRIZE Foudationは2023年11月に、高齢者の認知、免疫、筋肉などを10年分若返らせる治療介入に対して総額1億ドル超を提供する不老長寿コンペを発表しました。
 米国では不老長寿関連のスタートアップが急増し、熱い領域になっています。オープンAIのサム・アルトマン氏がRetro Bioscienceという不老長寿テックのスタートアップに約270億円もの金額を個人投資したことが2023年にはニュースになりました。不老長寿テック企業にしか投資しないVCであるLogevity Fundも存在し、この投資先でありピーター・ティールやジェフ・ベゾスの投資先でもあるUnity Biotechnologyは老化細胞除去薬の開発を行っており、既にNASDAQ上場もしています。

 また一方で、日本の超高齢化社会のように世界的にも高齢者の人口割合が増えています。日本に限らず、様々な世界中の国が今後高齢化に伴う健康の問題に直面することになります。老化のプロセスが深く関連する疾患は、がんや糖尿病、認知症、心疾患、脳卒中など多岐にわたり、それらが医療費を圧迫するという社会問題にもなっています。高齢化に伴う健康の課題に対して、介護人材を増やすなどの人海戦術ではなく、サイエンスの力を使って課題解決しようという潮流が背景として存在しています。不老長寿テックは、単に「自分が長生きしたいかしたくないか」といった議論ではなく、世界的な高齢化社会を迎える中で、科学技術に基づいた課題解決法を探索し提案していくことが喫緊の課題だと言われています。

このような「技術×社会課題×投資」の背景があることが、世界的に不老長寿テックスタートアップが盛り上がっているという現在のグローバルトレンドを作っています。


個人的な動機

 私自身は、家族に医師が多い環境で育ちました。父や叔父、祖父(今となっては姉や従弟も)が医師である家庭で育ち、子どもの頃に自分の進路を考えはじめるときにはまず、医師になるのか・医師以外になるのか、という2つの選択肢から考えはじめました。
 ある時、父の職場見学に行き、それまで大きな怪我も病気もしたことのなかった私は大きな総合病院に初めて足を踏み入れました。そのときに驚いたのはその病院の建物の中の世界にくる人は全員病気をしているという世界で(病院だから当たり前ではありますが)、世の中のすべての人が病気である世界を想像して愕然としてしまいました。実際に健康な人でも多くの人は老化によって病気を経験します。それを治療することが非常に素晴らしい仕事であるのは何の疑いもないことですが、「病気になる前に何とか予防できないのか」「そもそもなぜヒトは病気にならなければいけないのか」と大きな違和感を持ち、そこから疾患の「予防」に関する生命科学の研究をする進路に領域に進み、博士課程まで進学して病気の予防に関する研究を行ってきました。
 博士課程の在籍中の2013年にジーンクエストというゲノムの解析スタートアップを立ち上げ、個人の方に向けてゲノム解析サービスを提供することで、遺伝子情報から病気の予防の選択肢を社会に提案する仕事をしました(現在もジーンクエスト社の非常勤取締役として経営に携わっており、今後も関わり続ける予定です)。
 「なぜヒトは病気にならなければいけないのか。」個人的な動機としては子どもの頃に感じたこの問いに対して科学技術の活用して挑戦していきたいという意志があります。老化とは、加齢に伴って「病気になりやすい状態」であるとの考え方もありますが、そもそも生物にとって老化することは必然ではありません。死なない生物はいませんが、老化をしない生物は山ほどいます。前述のような科学研究と技術の社会実装を進めることで、将来的には人類もテクノロジーによって健康なまま老化することなく生涯を遂げる時代が訪れると考えています。


不老長寿への主な研究アプローチ

 さて、不老長寿テックと一言にいっても、思い浮かべるものが人によって多岐に渡ると思います。ここで指す不老長寿とは何かを整理したいと思います。
 まず初めに不老長寿は不老「不死」とは別物であることです。不死へのアプローチもされており、例えばイーロン・マスクのNeuralinkや東京大学の渡邉正峰先生が行っているような、仮想現実に脳のデータを接続することで身体的な制約から解放するという研究がありますし、逆に人間を機械化するような取り組みもあります。
 私たちが取り組む分野はそこではなく、あくまで不死は目指さずに健康なまま生涯を遂げる、つまり身体を老化させずに健康寿命を延ばすところに主に注力していきたいと考えています。現在、不老長寿についてのアプローチはいくつかの方法があります。

①代謝系の制御

 最も実現が近いと考えられている方法です。カロリー制限により多くの生物は寿命が伸びることが古くから知られています。日本でも腹八分目という言葉があるように、摂取カロリーを制限すると、最も健康で寿命が伸びることが知られています。体内ではカロリー制限をしたとき長寿遺伝子とも呼ばれるサーチュイン遺伝子の経路を活性化させることが明らかにされています。そして摂取することで、カロリー制限をした時と同じような体内の遺伝子発現変動を引き起こす成分(CRM: Caloric restriction mimetic カロリー制限模倣物)が知られてきています(Cell Metab. 5;29(3):592-610 (2019))。

主なCRMのメカニズムターゲット(Cell Metab. 5;29(3):592-610 (2019))

 例えば最近サプリメントとして流行しているNMNもその一つです。CRMの作用を持つ成分は他にもあると知られていまして、例えばメトホルミンもそうです。メトホルミンは長寿の薬として世界で一番最初に承認されるのに近いと考えられている薬の1つです。同じように、犬では長寿薬がもうすぐ承認されるとの見立てもあります。
 このような代謝系に働いて老化予防作用を持つ成分は、他にもあるのではないかと考えられいて、今後も新規成分の発見など可能性がある領域だと個人的にも考えています。

②老化細胞の除去

 老化細胞の除去する成分のことを「セノリティクス(老化細胞除去薬)」と言いますが、この概念は約10年前から登場したものです。

PubMedで「Senolytics」検索時のヒット論文数

「老化細胞」とは細胞が老化して、それ以上増殖できなくなった細胞のことを指します。ゾンビ細胞と言われることもありますが、ただ単に増殖できなくなっただけではなく、その老化細胞が炎症性物質などを放出することで慢性炎症を惹起し、がんなど様々な加齢性疾患の発症を促進する原因になっていると考えられています。

 前述のとおり、2011年の研究では、老化細胞を除去することで、老化を防ぐことができるといった発見がありました。老化細胞を除去する成分の探索研究が近年世界中で行われており、これからも新規の有効成分が発見される等とても可能性のある領域だと思います。まだ老化細胞を除去する薬として承認されたもの世界中でもありませんが、そこに向かって開発を進めているスタートアップや挑戦してる研究者は多く存在する状況です。

③エピジェネティクスの巻き戻し

 上記の2つと違って、老化を予防するのではなく「若返り(Rejuvenation)」という概念のものです。
 2020年には、デイビット・シンクレアがマウスの視神経を回復させた若返らせたといった研究がNatureに掲載され話題となりました

Nature Volume 588 Issue 7836, 3 December 2020

山中因子を活用してエピジェネティクスを巻き戻すことで、高齢マウスを若返らせることができたという報告もあります(Nature Aging, 2 243–253 (2022))。ここについては実際にヒトへの応用に至るまではもう少し時間がかかる領域ではありますが、将来的に若返りが実現可能になるかもしれない有望な領域と言えます。

その他、血液交換により若返るというアプローチや再生医療を用いたアプローチなど、上記以外にも様々な方法が研究されています。

この領域で日本が勝つにはどうしたら良いか

 「ブルーゾーン」とは、世界における5大長寿地域を指す言葉で、日本も含まれています。本来であれば、世界で最も平均寿命が長い国である日本に強みがあると思います。老化に関連する研究でおもしろい研究者、技術もある中で、日本が世界で最も有利な立ち位置にいてもおかしくないと思います。 
 しかし、実際のところはそうではありません。日本が科学技術の力で社会課題を解決し、世界にその方法を輸出していくためには、この領域に対する投資が増えること、また参画する多様なバックグラウンドの人が増えることだと思います。
 米国では国の研究費自体が増えてはいますが、人に関しても、医学・生物学・生命科学の研究者の研究者だけではないビジネスマンやエンジニアや投資家など異分野の人達が参加することで盛り上がっている状況があります。学会のランチョンセミナーに投資家たちが参加して研究についての質問をガツガツするという場面もあります。人(特にビジネス領域や異分野の人)と資金が集まることで、日本がこの超高齢化社会の課題を解決し世界に技術を輸出していける大きな産業の一つの可能性になると個人的には考えています。

不老長寿テクノロジーを得た人類の未来は

 「長寿なんて促進したって、より若者が活躍できなくなる社会になるだけなんじゃないか」「私は別にそんなに長生きしたくない」といった声を聞くこともあります。ただ、私が挑戦したいのは単にヒトの寿命を延命をしようということではなく、健康なまま生涯を終える人類を増やすことです。健康でいれば常に挑戦し続けられる、といった身体の状態が心に与える影響も大きいです。また、既に超高齢化社会における健康の問題は喫緊の課題として社会に重くのしかかっています。
 別の観点では、不老長寿テクノロジーは人類の進歩に影響に与えると捉えられています。例えば将来的には人類が宇宙に住む時代は必ず来ますが、人類が宇宙に長期滞在することの問題の1つは、微小重力下であり強烈な紫外線・宇宙放射線のある宇宙空間では、ヒトの体は地球上にいるよりも10倍以上早く老化してしまうということです。そんなときに不老長寿テクノロジーを組み合わせて活用することで、宇宙に住む選択肢を掴むことができます。
 また例えば、世界気象機関によると、気候変動の影響により暴風雨や洪水・干ばつといった気象災害の発生件数は1970年から2019年の50年間で5倍近くに増加しています。そして2022年の研究(Proc Natl Acad Sci U S A,119 (8) e2121663119(2022))では、大規模な自然災害の経験が老化を早めることが明らかになりました。気候変動による自然災害は私たちが思っているよりずっと健康に大きな悪影響を与えているようですが、これも将来的には不老長寿テクノロジーを活用することで対処できるようになるかもしれません。他にも、人工冬眠技術の実現には不老長寿テクノロジーが不可欠であったり、人類の進歩に寄与する大きな可能性を秘めたものです。
 
 不老長寿テクノロジーは人類の挑戦です。プライベートでは自分自身が育児をしている中でまだ0歳の子を見ていて感じることは、人類は誰に教えてもらわなくても生まれながらに好奇心と挑戦心を持っている生物だということです。現代社会には課題が山積しており、課題解決をしてもすぐにまた新しい課題が尽きない世界です。そんな世界においての希望は、人類が常に挑戦し進歩していけるということだと私は考えています。難しい領域ではあるのは承知の上で、私も挑戦していきたいと思います。

最後に

ワクワクした方は、私たちの挑戦を是非応援してください。
また、弊社は創業フェーズにあり、事業拡大のためのCOO(最高執行責任者)を含む創業メンバーを募集しています。主にヘルスケア領域において事業経験・経営経験があり、将来の事業成長を共に築き上げていく意欲的な事業立ち上げメンバーを探しています。我こそはという方は是非ご連絡ください!
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