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ひきこもりおじいさん#48 深呼吸

スーパーあずさは塩尻駅をほぼ定刻通りに出発すると、雨に濡れて白く霞んだ田園地帯の中をぐんぐん加速して、すぐに塩尻と岡谷を結ぶ塩嶺トンネルに入り、一瞬にして車窓から見える景色は漆黒の闇になった。暫くするとトンネルに入って気圧が変化したせいか隆史の身体に感じる振動音が、耳に水が詰まった時のようにやけに籠って反響する。隆史はその変化に身体を適応させようと生唾を呑み込み、目の前にある自由席車両の扉をゆっくりと開けて中を覗くと、すぐに向かって左側の三列ほど後ろの席にいる信之介を見つけた。と同時にその信之介と目が合う。
「お~い、隆史くん!」
隆史に気付いた信之介が満面の笑みを見せ、手を振っていた。隆史は席までの通路を歩きながら、車両内を軽く一瞥したけれど、土曜日にも関わらず隆史と信之介の他には乗客は数える程しかいなかった。
「どうも、お久しぶりです!」
隆史が信之介の隣に来ると軽く会釈する。三ヶ月振りに会った信之介は、薄茶のジャケットの下にチェック柄のシャツ、ジーンズに革靴という格好だった。傍目から見ると、冬支度をしている長野の気候には少し寒そうに見える。
「いや~ごめんね。こんな遅い時間の電車になっちゃってさ。あれ?隆史くん大きくなった?」
目を凝らして不思議そうに信之介が言った。
「いや、身長は夏から変わってないと思いますけど・・・」
「そう?あ、俺が座って見上げてるからか!まぁ、とにかく座って!座って!」
「はぁ」
相変わらずの信之介の言動に何故か懐かしさを覚えながら、隆史はリュックを頭上の網棚に入れると静かに信之介の隣の席に腰を下ろした。そして、そのまま座席の背もたれに身を委ねるように全身の力を抜いて深呼吸をした。やはり自由席車両とはいえ、スーパーあずさの座席の座り心地は高速バスのそれよりも数段上だと感じるし、足下から微かに伝わってくる電車の振動音もその座り心地に安定感という良いアクセントを付けている。ただ三ヶ月振りに見た信之介は、なんだか夏よりも幾分やつれているように見えた。

#小説 #おじいさん #スーパーあずさ #トンネル #座席 #再会

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