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ひきこもりおじいさん#30 澄んだ瞳

「こんばんわ」
玄関に入った瞬間、透明感のある女性の声が聞こえて隆史は驚いた。目の前には艶のある黒髪を肩まで伸ばして、優しい笑顔が印象的な女性が立っている。
「え~と、こちらは一緒に住んでる杉本美幸さん」
美幸のすぐ横にいる信之介が少し照れながら言った。
「初めまして。杉本美幸です」そう言って美幸が微笑んだ。
「あの、え~と・・・」
隆史は何か言おうと思うが、突然の展開に咄嗟に言葉が出なかった。
「こちらは島村隆史くん。さっき説明した財布を無くした中学生」
信之介が補足するように美幸に伝える。隆史はこの時、アパートに着いてすぐ信之介が部屋に行った理由を理解した。いきなり見知らぬ中学生を連れて行っては驚かせると思い、美幸に事情を説明しに行ったのだ。
「すみません。松田さんの部屋に女性がいるとは思ってなかったので、驚いてしまって・・・」
信之介と美幸の両人に隆史が言った。
「ああ、そっか、ごめんな。俺も美幸のこと言ってなかったわ。驚かせるつもりはなかったんだよ」
「ちょっと信ちゃん、そういう事はしっかり言っておかないと駄目じゃないの!ごめんなさいね隆史くん」
美幸が澄んだ瞳を真っ直ぐ隆史に向けて言った。
「いえ、大丈夫です」隆史がはにかんで答える。
「はい、はい。すみま、千昌夫」
突然、信之介が美幸にダジャレを言ったせいで、その場の空気が止まる。
「え?」隆史が思わず反応した。
「あれ、隆史くん。千昌夫知らないの?有名な東北出身の歌手でさ」
「いや、そうじゃなくて。僕も同じことを親に言ってたので、まさかここで聞くとは」
「あ、そうなんだ。何かちょっと俺たち似てるじゃん!」
周りの反応など気にせず信之介が嬉しそうに言った。
「そんなことより隆史くん、すぐに電話しなくちゃいけないんじゃないの?」
半ば呆れながら美幸が言った。
「あ、そうだった。隆史くん、早く上がって電話しちゃって!」
「はい」
玄関にいた隆史は急かされるように部屋に上がらせて貰い、電話の受話器を取った。

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