わが故郷は平野金物店

3 我が故郷は平野金物店

 内藤洋子著「わが故郷は平野金物店」を読みました。著者はエッセイストで旧姓は平野。中日ドラゴンズ、西武ライオンズ、千葉ロッテマリーンズに在籍した平野謙外野手の実姉です。中日時代の平野選手が大好きだった私、その後のライオンズへのトレードはちょっと残念でしたが、西武黄金時代の一翼を担う選手として活躍してくれました。ひょんなことから本書を知り、すぐさまAmazonで購入しました。

 平野謙氏の生い立ちなんて考えたこともありませんでしたが、金物店を営む家で著者である姉、父母祖父母と6人で暮らしていたそうです。暮らし向きは悪くなかったようで、平野謙氏は母とキャッチボールなどをして野球に親しんでいたそうです。しかし、父親が若くして肝硬変で亡くなってしまいます。この時、著者はまだ小学生、平野謙氏は幼稚園です。著者は生前の父から手紙を預かっておりましたが、この手紙、涙なくして読むことはできませんでした。父の死を機に、祖父母は長男のもとで暮らすことになり、その上、母親には20万円というお金を今後の生活費にと請求したのだそうです。亡き父親の治療費がかさんでいるうえに、祖父母に20万円を支払い、母は1人金物店を営みますが、その母が胃がんで倒れ、亡くなってしまいます。この時、著者は高校2年、平野謙氏は小学6年生でした。その後、平野謙氏は野球部のない中学校に入学、中学校では野球はしていなかったそうです。

 両親が無くなってしまったので、親戚の家に預けられるというケースかと思いましたが、著者は高校を休学し、平野金物店の営業を始めます。祖父母の20万円の件があり、大人には頼れない、大人は怖いという思いを強くしたとありましたが、残念な大人に囲まれてしまって不憫でなりませんでした。

 その後、友達の祖母がお店を手伝ってくれることになり、著者は見事に高校を卒業します。その後も近所に同業者が出来たり、大型スーパーの出店のあおりを受けたりと時代の荒波にもまれますが、弟と2人で行商に行くなどします。しかし、弟の高校進学が決まったところでお店の売却を決め、自らは薬局に勤めます。その後、警察官となり、弟の大学進学・入寮とともに結婚します。タイトルの平野金物店はあっさり売却してしまったと思ったら、プロ野球選手になり、一軍で活躍するようになった弟がテレビ番組のふるさと訪問番組に出演する機会に恵まれ、兄妹でまだ残っていた平野金物店の建物を訪問、お世話になった近所の方々へ挨拶するというストーリーでした。

 大変な境遇の中で、何とか生活の糧を得るために懸命に働いた著者、弟が幼いことが羨ましいと書かれていましたが、幼くとも状況を察することはできるでしょうし、2人いたからこそ乗り切れたのでしょう。恵まれない境遇の中で、プロ野球選手という夢をつかんだ平野謙氏。私が記憶しているのは1番平野、2番上川、3番谷沢、4番モッカ、、、、なんていう打順ですから1985年あたりでしょう。40年弱の年を経て、改めて平野謙氏、いや平野姉弟の凄さを教えて頂きました。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?