闇の先へ15

Tom Traubert's Bluesが突然車でかかった。人生に疲れた敗残者の歌、と言っていいのかわからない。トムの目線は負け犬でありながら孤高で美しく、負けるということに対する卑屈さがない。ただただ孤独で、夜の闇の中、足を引きずって次の酒を浴びるまでの時間を生きる、そんな人生の負け犬を、酒で焼けた声で美しく歌う。その歌詞が時々ひどく沁みる。涙が出そうになるが、グッと堪える。

今も昔もガンズというバンドが大好きで、高校生の時にNovember Rainという曲のビデオを見て、その最後にギタリストのスラッシュがグランドピアノの上でソロを狂ったように弾きまくる姿に心の奥底まで撃ち抜かれた。同じことをやろう、思いついたら絶対にやりたくなる。わざわざ軽音部(当時は軽音班と呼ばれていたのだが)の部室から音楽室にアンプを持って行って、グランドピアノの上に置いて、最大音量でNovember Rainを弾いた。こっぴどく怒られた。俺が通っていた高校は自由を持って鳴る学校だったが、どうやら条件付きの「自由」だったらしい。とにかく怒られた。怒られながら、俺はニヤニヤしていた。負け犬どもめ、と思ってた。制度にとらわれ、ルールを守るだけが脳だと思ってる馬鹿みたいなクソ教師どもと思っていた。俺はこんな負け犬にはならないと、見下していた。

悪意と侮蔑だけがいつも鋭く俺の中で尖っていた。その尖りを持て余し、日々好きな本と詩と爆音のロックに塗れながら、ただただ迷惑をかけるためだけにあらゆる反抗をやり続けた。俺は俺の思うように生きる、負け犬にはならない、と嘯いて。最低のクソ人間だった。他人を殴りつける侮蔑で、自分の魂を傷つけ続けた。まるでそれだけが生きる意味であるかのように。

あれから30年以上経って、トムの歌がひどく沁みる。僕たちは常にこの人生で失い続ける。最初から負けゲームであることは決まっている。生きている人間は全て、負け犬なんだ。それに気づいた時、長い幼年期が終わった。そして今はただ、この世界の全てを自分の目で見てから、何か一つだけでも「理解」をしてこの世をさりたいと思っている。自分の手の中に、一つだけでも携えて。あの頃、何も見ようとしなかった、恐ろしく愚かで高慢だった自分に見えていなかったものを理解してから、闇へと還るのだ。

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