勝つためには、勝つ気で乗らない(賭けない)こと
力はあるのに勝ち切れない馬がいる。勝てないレベルは様々だが、たとえばナイスネイチャやステイゴールドなど、特にG1レースにおいて惜しいところで勝利を逃がしてしまうような馬たちには、自分を重ねてつい応援してしまう競馬ファンも多い。しかし、その馬に関わる人たち(馬主や調教師、ジョッキーなど)は頭を抱えたくなるだろうし、馬券を勝った人々もそう。もちろん馬にとっても、引退後のことを考えると死活問題となる。
だからこそ、あらゆる手を使って勝とうとするのだが、そのことで人間が空回りして、かえって勝利から遠ざかってしまうことがある。たとえば、鞍上を交替させたにもかかわらず持ち味を引き出せなかったり、ジョッキーは切れ味を引き出そうとして差しに回ったら前が壁になって脚を余したり、今度は勝つために自ら早めに動いたことで足元をすくわれてしまったり。勝とうとすればするほど、悪循環を辿るようになる。
岩田康誠「勝つにはどうしたらよいでしょうか?」
安藤勝己「勝つ気で乗らんことや」
私が敬愛してやまない安藤勝己元騎手と岩田康誠騎手の間で、岩田騎手の中央移籍に際して、こんな言葉のやりとりがあったことを思い出した。まるで禅問答のような安藤勝己の騎乗論であるが、これはまさに老子の説く「無為(何もしない)」の思想である。
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