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笑う国語辞典 〜辞書コラム

女:最近、私と惰性で会ってるんじゃない?
男:惰性……。えーっと……。
女:考え込まれてる段階で傷つくんだけど! 
男:いや、正確に答えたいんで……。
女:正確にってナニ??


惰性で会う、惰性で付き合う。

こんなこと言われて嬉しがる女がどこにいる!

不機嫌オンナの図(イメージ)


でも男の方は涼しい顔してこんなことを言う。

習慣化したことから抜け出せずに新しい展開が望めないってことでしょ。
悪い意味で使うことが多いけど、今は楽しい感じの繰り返しっていう惰性でいいんじゃない?

「慣性」と同意味とする、理系思考のオトコ


え? イマイチ納得しづらいけれど……。

そんなときは辞書を引こう。
明鏡国語辞典(第三版)に「惰性」はこう書かれている。

惰性→「これまで続いてきた習慣や勢い」


あらら、それほどネガティブな意味でもないな。
確かに世間一般では「惰性」はあまりいい意味合いで使われていない。
でもそれが絶対的な正解でもなさそうだ。

」って漢字がイカンよ。
おこたるだから。なまけるだから。
でも「そのままの状態が続く」という意味だってある。それが、惰性

辞書、面白いぞ。ことば、面白いな。
ことばの別の顔をちゃんと見た気分。

辞書を引いたからこそ知った、ことばの意味、勘違い。
そんなこととっくに知ってるわという方も大勢いらっしゃるだろうけれど。

でも今日は、前回の「消えた“ことば”わかりますか」につづき、楽しい辞書の世界をちょこっと紹介させていただこうと思っている。


▼辞書で「恋愛」を引いてみる


あなたは「恋愛」とは何かを説明できるだろうか。

困ったらまたまた辞書を引こう。
辞書本がない方でも、ネットで簡単に検索できてしまう。

私も手持ちの辞書たちで引いてみた。
恋愛とは‥‥

▼現代実用辞典(講談社国語辞典系列の非売品)

男女が互いに恋したうこと

現代実用辞典より引用


▼ベネッセ表現読解国語辞典 特装版

男女間で特定の相手をお互いに恋い慕うこと。

ベネッセ表現読解国語辞典より引用


▼明鏡国語辞典 第三版

二人が互いに恋い慕うこと。恋人の関係にあること。また、特定の人を恋い慕うこと。

明鏡国語辞典より引用



ふむ……。どの辞書にも「互いに恋いしたこと」と書いてある。
いや、それがどんな感情かが知りたいのだが。

いやいや、「互いに恋いしたこと」って、各社国語辞典同士でコピペ編纂していないか?


▼個性的な「辞書」を創り出したオタク学者


実は辞書編纂の歴史において、他の国語辞典からの引用は常である。
それを敢えて慣例的な〈模倣〉と言い、そのコピー元である国語辞典は〈親辞書〉と呼ばれている。

ところが、これに異を唱えた国語学者がいた。
模倣で語釈をまかなう辞書を「芋辞書」などと切り捨て、すべて自分で考えて書かなければ意味が無いとした国語学者が。

国語辞典研究者・山田忠雄先生である。ことばと辞書のオタク王者。

山田先生が他で絶対に真似されない独自の世界観を作り出された辞書、それが新明解国語辞典なのだ。
新明解国語辞典・初版発行昭和47年辞書界には「個性」という変革がもたらされたのである。



▼新明解国語辞典、超ド級の「恋愛」の意味


ではどれほど他と違うのか、山田先生(新明解国語辞典)の恋愛の語釈、説明を見てみよう。


▼新明解国語辞典 第三版 (恋愛)

特定の異性に特別の愛情をいだいて、二人だけで一緒に居たい、出来るなら合体したいという気持ちを持ちながら、それが、常にはかなえられないで、ひどく心を苦しめる・(まれにかなえられて歓喜する)状態。


他の辞書とは一線を画す、自身の経験と思しきニュアンス重視な語釈である。
しかも合体ときたよ合体と!
また同じ新明解国語辞典でも、改訂版では相手を異性に限定しない解釈に書き換えされている。

▼新明解国語辞典 第八版 (恋愛)

特定の相手に対して他の全てを犠牲にしても悔い無いと思い込むような愛情をいだき、常に相手のことを思っては、二人だけでいたい、二人だけの世界を分かち合いたいと願い、それがかなえられたと言っては喜び、ちょっとでも疑念が生じれば不安になるといった状態に身を置くこと。


辞書とは思えない感情揺さぶる名文だ。
まるで少女マンガに没入するが如く甘く切ない。山田先生の非モテ前提の解釈がまたグッド。ご自身の吐露と妄想すればさらに格別(失礼な!)。

このように、編者の解釈が偏っているのも辞書なのだ。
偏愛っぷりも面白さのひとつである。

どうだろうか。辞書にさえ絶対的な答えはない。
と、私は勝手に思っている。



▼怪しい説明あり。万能なんて思わない


いや、これはヘンだぞと思う語釈、説明さえある。

例えば三省堂国語辞典に、かつて「コギャル」が載っていた。
顔を黒く焼いたりする、ファッションがはでな女子高生など。{1990年代からの言い方。もと、大人の女性のまねをして遊ぶ女子高生をさした}→:ギャル。

でもこの説明、なんとなくふわっとザックリしすぎていないか。
これじゃイメージわきづらいし、ポイントもズレてる気がして仕方ない。
こんなふうに辞書にだってツッコミどころはあるものだ。
編者の得意・不得意を見つけるのもオツだったりする。

辞書は引くだけじゃないんだな。

けっこう、笑える。けっこう、楽しい。


▲新明解国語辞典・・・日本で一番売れている国語辞典。
第八版が最新版(2023年11月現在)だが、
ハルカ推しは、
山田先生のイキのいい語釈が楽しめる、第三版・第四版。
私はもちろん、三版、四版、八版の3冊持ち!



▼各辞書のこんな個性、放置できます?


じゃあここに上げた新明解以外の国語辞典がオモロナイかというと、とんでもない。

【明鏡国語辞典】

▲明鏡国語辞典は、他辞典には採択されていないスラングや流行語なんかが豊富。“時代のことば感”が味わえるウルウル辞書なのだ。
「エモい」「ドン引き」も載っている。「おた(オタ)」まである。

誤用とされていることばも、歴史の必然として採択されているのだ。


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【ベネッセ表現読解国語辞典】

ベネッセ表現読解国語辞典は、実はことばの意味を引くにはあまり向いていない。そのことばを実際にどのように使うかという実例や書き方・表現に特化している。チャートも多用され、文章を書きたい人には「ことばの広がりや深み」が一覧できる、変化球版の辞書である。

今回、スタンダードでシンプルで、権威的なポジション辞書はここでは取り上げていない。
なぜなら私が持っていないから。愛用していないから。申し訳ありません。

例えば、広辞苑岩波国語辞典などがそれに該当。
買わなきゃダメだと思いながら、いまの手持ち辞書群でなんとでもなるので益々遠のくスタンダード。

私はどうも、「読むこと重視」な満足感を優先しがちなのだなあ。

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【類語ニュアンス辞典】

▲そして自慢の1冊に、類語ニュアンス辞典(三省堂)がある。
これは全体が長い読み物として編纂されている辞書。編著者の中村明先生が、テーマに沿った読み物としてことばのニュアンスを独自感性で大胆に掘り下げ、文学作品からの実例も交えつつまとめられた変わりダネ。まさに読書する辞書の新境地。これは別記事でくわしく紹介したい。


この辞書の中面ページはこんな感じ(下写真)。辞書というより普通に読書する感じに近い。個人的感想を言うならば、うっとりする読み心地。

類語ニュアンス辞典(三省堂)中面イメージ
著作権の関係上モザイク処理


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【国語辞典の遊び方】


最後に『国語辞典の遊び方』を──。
数ある辞書を分類し、楽しみ方や読み方をわかりやすく書かれた本を紹介しよう。
「辞書ってこんなにオモシロいんだ」と、ワクワクする1冊である。この本はガイド本としても最高! 
特に辞書の特徴を男子タイプに擬人化(イラストあり)して解説するセンスに脱帽だ。
ちなみに私の大好きな「新明解国語辞典」は、「マイノリティの味方!ワイルドな秀才くん」という分類。読めばきっと、お気に入りの男子、もとい辞書が見つかること請け合いである。


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さて、辞書の話はまだまだ終わらない。
「恋愛」の語釈については私の他記事ですでに紹介済みだが、大好きなので敢えて再掲載した。新明解国語辞典・山田先生の偏執っぷり、オドロキネタはワンサカある。
それに辞書と日本語といえば忘れてはならないnoterさんも紹介したい。

これに懲りず、辞書編の次回記事もお読みいただければと願うばかり。