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シーラカンスに乗って

「シーラカンスが肺に住みだしたせいで
過去に行きたくなったから、
タイムマシーンを作ってくれよ」と
友人が管を巻いている。
酔っているんだろ、君。
あるいはネジでもなくしたのかい?
君、そういや未成年だったねえ。
甘酒ででも酔ったのかい?
君、馬鹿だからさ、思い込みで酔ってるんだよ。

「タイムマシーンで飛んでけるのは
未来だけらしいぜ」
そんなこと知っているし、
それがわかっているなら諦めなさいよ、
君、本当に馬鹿だねえ。
そもそもね、タイムマシーンは
事故があってから使われてないんだよ、
君だって知ってるだろう?
ほら、そこにある…
…というか、君が今乗ってるやつがそれなんだよ。
なんで乗ってるんだよ、馬鹿だね、
ほんとに馬鹿だね。
ガチャガチャやるんじゃあないよ、
いよいよもって壊れちまう。

「お前だって時空間移動、したいんだろ。
こんなに大事にとってあってさ」
そうじゃないよ、こいつは僕の子供なんだよ。
なんの役目も果たせなくなってもさ、
愛しいんだよ、やっぱりね。
ああ、だから乱暴にするんじゃない!
可哀想だろう、まったくもって、もう。
君になんか到底やれないね。
…よりにもよって、シーラカンスなんて。
もう君の肺はまともに機能しないんだぜ?
それどころか、君、もう、
わかってるんだね?
せめて、治してもらえそうなところに、とか
それくらいのこと、思いつくだろう?
ほんとに、馬鹿だね。

「原始の深海に潜ってさ、
化け物みたいな、巨大な何かに食われてさ、
そいつの中で生きるんだ、それが俺の夢なんだよ」
くだらない夢、と一蹴するには
君の顔が輝きすぎていたから。
ねえ、君はほんとに馬鹿だよ。
もう少し希望らしい顔したさ、
君がこれから生きる道を彩るようなさ、
タイムマシーンなんて必要ないようなさ、
輝くような夢ってやつ、持ってみたらどうなんだ。
似合わないこと言うな、なんて
達観した顔で見ないでくれよ。
君は、馬鹿だよ。
大馬鹿者だよ。
馬鹿らしく生きててくれよ。
死を、そんなきれいな顔して語らないでくれよ。
すがりつけよ、この世に。
ましてや原始、なんて、
そんな、あまりにも遠いところ、行くなよ。
この世にいろよ。
ここにいろよ。
タイムマシーンなんて、君には必要ないよ。
君は、
未来にだっていけるんだぜ。

「俺は、帰るんだよ」
どこにさ。
「根源に」
君、そんな言葉、使えたんだな。
…そんな、呆れた顔して笑うなよ。
もっと馬鹿みたいな顔してさ、
馬鹿みたいに笑ってさ、
馬鹿みたいなこと言ってさ、
…馬鹿でいてくれ。
頼むから、そんな顔していないでくれ。
もっとふざけた顔で、
生きててくれ。
帰ることなんてしなくていい。
未来に行こうぜ、一緒にさ。
「無理だよ」なんてさ、言うなよ。
頼むから。言うなよ。
夢、見てろよ。
馬鹿みたいな夢。
君にぴったりな、希望に満ちた馬鹿らしい夢。
なあ、馬鹿でいてくれよ。
君が馬鹿らしく生きてけない世界なんて、
狂ってるんだよ、おかしいんだよ。
馬鹿でいてくれよ。
…わかってる、
馬鹿なのは、僕だ。

「子供みたいなこと言うなよ。
お前は、最高の天才だよ、別れが怖いだけでさ」
ああ、君が何やら賢そうなことを言っている。
君が、酔っていただけなら良かったのに。
タイムマシーンに夢を見て
それでも今を見て生きてけるような
希望を持っていてくれたなら良かったのに。
そんな顔して語らないでくれよ、死なんかを。
シーラカンスなんて吐き出しちまえよ。
それ自体が長く生きているわけじゃないくせに
君の祖への愛を増大させやがる。
馬鹿みたいな言い回しだって?
だって、だってさ、
悔しいんだよ。
シーラカンスなんかに、
君の人生が奪われてしまったんだぜ。
なんでそんな満足そうな顔で笑えるんだよ。
生きたいって叫べよ。
タイムマシーンなんかに、夢を乗せるなよ。
せめてさ、未来に夢を見ろよ。
そしたら、きっと、あと、少しで行けるのだから。
君が永遠になれないはず、ない。
そうだろ?
だからさ、
原始になんて、行くなよ。

「また会おうな」
笑って言うなよ、そんなこと。
もうほとんど、呪いじゃないか。
君はやっぱり馬鹿だ。大馬鹿者だ。
僕が、また、なんて
言えないこと、知ってるくせに。
君がどこに行くのかも、わからないんだぜ、僕は。
何人見送ってきたと思ってるんだよ。
何人も、何人も見送って、
それでも、行き先はわからなかったのに。
わかったとしても、会えるはずがないのに。
行けるはずがないのに。
なんでまた、なんて言うんだよ。
残酷だ。冷酷だ。非道だ。なんで。
「お前こそ、希望、持てよ」
希望なんていらない。
全部君に譲ってやる。
君がこの世にいなくちゃ、なんの意味もないんだ。
あの世で会えたって、なんの意味もないんだ。
頼むから、ねえ、頼むから、
生きて。


結局、君は死んでしまった。
シーラカンスに、全部食われて。
君の中にいたのは本当にシーラカンスだったのか。
もう、どうでもいいか、そんなの。
君の中にいたのが何者であれ、
事実として、君はもういないのだ。
何も、残っていないのだ。
死体すらないのに、
最期まで君がまた、また、言いやがったから
また会えるような希望が芽生えてしまったんだよ。
この馬鹿者、大馬鹿者!
タイムマシーンのせいで
もう君しかここにはいなかったのに。
僕は永遠に一人なんだぜ。
君に会えるかも、なんて淡い期待だけ抱いて
永遠を生きなくちゃなんないんだぜ。
何でそんな残酷なことしたんだ、君。
刻みつけたかった、なんて
言うようなやつじゃないだろ、君ってやつは。
原始に行きたい、なんて言い出してさ、
食われたい、なんて言い出してさ、
君は未来に行けるのに、
過去に行くと言い出してさ、
結局、ここじゃないどこかに行ってしまった。
地続きなのかすらわからない場所へ。
それなのに僕をおいていってさ、
期待ばっか抱かせてさ、
君には二度と触れられないのに。
「さよなら」すら君は言わなかった。
最期までずっとまた、また、と言って。
朝、君を見たときの喪失感がわかるかい?
夜、動かなくなった君の体を抱いて寝たのに
朝起きると、もう骨すら残っていなかったんだぜ。
爪の、一枚だけ残して。
桜貝みたいな爪。
こんなに、綺麗だったんだな。
シーラカンスを水槽に入れる。
なんで、こいつは生きてるんだろうね。
君を食ったこいつ。
水もなにもない、
空っぽの水槽を泳ぐシーラカンス。
生臭いはずの体からは、
何故か君の匂いがした。







《──なに?
泣くな、って?
何、慰める気?
原因作ったやつが何言ってるんだよ。
…うるさいだけ?
──悪かったよ。
…君、冷淡だな。
褒めてるんだぜ?》

《あいつは、どこにいるんだろうね。
…君、知らない?
知ってそうな顔、してるじゃないか。
そんな顔するなよ。
無茶言って悪かったって…》

《なあ、シーラカンス。
お前のことだよ。
お前以外いないだろう?
嫌かい?…そう、それなら、いいんだ……》



シーラカンスと生きている。
こいつの名前がシーラカンスなのであって
種族名は多分病なんだろうが、
まあ、こいつはシーラカンスなんだよ。
きっと、こいつも、
永遠に生きたりはしてくれないんだろう。
あいつを食い破ってから、
もう2年も何も食べていないわけだし。
僕の体は食べられないからねえ。
たまにあいつの爪を物欲しそうに見ているけれど、
やるわけにはいかないんだよ、ごめんな。
餓死させる、なんて我ながら残酷だよ。
本当に、残酷だ。
でも、こいつにとっての食事は
半分くらいが娯楽的なものらしいから
(あくまで推論ではあるけれど)
ごめんよ、で済ませるしかないんだよ。
謝罪だって罪悪感の供養のような意味合いが
強くなってきてしまうのだけれど。
残酷で、身勝手。
あいつに、似てきてしまったみたいだ。

なあ、シーラカンス。
あいつの体はどうだった?
中にいるときはどんな感じだったんだ?
食べたときは美味しかったかい?
美味しかったんだろうな、随分執着しているから。
お前を憎もうとしたけれど、
やっぱり無理だったよ。
愛しいんだ、お前が。
タイムマシーンのように
自分で生み出したわけじゃあないのに。
不思議だよ。
そのくせ餓死させようとしている。
矛盾。
あいつもこんな感じだったのかなあ。
それとも、なにか意図があったのかなあ。
知ったこっちゃない、か。
まあ、そりゃそうか。
なあ、シーラカンス。
僕にとっては君が最後の家族なんだ。
どうでもいい?そうか。
まあ、いいからさ、一つ願いを聞いておくれよ。
そんな顔するなよ、いいかい、
向こうに行ったらさ、
僕の友人に会ってやってくれ。
お前が食ったあいつと、他の奴らにも。
僕の親にも、会ってきてくれよ。
もう、いつからあの人がいないのか
覚えていないんだけどさ、
声だけは覚えてるんだよ。
初めて会ったときの言葉も。
「おかえりなさい」って、
初めて知った言葉だったから。
どうでもいい?お前、淡白だねえ。
…ね、シーラカンス。
頼んだよ?



《………ああ、そう、もう行くの。
いってらっしゃい、シーラカンス。
さよなら、なんて言わないからね?
──またね》


《なんで…
…約束したから、って?
お前、そんなに律儀だったのかい…?
いや、うん。褒めてる、褒めてる。
少し、そう…飲み込めていない、だけ。
行くの?…もう?そう…え、僕も?
だって、僕は…
行けるようになった?─お前のおかげで?
一体、何したのさ、お前…
い、いや、嫌じゃない、嫌じゃない。
置いてくなって、悪かったよ、うだうだ言って。
──行こうか》



《やあ》

シーラカンスがいなくても、君はいつか死んだ。
君は僕よりも生き物に近かったから。
だけどシーラカンスがいなかったら
僕は永遠に孤独だった。
シーラカンスがいてよかった、と
思えるなんて、思わなかったよ。
喉に詰まっていた何かが
シーラカンスによって流れていったような。
僕に必要だったのは、いいや、
僕を救ったのは、間違いなくシーラカンスなんだ。
君を殺した、シーラカンスなんだぜ。
僕を迎えに来てくれたのだって、ね。
君に馬鹿、馬鹿、言ってすまなかったね、
嘘じゃあなかった、なんて。
君だって確証があったわけじゃあないんだろ?
君の勘はよく当たるものねえ。
…謝らないでくれよ。
今は、喜ぼうじゃあないか。
また、はちゃんとあったんだ、と。
──なあ、ありがとうな、
『希望』、あってよかったよ。

ああ、それにしても、
シーラカンスには悪いことをした。
餓死は嫌だ、とあいつが言ったから
結局僕が殺したんだよ、
その上お使いまで頼んでしまってさ。
シーラカンス、こっちでどうしてるんだ?
──毎日メスを追いかけてる…?
…まあ、僕と君以外、知らなかったわけだしなあ。
楽しんでるなら、良かったよ。
それにしても、
あいつ、そんな情熱的なやつだったんだな。
ずっと、淡白なやつだとばかり思っていたよ。
俺のこと、なんて言ってた?
…たちの悪い、妙に一途な天才バカ?
はは、何だそれ。
苦しそうだったって?
余計なお世話だよ、全く。
…心配させたね。ごめんよ。
まあ、半分くらい君のせいなわけだが。
ああ、ほら、もう、泣くなよ、
君はほんとに、馬鹿だなあ。


久しぶり、と言おうとするとなぜか声が詰まって
何も言えないでいるうち、あの人が
「おかえりなさい」とだけ言った。
懐かしい声だった。
泣けるのは『君』だけだと言われていたのに、
頬を伝う涙がくすぐったくて
僕も泣くことができたのか、と妙な感慨に浸る。
嗚咽を漏らすこともせずに泣いていれば、
焦った友人たちが肩を抱いてくる。
ああ、何だ、君たちだって泣けるんじゃないか。
あの人だけが泣かないで、
僕らを見て微笑んでいる。
泣けるのは『君』だけだっていうの、
嘘だったんですか。
そう聞こうとして、
返事をしていなかったことを思い出す。
服の袖で目元をこすり、
皆を見渡し、笑みを浮かべる。

「ただいま!」

ここが、僕の帰る場所だったんだ。
未来でも、過去でもなく、
タイムマシーンがなくても来られる、ここが。
僕の大切な人が揃う、ここが。
やあ、みんな
帰ったよ。

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