【03話】小春麗らか、希(ノゾミ)鬱
1-3 神祐希(かみゆうき)
「いえーい♪ 君に会えてよかった、このままずっと、ずっと、ずっと……」
放課後、学校の屋上に軽音楽部のはみ出し者、神祐希は自慢のアコースティックギターを鳴らしていた。俺と小春、麗はそれに付き合って手をたたきながら見ていた。屋上というのは普段は立入禁止であるのだが、学校内で人に迷惑をかけずに音を出して練習したいというわがままを先生にお願いしたところ、特別に許された。というか、追いやられたに近い。学校の問題児を集めて、一箇所に追いやりたかった。本音はそんなところだろう。水たまりばかりで座れる場所も少ない。吹きっ晒しでゴミがたくさんあって清潔感はない。汚い場所である。今度掃除しなくちゃな。
祐希は有り体にいえば、いじめられていた。軽音楽部内での居場所は彼にはない。彼は部活内でいじめられている。いじめというのは娯楽の無い、失った人間が娯楽を求めて人間を壊して楽しむ最低の行為である。学校なんてつまらないからな。みんな楽しさを求めていじめなんてやり始めるんだ。解決法は学校が楽しくなることか、新たな娯楽を投入して楽しさを与えること。それしか無い。しかし大概は真逆のことばかりやって解決させようとするから良くない。例えばコミュニケーションがどうだとか、話し合えばわかるとか、そういうくだらない大人の考えによっていじめは加速する。解決策は逃げるしか無い。今回の場合は屋上に逃避した。そしてそこに友人が居着いた。それだけである。
「なあ、小春は音楽好きか?」
「え? うーんと、どうかな。まあ、嫌いじゃないかな。自分で楽器を演奏したり、歌を歌ったりするのは不得意だけど……音痴だし……でも、こうやって聞いたりするのは好きだよ? 神くん上手だし」
「お? まじ? 俺うまいか? そうかなぁ、照れるなぁ」
でへ、でへ、でへへへ……と、不気味に独りで笑っていた男がそこにはいた。良かったな今日は晴れていて。晴れていたからオーディエンスがこうしているんだから。雨だったら土砂降りコンサートを開くことになったていただろうよ、一人で。
祐希はより調子の良い大きな声で続きの歌を歌い、ギターを鳴らした。それを見て麗が手をたたきながらニコニコと聞いている。俺は話を続けた。
「小春、俺は音楽が好きだよ。とは言っても、俺なんかができるのは祐希に教えてもらったギターが少し弾けるくらいで、歌もあんまり自信ないけどな。でもさ、音楽は心を揺さぶって、いつでも平穏に保ってくれるんだ。洗練された歌詞はバシバシ突き刺さるし、心をあるべき形に整えてくれるし、リズムに乗って高揚させてくれたり、ゆらゆらと揺りかごのように揺さぶってくれたり。特にバンドミュージックが好きだ。ドラムの律動、ギターの歪んだ音、リズム、ベース音、刻み、エフェクターの掛かった音、アコースティックギターの弦の音、ボディの厚みある音、ベースの重低音。こういうのが好きだ。一人で泣きそうになっているとき、音楽はいつでも寄り添ってくれる。耳をヘッドホンで塞いで、外界から自分を守ってくれて、そして音楽の世界へと誘ってくれる。陰鬱で、憂鬱で仕方がない時でも、傍にいてくれるんだ」
「そっかぁ」
「だから俺はこうやって頑張って音楽やっていたりするやつがいると応援したくなっちゃうんだよな。その相手がたとえ祐希でも」
祐希はちらりとこちらを見ながら歌い続けている。そろそろ終わりそうだ。
「なんとかしてやりたいんだけど、でもまあ、ここでこうやって歌っていることも一つの解決策になっているんなら、それはそれでいいのかもしれないな」
ジャカジャン。一曲終わった。三人のまばらな拍手が送られる。祐希は片手を後ろに、片手を胸の前にして礼をし、どこか得意げであった。
「今度はリクエストを聞くよ。何がいい? あまりレパートリーは多くないけど、有名なやつならできると思うぜ」
「ふーん、そうだな……」
俺は少し考える。小春も麗もあまり音楽は知らないというので、俺に託された。ここは一つセンスの良い楽曲をお願いしたいものだな。
「じゃあ、屋上で」
「屋上?」
「爆風スランプの屋上。知らない?」
「知らないよ、知らない知らない。もぉー、だから有名な曲にしてくれよ、もっと。マイナーすぎるよ、分からんわ!」
「屋上。いいタイトルだと思ったんだけどな」
「タイトルはいいかもしれないけど、じゃあ咲できるのか? 歌えるのか?」
「いや、俺も良くは知らない。なんとなくしか知らない。歌えないよ、悪かった」
「じゃあ、もっと有名なやつを、たとえば……」
そう言って次の歌を歌い始めた。なんだ、結局自分が歌いたい歌を歌いたいだけなんじゃないか。
「地球儀を回して……」
俺はその歌とギターに合わせて手を叩きながら、その曲をほほえみながら聞いていた。やはり音楽は心を安定させてくれる。自慢の鬱病も少しは和らいだような、そんな気がしたから不思議だった。
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