高校生と大柄な女性。

冷房の風が直接体に当たるのが寒くて仕方ない。電車ではドアから一番近いシートが空いていればそこに腰掛けるようにしている。駅に着いて扉が開くたびに外から流入してくる空気の暖かさで一息つくのだ。
ある私鉄の乗り換え。反対側のホームには、その駅始発の電車が既に待っていた。乗っていた電車のドアが開くと、反対側のホームに止まっていた電車に乗り込み、目的のシートに腰を下ろす。
すると、目の前には高校生が座っていた。講談社文庫を一心不乱に読んでいる。イヤフォンもせずに、スマートフォンをいじるでもない。今どき、高校生でなくとも珍しい。講談社文庫の何を読んでいるのかは分からない。背もたれから背中を少し離し、前屈みになって読んでいる。
そこに、40歳代だろうと思われるやや大柄な(太っているというのではなく骨格自体が大きい)女性が乗ってきて、彼の隣に座った。パンツルックの女性はすぐに足を組み、そこに黒い大きなバッグを乗せると、その上に両肘を付いて大きめのスマートフォンをいじり始めた。
やがて発車のベルが鳴り、ドアが閉まって電車が動き始める。
動き出しには大きなエネルギーがいる。電車が重い腰を上げるようなニュアンスが車内に伝わってくる。本線に乗る際、電車はがたんと大きく揺れた。
その時。女性のスマートフォンが手からすべり落ちる。黒いバッグに当たってスマートフォンは、姿勢を変えて文庫本を読みふけっていた高校生の胸元あたりに弾むように落ちる。彼は文庫本から目を離さずに、とっさに肩と腕をすぼめるようにしてそれを受け止める。
女性は、利き手である右の腕を彼の胸元に伸ばし、さっとスマートフォンを拾い上げる。高校生はそのことに少しも驚きはしない。女性は「すみません」の一言を発するでもない。彼は依然として活字から目を離さず、女性は何事もなかったようにまたスマートフォンをいじり始めている。二人が目を合わせることはなかった。
私はまくっていた袖をおろし、腕を組んで目を閉じた。

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