見出し画像

ウィル・スミス平手打ち騒動と警官による黒人暴行問題は似ている

アカデミー賞授賞式におけるウィル・スミスの暴力問題は映画業界に大きな損失を与えてしまった。

本来なら、今回の授賞式を受けて映画メディアや映画マニアが一番話題にすべき話題は「CODA コーダ あいのうた」が配信映画初の作品賞受賞作となったことであったはずだ(日本ではギャガの配給で一般公開されているので配信映画というイメージはないかもしれないが)。

あるいは、同作で主人公の父親を演じたろう者のトロイ・コッツァーが助演男優賞を受賞したこと。
「ウエスト・サイド・ストーリー」リメイク版のアリアナ・デボーズが、過去の映画化作品で同じアニタを演じたリタ・モレノに続き助演女優賞を受賞したが、彼女が有色人種のLGBTQ初の同部門受賞者であったこと。
こういうマイノリティへの評価もリベラル層が好みそうなテーマだったはずだ。

また、短編系3賞を含む計8部門の発表を事前収録したことの是非ももっと議論されるべきイシューだったと思う。
個人的には短編系3賞は正式なカテゴリーから外してもいいが、作曲賞を生中継中に発表しないのはありえないと思う。
個人的には短編系と特別賞以外で以前、省略してもいいと思っていたのは録音賞と音響編集賞だった。業界人でもほとんど区別がつかず、候補作品も候補者も重なることが多かったからね。
でも、この2部門は一本化されて音響賞となったので、今は不要とは思っていない。その音響賞も今回は生中継されなかったからね。

また、テレビの視聴者数増加を狙って、視聴者が好きな映画に投票する企画なんていうのもやっていたが、これも意味不明だった。そういうのはMTVの映画賞とかキッズ・チョイス・アワードにやらせておけばいいんだよ。

勿論、日本の映画ファンやメディアは「ドライブ・マイ・カー」が世界中で反ロシアの機運が高まっている中、ロシアの作家チェーホフの影響下にある内容でありながら国際長編映画賞を受賞できたこと、あるいは、同部門を含め4部門にノミネートされていたが、結局、国際長編映画賞しか受賞できなかったことについて分析すべきだったと思う。
でも、日本のネットメディアやワイドショーは連日、ウィル・スミス騒動を面白おかしく取り上げている。

そうした受賞結果や授賞式の演出に関する是非ではなく、ウィル・スミス騒動ばかりが語られてしまうことになったのだから、今回の騒動のきっかけとなる言葉の暴力を放ったクリス・ロックと、それに対する報復として平手打ちという実際の暴力を働いたウィル・スミスの罪は大きいと思う。

「ドリームプラン」の演技を評価してウィル・スミスに与えられた主演男優賞を剥奪するか否かという議論にまでなってしまっているからね。

1972年度に「ゴッドファーザー」で主演男優賞を受賞したマーロン・ブランドのように辞退した人や、2008年度に「ダークナイト」のヒース・レジャーが死後に助演男優賞を受賞したケースもあるが、アカデミー側は公式な受賞者として今でもマーロン・ブランドやヒース・レジャーの名前を残している。

また、MeToo運動の機運を高めるきっかけを作ったハーヴェイ・ワインスタインやケヴィン・スペイシーだって受賞したオスカー像を剥奪されていないし、2002年度には米国に入国すれば即逮捕状態のロマン・ポランスキーが「戦場のピアニスト」で監督賞を受賞している。

それだけに主演男優賞受賞を剥奪となれば超異例の事態ということになる。

その議論の結論が出る前にウィル・スミスが映画芸術科学アカデミー脱会を発表したのは、強制されて退会するよりも自分から抜けた方が印象が良くなるし、うまくいけば主演男優賞剥奪も免れるのではという思惑もあるのではないかと思う。ちなみに、アカデミー会員資格を剥奪された者は過去に存在する(ワインスタイン、ポランスキーなど)。

とはいえ、この騒動、日本人というかアジア人の感覚では納得いかないことが多いんだよね。

発端となったのは、プレゼンターのクリス・ロックがウィル・スミスの妻で脱毛症に悩むジェイダ・ピンケット・スミスの頭髪をジョークにしたことだ。病気をギャグにするだけでも不謹慎なのに、それを「G.I.ジェーン」にたとえたのだから、そりゃ怒るよねって感じだ。何しろ、同作でデミ・ムーアはラジー賞のワースト女優賞を受賞しているからね。
つまり、クリス・ロックはジェイダの病気だけでなく、女優としての素質までバカにしたってことなんだよね。
それなのに、欧米ではクリス・ロックに怒って平手打ちをしたウィル・スミスが100%悪いみたいな論調になっているんだよね。特にメディアやエンタメ界ではそういう論調が圧倒的だ。

ウィル・スミスが暴力を振るったことに関しては全く擁護できない。
でも、ウィル・スミスを怒らせるきっかけである言葉の暴力を振るったクリス・ロックだって同じくらい悪い。

この件に関しては、双方にペナルティを与えるべきというのが一般的な感情だと思うんだよね。

そしてふと思った。

この構図って、Black Lives Matterの機運を盛り上げるきっかけになってしまった米国で相次いだ警官による黒人への“暴行”問題と同じだよねと。

確かに警官の取り締まりは過剰で暴力的だったと思う。でも、こうした問題で“被害者”となった人たちって、ほとんどが、程度の差こそあれ犯罪行為を働いていたものなんだよね。あるいは、DVを働いていたとか、不審な行動を取っていたとかね。

つまり、今回の騒動でいえば、被害者となった黒人がクリス・ロックで、過剰で暴力的な取り締まりをしたのがウィル・スミスということだ。

そして思うことがある。あくまで推測だが、もし、あの後、ウィル・スミスの平手打ちにクリス・ロックが反撃して平手打ちを返したとしても、欧米のメディアやエンタメ界はウィル・スミスの方を悪者にしていたのではないかと思うんだよね。

欧米的感覚だと喧嘩両成敗というのはないんだろうね。あくまでも最初に手を出した方が100%悪くなってしまう。

だから、警官による過剰な取り締まりで黒人が死傷したことに対して怒った連中が暴動を繰り広げ略奪行為を働いても、単なる抗議行動として容認されてしまう。

これは第二次世界大戦中の日米関係にも言えることだ。日本が真珠湾攻撃をしたことは卑怯だと米国人は主張するが、わざと日本に攻撃させたという説もある。つまり、先に手を出した方が全て悪いという考えが欧米にはあるから、それに反撃するという形にすれば、何をやっても米国の戦略は正当化される。だから、日本に先に攻撃させたのではないかという説だ。
真珠湾攻撃よりも遥かに被害の大きな東京大空襲や広島、長崎への原爆投下をしておきながら、日本だけを悪者にしているのはそうした先に手を出した方が悪いという欧米的感覚が背景にあるのではないかと思う。

米同時多発テロ後、米国が関与したアフガンやイラクの戦争だってそうだ。同時多発テロで米国が受けた被害以上の打撃をアフガンやイラクに与えているわけだしね。

そうしたやり方は今回のロシアによるウクライナ侵攻でも垣間見ることができる。明らかにロシア、ウクライナ双方に問題があるが、先に侵攻したのはロシアだから、100%ロシアが悪い。ウクライナが好戦的な態度を取っても、男性を国外に脱出させないという非人道的なことをやっても、欧米がウクライナを非難しないのは先にロシアが手を出したからだと思う。

決して暴力は認められるものではない。でも、どうしても怒りの鉄拳を振るわなくてはならない時があるという心情を理解するアジア人には今回の騒動って納得いかないなというのが本音かな。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?