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『人材開発研究大全』(中原淳編著)を実務目線で読み解く。 (2)OJT

組織社会化を扱った#1の最後で、人事部門内における採用と人財育成との連携によって新規入社社員をフォローすることに加えて、配属部門でいかに定着を促すかが肝要であると述べました。今回は、OJTをはじめとした部門における育成がテーマです。

『人材開発研究大全』の第9章と第10章をもとにして2018年8月10日に行なったセッションを概説します。

まず、職場における人財育成の主流であったOJT(On the Job Training)について見てみましょう。メンバーシップ型の日本企業においては、OJTはOff-JTおよび自己啓発教育とともに機能していました。しかしビジネスを取り巻く環境が変わった現在では、OJTの機能不全は否定的に捉えられます。本当にOJTは現代の企業において機能しないのでしょうか。

このモデル図では、OJTが機能しなくなったのではなく、かつてのOJTが現代の仕事環境においては必ずしも機能しなくなった、という仮説が提示されています。予定調和性の高い環境においては、求められる知識・スキルを先輩からそのまま移転するために、定められたプロセスにしたがって演繹的にトレーニングできました。これがかつての先輩が背中で伝える方式のOJTが機能した構図です。

しかし、業務が複雑化し、働く個人も多様化したことで職場における予定調和性は低下しました。そのため、クローズドタスクからオープンタスクに変わり、演繹的に学ぶ内容を逆算して決めるのではなく、いま起きている多様な変化に動的に対応することが現代のOJTにおいては必要とされます。

具体的には、上司や先輩による(1)コーチングと、メンバー自身による(2)経験学習という主体的な取り組みによって、OJTをアップデートすることが重要でしょう。

(1)コーチング

コーチング研修を受けた上司が職場に帰ったら質問ばかりして煙たがられて一日も経たずに元に戻る、という笑えない話が今でも現実に起きているようです。質問をすることはコーチング行動の一つですが、その前提としてコーチとメンバーとの関係構築が必要です。関係構築ができていない状況でのメンバーへの質問は、上司から部下への「責任転嫁のための詰問」と捉えられかねません。

松尾睦先生は第9章でコーチング行動を四つのステップにまとめています。コーチングは外部研修で一朝一夕にできるようになるものではなく、長い期間をかけて丹念に行う必要があるのです。内省支援と問題解決支援は多くのコーチング研修で扱われ、ビジネス書でも論じられているものなのでセッションでは端折り、むしろ重要性の高いその前後のステップを見ていきました。

基礎形成においては、まずメンバーを知るためにその強みと弱みを把握します。ある時点での強み・弱みがそのまま継続されるわけではないので、定期的にモニターして自身の評価を更新することが必要でしょう。

その上で挑戦支援として、ストレッチできる職務の目標を設定して合意を得ることです。基礎形成が為されているからこそ、メンバーの挑戦を促して支援することができるようになります。一つひとつのコミュニケーションを経ることで一歩ずつ信頼関係を紡ぎ上げることが求められます。

(2)経験学習

外側のサイクルはKolb(1984)の経験学習サイクルで、メンバー自身が経験を通じて学習するステップが示されています。要約すれば、①職務上において具体的な経験をし、②経験の内容を内省することで、③抽象的な概念(知識・スキル)を引き出し、④それらを新しい状況に応用することを通して学習する、という流れと言えるでしょう。

松尾先生が第9章で提示しているこの図で注目するべきは、個人の経験学習サイクルを促進する五つの要因を明らかにしている点です。五つのうち(A)挑戦的仕事の追求、(B)批判的内省、(C)職務エンジョイメントは直接的に経験学習サイクルを促進し、(D)学習志向と(E)発達的ネットワークは(A)(B)(C)を媒介して間接的に促進します。五つの要因と関係性について以下の二つの段落で説明しますが、細かい説明が不要な方は(3)職場学習へお進みください。

(A)挑戦的仕事の追求は難易度の高い挑戦的仕事を求める傾向であり、①具体的経験と④積極的な実験に影響します。(B)批判的内省は、自身の行動を批判的に内省し当然と考えがちな前提・価値・信念を疑うことで、②内省的観察と③抽象的概念化とを促進します。最後に、(C)職務エンジョイメントは個人が仕事自体によって内発的に動機づけられ、ポジティヴな感情で職務に従事している状態のことで、③抽象的概念化と④積極的な実験にポジティヴな影響を与えます。

(A)(B)(C)に影響を与える二つの要因の意味合いは以下の通りです。(D)学習志向は、新しい知識やスキルを獲得したいという目標を重視する程度を指し、(E)発達的ネットワークは、自身のキャリアに関心を示し、支援してくれる多様な人々との繋がりのことです。

より詳しく学ばれたい方は、松尾先生の以下の書籍をお読みいただくことを強くオススメします。

ここまでの議論をまとめましょう。マネジャーは、メンバーが(2)経験学習のサイクルを回すことを支援し、その際のステップは(1)コーチングでのステップに則っていることが求められます。しかし多くのマネジャーは、一人でここまでケアしなければならないのかと負担に感じるのではないでしょうか。

プレイングマネジャーが当たり前になっている現代の日本企業において、マネジャーだけがメンバーの育成に関与することには限界があります。また、多様化が進んだ現代の職場においては、OJTを一対一の関係で完結させることは難しいでしょう。そこで、マネジャーとメンバーという点と点での育成を補完するものとして、職場という面での育成の重要性を第10章でのモデル図を示しながらセッションでは解説しました。

(3)職場学習

この図は、トレーニーを育成するためのOJT指導員がアサインされている職場での育成の状況を表しています。マネジャーがメンバーの育成に関与するのも難しいですが、指導員だけがトレーニーの育成に携わるのでは指導員の負担および効果の点でも限界があります。しかし、「指導員のためになるから」という理由でマネジャーや周囲がサポートをせず、指導員もトレイニーも疲弊するという残念な状況が起こることも多いのではないでしょうか。

職場学習の考え方では、一人に育成責任を負わせるのではなく職場全体で育成するしくみが必要と考えます。指導員やその上司であるマネジャーだけではなく、部署内の先輩社員や考え方によっては部署外の方々も含めて育成をするのです。多様な社員による多様なフィードバックによって、変化に対応できるメンバーを育成する、ということですね。

モデル図の+や−はそれぞれの社員のメンバーへの関与が、メンバーの組織社会化にどのような影響を与えているかを示します。指導員に関しては、他者①と他者②に対して協力配慮を行うことで、間接的にメンバーの組織社会化に正の影響を与えている、ということです。

協力を打診された他者②には「同質」と書かれています。これは、指導員と同じような考え方に基づいてメンバーの育成に関与する人物という意味合いです。ガス抜きも含めた相談対応を行い、また行動の振り返りを促進する内省支援をすることで、メンバーの組織社会化にポジティヴな影響を与えます。

興味深いのは他者①の存在です。「異質」と書かれているように、指導員とは異なる関与の考え方を持っている人物であり、その独自指導はメンバーを時に混乱させることでマイナスの影響があるようです。しかしながら、指導員とは異なる人脈を持っているために、メンバーが今後業務を進めていく上で必要な人脈が拡大し、部署を超えた広い意味合いでの組織社会化にプラスの影響をもたらしてもいるのです。

【あとがき】

コーチングと経験学習を結びつけ、一対一に閉じない職場での学習で支援するという考え方をセッションでは扱いました。実務の場面でポイントになるのは、メンバーに具体的にどのように職務をアサインするのか、また具体的にどのように内省を促すのか、といった点でしょう。

その際には、メンバー目線に立って職務を理解した上で、仕事を通じてどのように学ぶのかに寄り添えることが肝要です。そのためには、仕事を抽象的に捉えるのではなく、具体的に丁寧に見ることが必要でしょう。

仕事を通じて学ぶことを噛み砕いて言葉にしている書籍としては、私の新卒時代の先輩にあたる田村圭さんが書かれた『「仕事を通じた学び方」を学ぶ本』が参考になります。私は折に触れて本書を読み返し、メンバー育成を改善するための教科書にしています。


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