見出し画像

『人材開発研究大全』(中原淳編著)を実務目線で読み解く。 (3)研修転移

Learning Barでの第三回のセッション(2018年9月21日開催)では研修転移を扱いました。研修転移は、端的に言えば、研修で学んだ内容を職場に帰ったあとでどの程度定着するかという課題に焦点を当てています。中原先生らが書かれた『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』が多くの方々に読まれていることからもこのテーマが現在の人財開発領域で注目を集めていると言えるでしょう。

セッションでは、関根雅泰氏・齊藤光弘氏が担当された第13章と『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』を基に参加者のみなさんと学びました。まず、研修転移が注目されるようになった背景と、研修転移という概念の持つ意味合いを最初に見ていきました。

アメリカでも日本でも、企業における研修が終わったらそのまま放置され、その結果として研修の投資対効果が課題となっていることを確認しました。そのために、職場において求められる知識・スキルが研修によってどのように身につけられるのか、またその定着をどのように促すのかが研修転移研究の対象です。

研修転移は、研修の場面で学習した内容を現場に運ぶことと、学習内容と現場における状況との近さという二つの要素からなります。したがって、研修の内容を基に現場での応用が見出しやすいという類似度を尺度として置いた場合、類似度が高い近転移が望まれ、類似度が低く応用しにくい遠転移の状態を避けるよう設計することが求められるわけです。

ではどのように近転移の状態を実現し、研修転移を促進できるのでしょうか。セッションでは、『研修開発入門「研修転移」の理論と実践』のモデル図を提示してみなさんとディスカッションしました。

この図は、横軸に時系列を置き、縦軸に空間を置いたマトリクスです。セッションでは、(1)研修(2)職場(3)受講者という三つの空間軸に基づいて進めました。

(1)研修

研修の前の時点においては、ニーズをヒアリングすることが必要です。その際には熟達者や企画のオーナーとのコミュニケーションを経て潜在的なニーズを顕在化することが求められます。顕在化されたニーズをビジネスにおけるニーズに位置付けて経営陣やマネジャーを巻き込むことで研修のデザインができあがります。こうした一連の流れの中で学習意欲をケアするためにはマーケティングにおけるAIDMAと近似性のあるARCSモデルを参考にされると良いでしょう。

研修中は、「職場に帰ったら実践できそう」という気持ちにして送り出すことが求められます。そのためには、講師が一方的に話すスタイルではなく双方向で学習者の立場に立った進め方が重要です。研修の最後には、職場における目標を設定するなど研修を非日常での学びに留めずに職場という日常と繋ぐことが大事になります。

研修後は、これまであまりフォーカスが当たっていなかったフェーズです。端的に言えば、研修での学びは個人に帰属するものなのだからという言い訳に基づく企画側の放置です。参加者のせっかくの学びを減衰させないためには、地道なリマインドが必要となり、これをサポートするためのIT環境は次第に整いつつあります。つまりは企画者がしくみを構築することでリソースがあまりかからずにできる時代になっているのではないでしょうか。

(2)職場

研修転移をデザインするためには、後述する受講者に対する施策よりも職場における対応がより重要なのかもしれません。私たちの多くは、職場を離れることに申し訳ない気持ちを持つものです。受講者が研修受講のために職場を離れることに後ろめたさを感じるという前提に立てば、受講者の周囲を巻き込むことが企画において重要な要素を占めることはお分りいただけるでしょう。

まず、研修前においては、受講者の上司を巻き込むことが必要です。研修の内容や日程といった基礎的な情報を伝えることは当然として、可能であれば、それに加えて上司を対象としたオリエンテーションを組むことができれば最高です。ただ、それだけのために多くのマネジャーを集めることが難しければ、動画や資料を展開することも次善策となります。

研修中は、当たり前と言えば当たり前ですが、受講者が研修会場を抜けなくて良いように周囲に協力を要請することが必要です。頻繁に現場から呼び出されれば受講者は研修に集中できませんし、そうした受講者がちらほら出ると他の受講者も日常業務に頭が向いてしまい、研修にのめりこめない場になってしまいます。

研修後については、特に若手社員について有効なのが、周囲からの日常における支援を得られるよう、職場の上司や先輩に対して研修内容を発表することが有効でしょう。学んだことをインプットに留めずアウトプットすること自体に意義があると共に、それを周囲と共有することで職場全体でその受講者をフォローすることに繋がります。

(3)受講者

三つ目の要素は受講者本人です。ここでも研修前・研修中・研修後という三つのフェーズに応じて見ていきましょう。

まず研修前においては、事前課題が取り上げられています。最近のL&Dにおけるトレンドに即して言えば、反転学習を組み込むことを検討したいものです。たとえば、課題書籍を読んでもらった上で設問を設け、それに基づいて研修の最初に話し合う設計にしたり、簡単な動画や関連するVTRを事前に見てもらって研修の予告を行なっておく、といった取り組みが有効でしょう。

研修中におけるポイントとしては、本書では「転移魂」という言葉が挙げられていました。なかなか興味深い言葉でして、受講者個人が「研修で学んだことを現場で実践しよう」とする意欲や意志のことを指します。研修内容を学んでもそれを現場の文脈に合わせて実践するためには受講者本人の意欲がものを言うというわけです。

転移魂で意欲を持ってもらったものを現場において定着させるためには、研修後において講師やそれに準ずる存在が電話コーチを行なうことが有効です。それ以外にも、同じ研修を受けた受講者どうしがお互いにフィードバックをしあうピア・フィードバックをデザインすることも有効でしょう。

【あとがき】

研修を企画する部門は、それがどのように効果があったのかというプレッシャーを様々なステイクホルダーから受けます。効果を他者に分りやすく提示するためには数字で語らせることができれば楽です。しかし、数字で語ろうとして数字を作ろうとする危険性があるのではないでしょうか。

第三回のセッションを実施してみて考えさせられたのは、研修の効果を定量的に出すことは目的ではなくあくまで手段に過ぎないということです。受講者が職場に帰って研修で気づいたことを試したり少し工夫して言動変容を促すきっかけをデザインすることが重要なのではないでしょうか。

効果測定というプレッシャーの中で職場における受講者に焦点を置くことは勇気がいるでしょう。しかし、九つのマトリクスを基にデザインすることで、泰然として構えることができるヒントがあるように感じます。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?