見出し画像

『人材開発研究大全』(中原淳編著)を実務目線で読み解く。 (1)組織社会化

昨年の6月から、中原淳先生が編まれた『人材開発研究大全』を読み解くセッションを梅田にある「Learning Bar CF 曽根崎」にて行なっております。その内容を再編集しながらnoteで公開していくことにしました。

というのも、満席のために来られなかった方、日程が合わなかった方、そもそも遠くて行けないという方々からの問い合わせがよくあります。同じ内容を二回やるのはしんどいし、このためだけに東京まで往復するのも手間ですし、この場でセッションの内容をざっくりとでもご紹介できればという思いです。

今回は、2018年6月22日に行なった組織社会化のセッションを扱います。書籍に基づいて忠実に記載することを心がけますが、あくまで実務家が実務家を対象として準備し対話したセッションの要約です。そのため、書籍の内容の全てを網羅してはいませんし、実務へ活かすための飛躍もあろうことは予めご承知おきください。

では、組織社会化の定義から見ていきましょう。セッションでは、『人材開発研究大全』の第9章「組織社会化研究の展望と日本型組織社会化」での尾形真実哉先生の先行研究に基づいた以下の定義を引用しました。

意訳すれば、ひとがある組織にエントリーし、その「組織の一員」としての感覚を得るまでの過程が組織社会化です。そのプロセスにおいて、企業理念や行動指針といった可視化された価値・規範や、目に見えない行動様式を新規入社社員は葛藤しながら受け入れていきます。

このような組織からひとへと向かう矢印とは反対の矢印、つまりその組織に対して貢献できているという感覚も必要です。これが自分自身の役割期待に求められる知識や技能を習得し、その組織の中で発揮できる状態にすることです。こうした組織からの矢印と社員側からの矢印との両方から、ひとは組織社会化されると言えます。

この定義を足がかりにして、セッションでは組織社会化について深掘りしていきました。具体的には、先行研究をもとにして組織社会化を三つの側面から分類しました。具体的には、(1)内容・(2)時間軸・(3)程度の三つです。

(1)内容

従来の組織社会化研究においては、職業的社会化と文化的社会化の二つが主流であったようです。知識やスキルがあり、その組織での価値観や行動規範に合わせて対応できれば、その組織の一員になれるという論理構造は、直感的にもわかりやすいでしょう。

しかし、2002年に出版された『キャリア発達の心理学』の中で、高橋弘司先生は三つめの要素として役割的社会化を提示されました。求められる知識やスキルがあり、組織の価値観や行動規範を受け入れられたとしても、変化の激しい環境下で変動する自身の組織における役割を理解し、調整することは難しいのではないか、という問題意識がもとになっていると考えられます。

つまり、新しい組織において、多様なステイクホルダーから求められる自身の多様な役割を理解し、役割認識を更新し続けることが組織社会化には必要ではないかということですね。

転職や部門をまたがる異動を経験された方は、現代の日本企業において役割的社会化が組織社会化の三つめの柱として求められてきていることは、実感値としてご理解いただけるのではないでしょうか。

(2)時間軸

新しく組織にエントリーする社員(新入社員や中途社員)の組織社会化は、組織に入ってからはじめて生じるわけではありません。むしろ、予期的社会化段階と呼ばれる入社前の要因が組織内社会化段階に影響を与えると言われています。

RJP(Realistic Job Preview)や内定者教育によって期待値を高めつつ、必要以上に高めないように期待形成を行うことが必要なのですが、これは「言うは易く行うは難し」の典型であり人事パーソンを悩ませる箇所でしょう。

War for Talentが新卒採用でも中途採用でも起きている日本の企業においては、期待値が低すぎると人財を他社に取られてしまいます。空きポジションの充足や内定辞退率を下げることは採用担当のKPIになりやすい定量的評価項目であり、採用担当が候補者の期待値を上げようとすることは当然です。

しかし穿った見方をすれば、内定辞退を防ぎさえすればそれ以降のその人財の定着に関する責任の所在は採用担当から離れます。期待値が必要以上に上がりすぎてしまった新規入社社員に待っているのが過重なリアリティショックです。リアリティショックが大きすぎると、「入社前に聞いていたことと違う」「自分の配属希望が通らないなんて酷い会社だ」といった具合に組織社会化が阻害され、最悪の場合には早期退職に繋がります。

こうした事態に対応するための人事の潮流として、採用と人財育成の結節が注目されつつあリますが、これは第7回の「採用学」の際に扱う予定なので少々お待ちくださいませ。

(3)程度

組織社会化にも適切な度合いがあるというのが三つめの「程度」に関する分類です。組織に染まれば染まるほどいいのかというとそうではないわけですね。やや古い事例となりますがDECの栄枯盛衰を思い浮かべれば良いでしょう。セッションでは、シャインが提示した三つのタイプを扱いました。

まず、組織社会化が進まず、その組織で重視される価値観や規範を拒絶するタイプ1「反抗」が論外なのはよくわかるでしょう。反抗状態の社員を受け入れる部署にとっても協働がすすまず、また反抗している社員側にとっても苦しい状況です。

次に、組織に染まりすぎるタイプ3「服従」にも問題があるとシャインは指摘しています。価値観や規範を理解し行動に実践することは素晴らしいことですが、組織に合わせようとしすぎて個性を出さないようにすると、組織におけるイノベーションが生まれません。外部の知識や経験を活かすことが新入社員への期待の一つでしょうからそれが生まれない状況というのも、部署にとっては困りものです。

セッションで質疑が活発に行われたのはタイプ1とタイプ3の程度についてでして、どちらとも極端にすぎるのではないかという点です。私の仮説的な結論としては反抗も服従も理念型ではないかというものです。「全ての価値や規範」を拒絶したり受け入れるというのは極端な表現であり、反抗や服従といった傾向の度合いが大きくないかをチェックすることが必要なのではないでしょうか。

【あとがき】

多くの日本企業の人事部門は機能ごとに部や課が分かれていて、その間にあるものや横断する事象をケアできないことがよくあります。人財が大事だと言いながら、人財がエントリーし、内定を獲得し、入社してから現場での定着までをフォローするセクションはほとんどありません。そのため、ひとに焦点を当てる施策がおろそかになってしまいがちです。

組織社会化という理論は、入社前から入社後までのひとをスコープに当てます。ために、組織社会化を対話の俎上に上げることで、ひとに焦点を当てるという人事として当たり前だけれども実務の中で溢れ落ちがちなことを考えさせられたなと感じます。

入社後における定着までスコープを広げれば、人事部門だけでは手に負えられず、部門へと適切に手渡すことが求められます。では部門における育成とはどうあるべきなのか。第二回ではOJTをはじめとした現場における人財育成について扱います。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?