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【論文レビュー】ジョブ・クラフティング研究の現在地:高尾・森永(2023)

『ジョブ・クラフティング:仕事の自律的再創造に向けた理論的・実践的アプローチ』の両編著者による第1章「ジョブ・クラフティング研究の現在地」は圧巻の内容でした!もし仮に、「他の学生と間違ってうっかり塩川さんに修士号を認定しちゃったけど、あれ間違いだったから、博士課程を続けたいなら修論を書き直して!」と学校から言われたとしたら、①本章を一読する、②本章の参考文献を片っ端から読む、③比較考察するために本章を再読する、を行うことでしょう。今はキャリア・アダプタビリティでお腹いっぱいなので、やるとなったら悪夢でしかありませんが、ジョブ・クラフティングの理解が深まって人生も豊かになるかもしれません(やりたいということではありません、念のため)。

ジョブ・クラフティングとは何か

ジョブ・クラフティングを最初に提示したWrzesniewski & Dutton(2001)は、ジョブ・クラフティングを「個人が自らの仕事のタスク境界もしくは関係的境界においてなす物理的・認知的変化」(4頁)と定義しています。これは孫引きになってしまっているので、詳しくオリジナルの論文を知りたい方は以下をご笑覧ください。

上記よりも、高尾先生の2019年論文の方をまとめたものの方がわかりやすいかもしれないので以下も貼っておきます。尚、二年前の時点で私は、ジョブ・クラフティングをほぼ知らない、と書いてますね。人は、インプットとアウトプットを繰り返せばある程度は学習が進むようです。

職務において個人の自律性が求められるようになったり、仕事において意味を見出すことの重要性が言われるようになっているという社会的背景の中で、日本企業でもジョブ・クラフティングという言葉が使われる場面が増えたように感じます。論文件数も飛躍的に増えていることが本章では述べられており、研究面・実務面の両面でジョブ・クラフティングは注目されつつあるようです。

ジョブ・クラフティングの二つのモデル

ジョブ・クラフティングには主に二つのモデルがあります。一つ目は、先ほどの定義の際にも引用したWrzesniewski & Dutton(2001)で提示されている、いわばオリジナルモデルとでも呼べるものです。オリジナルモデルでは、①タスク境界の変更(タスク・クラフティング)、②認知的なタスク境界の変更(認知的クラフティング)、③関係的境界の変更(関係性クラフティング)の三つの下位次元で構成される概念として捉えています。

他方で、JD-R(仕事の要求度ー資源)理論をベースにしてプロアクティブ行動の一つとして位置付けたJD-Rモデルと呼ばれる研究群があります。Tims et al.(2012)が尺度開発を行ったことで、ジョブ・クラフティングの実証研究が大幅に増加したことから、現在ではJD-Rモデルでの研究の方が多いようです。Tims et al.(2012)についても、以前少しまとめたのでご関心がある方はご笑覧ください。

「そもそもJD-Rってなんでしたっけ??」という方向けには以下のようなnoteを書いてますので、併せてご笑覧ください。

JD-Rモデルでは、ジョブ・クラフティングを四つの下位次元で捉えています。仕事の資源に関するものとして、①対人関係における仕事の資源の向上、②構造的な仕事の資源の向上という二つの次元があります。また、仕事の要求度に関するものは、③挑戦的な仕事の要求度の向上④妨害的な仕事の要求度の低減の二つがあり、併せて四つの下位次元から構成されると捉えられています。

オリジナルモデルとJD-Rモデルとの相違の源泉

オリジナルモデルとJD-Rモデルとを統合する動きもあるものの、2023年現在においては充分にうまくいっているとは言えない状況のようです。その背景には、両者のモデルの背骨となる理論とその対象の違いがあるからではないかと著者たちは指摘しています。

3次元系のバックボーンである職務特性モデル(cf. Hackman & Oldham, 1975)は、ハーズバーグなどの議論のように仕事が高次の欲求の充足に貢献しうることを前提としているのに対して、JD-Rモデルの源流の1つであるKarasek(1979)のJD-Cモデル(Job Demand-Controlモデル)では、その論文タイトルのように仕事による精神的疲労(strain)を問題としていた。

20頁

この箇所、ジョブ・クラフティングを齧った身として、また研究者見習いとしては胸熱すぎる部分なんです。ある理論や概念の背景には比較したり乗り越える対象として参照する理論や概念があり、それらの影響を受けているわけです。

オリジナルモデルでは内発的動機付け理論を職務の特性によって明らかにしようとした職務特性モデルからの影響を受け、JD-Rモデルは職務による精神的疲労やストレスを課題とした理論群からの影響を受けていたという考察からすると、両者が課題として捉える対象とその背景にある問題意識が異なることは明らかです。そのため、「ジョブ・クラフティング」という同じ言葉を用いながらも、極端に言えば同床異夢の状態で、統合することは難解なのでしょう。

余談:扱う理論に仕事観や人生観は表れる!?

上記引用箇所で胸熱になったのは、研究をする際に最終的に用いる理論や概念にはその人の仕事観や人生観が表れると改めて感じたからです。より抑制的かつ散文的に表現するとしたら、理論を理解することは自身が無意識にかけているメガネに自覚的になれるから、です。

僕は、最初の修論ではジョブ・デザイン(職務特性理論)を基にした内発的動機付けの研究を行い、二回目の時はオリジナルモデルでのジョブ・クラフティングを用いて職務の能動性に関する研究を行っています。僕がJD-R系モデルではなくオリジナルモデルに馴染みやすさを感じるのは、十数年前にHackman & Oldhamの1975年論文や1976年論文をがっつり読んでいたからであり、そうした理論群に関心が向いたのは、職務によるストレスではなく職務への動機付けに関心があったからだと言えます。

さらに(マニアックな意味で)面白いのは、最初の修論でも二回目でも説明変数にはキャリア意識を置いている点です。2009年は、シェアードサービス部門で働く個人を調査対象にしてエドガー・シャインをベースにした企業内キャリア開発に関するもので、2022年はベンチャー企業でのプロジェクト・マネジャーを対象にしてキャリア自律を用いています。

ではなぜ今、プロティアンでも、バウンダリーレスでも、キャリア自律でもなく、キャリア・アダプタビリティを博論では研究しているのか。この点についてゼミ内では何度も話していますが、同じテンションでここに書くのは難しいので、数年後、無事に博論を書けたとしたらその時に触れようと思います。


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