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養老の滝

なにやらおかしな場所に迷い込んだ。

・・・どこだ、ここは。

俺は確かに、樹海めぐりをしていたはずだ。
俺は確かに、絶景をこの目に焼き付けようと、1人・・・頃合の場所を目指していたはずだ。

この樹海に、小川は無かったと、思うのだが。

先ほどから、なぜか・・・水の流れる、音がする。
先ほどから、なぜか・・・水の落ちる、音がする。

やけに鬱蒼とした山の麓・・・ずいぶん、深い場所に来たのだろうか?

俺は自然と、その音のする方へと・・・足を向ける。
少しばかり足元がおぼつかないのは・・・仕方あるまい。

このところあまり出歩く事が少なかったからな。

久しぶりに動かす体は・・・意外と動くものだった。
・・・俺は、まだ、こんな体力を持っていたのか。

ただ、只管に・・・水音のする方へと歩いていたら、目の前に滝が現れた。

木漏れ日が射しており、滝の一部がきらきらと輝いている。

・・・こんなに深い樹海なのに、この場所には光が届くのか。
・・・どんな深い場所でも、届く光はあるのだな。

滝口は・・・3メートルほどの高さか。

勢いよく迸るという感じではなく、穏やかに水が落ちているといった感じだ。見た感じでは、滝つぼもそれほど深くはなさそうに見える。

滝の音にしばし耳を傾ける。
・・・単調な水の落下音が、心地いい。

滝の周りには、やや大きめの石が積まれており、小さな池を形成している。

・・・誰かが、山の恵みをいただくために石を積んだのだろうか。
・・・明らかに人の手が加わった形状をしている。

池の水や、滝の水を飲めるような場所が形成されている。

池の向こう側には、川が流れている。
滝の水は、この場所で一部たまり、おおよそが川へと流れていくようだ。

・・・修行僧が篭りそうな滝だ。
1人で滝の水を受け、冷たさに凍え、心身を鍛錬するに値する場所だ。

・・・修行をしたところで。
この世は生きていくのに値しない、つまらないものでは、あるがな。

俺は、滝に近づき、手を伸ばした。

冷たい、水が、俺の手をぬらす。

山を登り始めてずいぶんたったから・・・疲れている。
山を登り始めてずいぶんたったから・・・喉が渇いている。

山を登り始めてずいぶんたったけれど、俺は休むつもりなんて。

・・・俺は、体を休めるつもりは毛頭無かったのだが。

ふと、山の恵みを口にしたく、なった。
ふと、山の恵みをいただきたいと、思ったのだ。

両手で滝の水を受け止め、そっと口に含む。

・・・うまい。
・・・実に、うまい。

一口、二口。

朝から何も口にしていなかった俺の胃袋に、山の恵みが染み渡る。

山の恵みは、俺の体に・・・活力を与える。

何もかもいやになってしまったはずなのに。
何もかも投げ出すと決めたはずなのに。
何もかもいらぬものだと思っていたのに。

この、山の恵みを、求めてしまう俺がいる。

・・・うまい。
・・・実に、うまい。

三口、四口。

山の恵みの偉大さに、魅せられてしまった様だ。

山の恵みが、俺の体に・・・染み渡る。

もっと、飲みたい。
もっと、飲んでいたい。
もっと、飲み続けたい。

この、山の恵みがあれば、俺は。

・・・うまい。
・・・実に、うまい。

五口、六口。

干からびた体が、山の恵みを吸収してゆく。

山の恵みを、俺の体に・・・蓄えてゆく。

この、力は何だ。
この、あふれる何かは。
この、沸き立つ気分の高揚は一体何なんだ。

山の恵みに、ただただ・・・縋って、いる。

たった一人で生きてきた俺は、こんな山奥で。
たった一人で、山の恵みに溺れている。

・・・たった一人で。

俺は、この山の恵みをいただいているのだ。

これほどまでにうまいものを、俺は今、独り占めしているのだ。

山の恵みを飲む速度が増す。

何度も飲み込むたびに、体に活力が湧いてくる。
冷たい水を飲むたびに、体が温まってくる。
冷たい水を飲むたびに、高揚感が増してくる。

冷たい水を飲むたびに、俺の中から熱い何かがあふれ出してくる。

「う、うぉおおおおお!!!」

なんだ、これは。

「は、あははははは!!!!」

ずいぶん、気分が良くなってきた!

俺の中からあふれる、何か。

「俺は、俺は、森の恵みをもらうために・・・ここに居る!!」

俺は、森の恵みを浴びるように飲み続けた。
俺がここにいる理由に、気が付いたからだ。

俺は、森の恵みを浴びるように飲み続けた。
俺の求めるものがここにあると、気が付いたからだ。

俺は、俺の求めるものを、求めるだけ手に入れることができるのだ。

俺の求めていたものは、ここに、こんなにも、あふれている。

・・・ああ、愉快だ。
・・・とても、愉快だ。
・・・非常に、愉快!!

テンションの上がりきった俺は、スキップを踏み踏み、樹海の中を駆け巡った!!


・・・。

・・・・・!!!

・・・か!!


「ハッ!!ここは…?」

気が付くと俺は…なんだ、ここは??

「やっと気がつきましたね!!ここは病院ですよ。」

……?

病院??

「あなたね、急性アルコール中毒で樹海入り口に倒れていたんです。無茶しますね、もう少し寒い時期だったら凍死してたよ!!!」

樹海、入り口。

「…そんな馬鹿な。俺はアルコールが飲めないんです、飲んだことなんか一度もない。」

俺はいわゆるALDH2不活性型で、二十歳になったばかりの頃一口シャンパンを飲んだだけで病院送りになって以来、アルコールの類を一度も口にしたことは、ない。

「飲めないなら自分で気をつけるのが大人でしょう!!」
「俺は!!樹海で滝を見つけて!!その恵みをもらってただけで!!」

俺は酒など一滴も飲んでいない!!

「…はいはい、幻覚見ちゃったんですね、樹海に滝なんかありませんよ!!ホント気をつけてください、ええと、お支払いの件なんですけど!!」

差額ベッド代?とやらも加算され、支払額は3万円ちょっとだった。全身打撲痕があったので、レントゲンも撮ったらしいが…高過ぎやしないか。
…まあ、全財産ヒップバッグに入れてきていたからな、支払いは無事完了できたけどさ。

支払いを済ませて病院の外に出ると、やけに太陽がまぶしかった。

頭が少し重いな、これが二日酔い?
…ふん、意外と心地いいじゃないか。

酒の飲めない俺が、アルコール中毒。

酒の飲めない俺が、昨日飲んだものは。

俺は一体、何を飲んだんだ。
俺は一体、どうなったんだ。

あの滝はなんなんだ。
あの滝はどこにあったんだ。

俺はなんで酔っ払ったんだ。
俺はなんで入り口まで戻ったんだ。

俺はなんで……、生きているんだ。

…謎が謎を呼ぶ。

俺は、何をすべきだろうか。

そう考えて、コンビニに足を向けた。

酒コーナーで、小さな、ワンカップを手にとった。

レジで会計をし、イートインコーナーで、一気に酒を…飲み下した。

…喉が焼けるようだ。

あの滝の、森の恵みは、冷たかったはず。

あれは、アルコールなんかじゃ、ない。

あれは、森の、恵みであって。

もりの、めぐみ…。

ぐるりぐるりと視界が揺らぎ、バランスを崩した俺は…立ち上がることが、できない。

「・・・?!」

「・・・!!!」

なにやら周りが、騒がしい。

……まずいな、これは。

ああ、何でこんなことに。

だが。

おれは。

このなぞを。

とくまで。


いきていこうと。


いま。


……きめた。

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