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ケツイ

 ……腹が、痛いかもしれない。

 なんとなく、腹のあたりが、重い。
 なんとなく、腹のあたりが、騒がしい。
 なんとなく、腹のあたりが、不愉快だ。

 ……腹が、痛いような気がする。

 なんとなく、腹のあたりに意識が行く。
 なんとなく、腹のあたりに違和感がある。
 なんとなく、腹のあたりに嫌な感じがする。

 ……腹が、痛くなってきた。

 なんだか、腹の様子が、おかしい。
 なんだか、腹の音が、うるさい。
 なんだか、腹の中が、うねる。

 ……腹が、痛い。

 ……よし、便所に行こう。

「…え」

 便所の電気が、ついている。
 便所に誰か、いるようだ。
 便所が、使えない。

 ……俺は、腹が痛い。

 なんで、便所が。
 なんで、今。
 なんで。

 ……俺は腹が痛くてたまらない!!

「か、かーさん、まだ?!早く出てくれよ!!」
「エー?!今入ったばっかだよ!!」

 押し寄せる痛み!
 押し寄せる波!
 押し寄せる熱!

「ヤバイ、限界が…今すぐ出てくれないと、廊下が惨劇の舞台にっ!!!」
「はあ?!」

 迫りくる怒涛!
 押し留める混沌!!
 荒れ狂う天変地異!!!

 ……腹が、腹、はらっ!!!

 ちょ、なんで?!
 ちょ、はやく!!
 ちょ、まずい!!

「も…マジ無理、で、出る!!!」
「ちょっとヤダ!!!」

 ガチャ!!!

「もー何なのよっ?!朝っぱらから!!」

「……!!!……!!!」

 バタンっ!!!

 ああ…、間に合った……。
 ああ…、助かった……。
 ああ…、良かった……。

 絶体絶命の危機を乗り越えた俺は、散々戸惑わせた元凶を体内から追いやり、放出し、絞り出し……。

「トイレは早めに行きなさいっていつも言ってるでしょう?!いい大人のくせに人のトイレタイムに乱入して押しのけるとかどうなの?!ゆっくり快適な排泄生活を乱さないでちょうだい、こっちはね、デリケートな更年期真っただ中なんだからね?!だいたいアンタは昔からこうなのよ、保育園でもギリギリまでトイレに行かないで、毎回毎回予備用パンツで帰ってきてさあ!!何回仕事中に替えのパンツの追加持ってったと思ってんのよ!しかも授業参観の日もギリギリまで我慢してさ、ようやく手上げて喜んだら先生トイレ行っていいですかとかホントアンタって子はタイミングを計るのが…そもそもねアンタはやけに下半身がだらしないっていうかすぐに食べたもんを……」

 ドアの向こうで、母さんの甲高い声が響いている。
 ドアの向こうの、喚き散らしている声が止まらない。
 ドアの向こうが、騒がしすぎて集中できない。

 ああもう…クソぐらい自由にさせてくれよ。
 ああもう…腹ぐらい自由に壊したっていいだろう。
 ああもう…便所ぐらい自由に入らせてくんないかな。

 なんでこんなに怒られなきゃいけないんだ。

 俺は、すっかり通常に戻った腹を撫でながら、いつか自分の家を建てる時には必ず便所を二つ作ると決めたのだった。


こちら動画もございます(*'ω'*)


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