見出し画像

分裂少女

「真奈の弱々しいところ、僕は好きだよ?」

―――パシン

ああ、今、また。
私が、一人、生まれてしまった。

「かず君、なぐさめて、涙出そう……。」
「うん、よーしよーし、真奈は悪くない、イイ子、イイ子……。」

頭をなでられている私は、心の中で、砂糖を盛大に吐き散らかした。


半年前、私は初めてできた彼氏に、大喜びしていた。

ずっと憧れてたサークルの仲間。
ずっと見つめていたカッコイイ横顔。
ずっと夢見ていた優しい笑顔。

自分の大好きな人が、自分を見つめている……。

うれしい半面、気が抜けなかった。
照れる暇もないくらい、気を張り続けた。
24時間、彼氏を意識して暮らすようになった。

そしたら、自分が、どんどん、増えていった。


……あれは、告白してOKをもらった帰り道。

駅までのアーケードを一緒に歩いていて、ハンバーグ屋と和食亭が並んでいたのを見かけたかず君が、一言。

―――僕、和食ってあんまり好きじゃないんだ。

私、和食大好きなのにな…そんなことを思った、次の瞬間。

―――パシン

心が軽く音を立てたのを、確かに、感じた。

―――そっか!私もあんまり好きじゃないの、今度一緒にハンバーグ食べにこようね!

自分の発言に驚いた。
私、ハンバーグって、あんまり好きじゃない。


次の日、お昼ご飯を学食で食べてたらかず君に声をかけられた。

―――うわあ、美味しそう!僕ゆで卵大好きなんだ、もらっていい?

―――パシン

―――ゆで卵、美味しいもんねえ、イイよ、ハイ、アーンして!

私は、ゆで卵が、好きじゃないのに。


初デートに行くことになった時。

―――ね、すごくいい恋愛ものの映画やってるんだって、ここにしない?

―――パシン

―――うん、私恋愛映画って大好きなの!泣いちゃったら、ごめんね?

映画なんてコメディしか見た事ない。映画で泣くどころか、テレビドラマですら感動モノを見て薄ら笑いをするタイプだった。

―――ご、ごめん、みっともないよね、男のくせに感動して泣いちゃうとかっ…!!!

―――パシン

―――ううん、私もすっごく感動した、ごめんね、私も、泣いていい?

からっからに乾いた目にハンカチを押し付け、物理的に涙を絞り出した。


私がかず君に違和感を覚えるたびに、私が増えていく。
私がかず君に合わせるたびに、私が増えていく。

私という自分自身が、私を形成しているのに。
……私という自分自身が、別の私で覆い隠されていく。

私という自分自身が、確かに私であるはずなのに。
……私という自分自身が、別の私を次々に生み出していく。

自分じゃない自分がどんどん増えていく。

可愛い少女。
泣き虫の少女。
子供っぽい少女。
わがままな少女。
頭の悪い少女。

私は、おねだりなんかしない。
自分の力で、欲しいものは手に入れるもの。

私は悲しみを泣く事で解消なんかしない。
涙はみっともないものだから。

私は駄々をこねたりしない。
執着してもどうにもならないことを知っているから。

私は自分の意見を通そうとしない。
優先するのは他人と決めているから。

私は都合の悪いことから目をそらしたりしない。
結局自分が痛い目に合うことを学んでいるから。

甘い、甘い彼氏との毎日。

知らない、知らない自分が増えていく。

大好きな彼氏といるはずなのに、胸がいっぱいになる。
大好きな彼氏のせいで、心の中がいっぱいになる。

私、本当はこんな子じゃない。
私、本当はこんな事考えてない。
私、本当はこんな事をする人間じゃない。

どんどん自分が増えていく。
どんどん知らない自分が増えていく。

まるで、本当の自分を消してしまうように。
まるで、本当の自分が消えてしまったように。
まるで、本当の自分は消えてしまうべきなんだというように。

うまく、笑えない。

本物の私から分裂した私は笑っているのに。

うまく、話せない。

本物の私から分裂した私は楽しそうにはしゃいでいるのに。

あの人ちょっと好みだなから始まって。
あの人の事好きになってみようかなにレベルアップして。
あの人の事が好きだって思い込んでみようかなに落ち着いたはずなのに。

私はこの人が好きなんだ。
私はこの人が好きだから幸せなんだ。
私はこの人と付き合えてうれしいの。
私はこの人と付き合っているから幸せなの。
私はこの人に合わせないと。
私はこの人の喜ぶことをしないと。
私はこの人の求めるものを差し出さないと。

一人でいると、つぶれてしまいそうだ。

一人でいると、とても楽だ。

……一人に、なりたい。

やっぱり、私は、誰かと付き合うことなんて、無理だった。

不器用で可愛くない、真面目な女。
絶対泣かない、鉄仮面。
曲がったことが嫌いな、頑固者。


「かず君、ごめんなさい。」

真面目だから、きちんとお断りをしたい。


「私、あなたとは、付き合えない。」

表情を変えずに、淡々と口を開く。


「短い間だったけど、ありがとう。」

別れを決意し、感謝を述べる。


私の中に蓄積された、分裂少女が解放されていく。


無邪気な少女も、弱虫な少女も、夢見る少女も、優しい少女も、みんな、みんな。

彼氏だった人に背を向けて、一歩踏み出した。


私には、恋愛は無理だって分かってよかったじゃない。
私やっぱり、人を好きになったふりをしていただけじゃない。
私なんかが、恋をできるはずないって分かっていたはずじゃない。


彼氏だった人に背を向けて、もう一歩踏み出した、その瞬間。


私は、ぎゅっと、抱きしめられた。


ぎゅっと、抱きしめられて。

分裂少女が、ぎゅっと、集まった。


すべての少女が、私に重なっていく。


ああ、泣き虫な少女が、泣き始めた。
ああ、子供っぽい少女が、だだをこね始めた。
ああ、わがままな少女が、ずるいことを考え始めた。
ああ、頭の悪い少女が、自分の発言をなかったことにできると信じている。


「……僕は、真奈の全部が好きなんだよ?」


ぼろぼろと泣いている、みっともない少女。
別れたくないと、だだをこねる少女。
本当の自分を好きになって欲しいと、願う少女。
別れを切り出し、逃げ出した自分を捕まえて欲しいと祈る少女。

「がんばる真奈もいいけど、今日からは…がんばらない真奈が見たいかな?」

ああ、ぎゅっと、抱きしめられてしまったから。

私が、解放した、少女達が。

不器用な私の中に、押し込まれて混じる。
鉄仮面を押しのけて、私に混じる。
頑固な私の中に、軟弱な自分が容赦なく混じる。

「もう、別れるとか、言わないこと。」

涙でぐちゃぐちゃになって、みっともない顔の私を覗き込まれた。

まっすぐ見つめる、優しい笑顔。

そっと指で涙を拭ったかず君は、私の頬を両手で包み込んで、キスを・・・。

……キス、されてる、私ッ!!

突然の出来事に、不器用な私も、可愛くない私も、真面目な私も、泣かない私も、鉄仮面も、頑固者も、泣き虫な少女も、子供っぽい少女も、わがままな少女も、頭の悪い少女も、全部全部ぐっちゃぐちゃに混じって、みっともなくパニクる……一人の恋する乙女になった。


「ね、おなかすかない?僕駅前にできたクロワッサンサンドのお店行きたいな?」

クロワッサンは、パサパサしてるから、好きじゃ、ない。

いつもなら生まれるはずの、分裂少女が、パニックの影響で、生まれてくれない。

言葉を返す少女が生まれてくれないから、私は、つい、本音をこぼしてしまった。

「すいてない、クロワッサン、好きじゃない。」

……目も合わせられない。
俯きながら、唇を噛んで地面を見ていると。

「じゃあ、僕だけ食べるから、付き合って!」

強引に手を取られて、そのまま、駅前まで連れて行かれた。

行列に並びながら、わがままを言ったけど、かず君はニコニコしていた。
コーヒーを飲みながら、不器用に言葉を吐いたけど、かず君はニコニコしていた。
頭をぽんぽんされて、みっともなく口を尖らせたら、かず君はニコニコしながら、またキスをした。


「もうっ!やめてよっ?!」


プンプンする私を見ながら、かず君はニコニコ笑って、ぎゅっと抱き締めた。


私は、大好きな、彼氏を。

……ぎゅっと、抱き締め返して。


その後、二度と。


分裂することは、なかった。


こちら彼氏側のお話もございます(*>ω<*)

ボチボチたまに言ってますが、何を隠そう恋愛小説が書きたいと思っている者です、はい(*'ω'*)


↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/