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靴下、怒る。


「たのもう!!」
「・・・?はーい。」

穏やかな午後、ずいぶん雑然としたリビングで優雅にコーヒーをすすっていたら、やけに厳つい声が聞こえてきた。

慌てて玄関に向かうと、…誰だ、こいつは。
やけに真面目そうなごつい…人っぽいのがいるぞ。

「あんた誰。」
「靴下というものだが!」

おうふ。

いよいよ靴下様のお出ましですか、そろそろ来ると思ってたんだよ。来そうだなって予感がしてたんだよ。

「このところの整理整頓不足および片方だけになった我々の放置について、ご説明願いたいのだが!」

なにげに靴下の凸は今回で三回目だ。一回目の時はそりゃあ驚いて、もう二度と靴下を片方だけにしませんと誓って許しを請い、二回目の時は言い訳で何とかしようと屁理屈こねてド叱られて、靴下専用のケースを購入することになったんだった。しかし毎回違う人が来るのはなんでなんだ、今回の人は頑固そうだな。

きちんとやってたはずなんだけどさ、人ってのはだんだん怠惰になっていくというか、孤軍奮闘するしかない背景があるっていうか。うちは掃除をする人が基本的に私しかいないくってですね、洗濯物を仕分けする人が私しかいなくってですね。

最近忙しくてさ、乾燥機から出した洗濯物がかごに入れっぱになっててね。明日やろう明後日やろうって思ってるうちにたまっていっちゃって、はいていく靴下が見つかんないもんだからぽいぽいソファの上に投げてく不届き者も何人かおりましてですねって。言い訳して通じる相手じゃないぞ、さあて、どうしようかな。

・・・謝るか、潔く。

「なんか疲れちゃってて放置してました。ごめんなさい。」
「疲れた?!疲れたからと言って、あなたは放置するのですか!!洗濯をした、ならばきちんと収納すべきだ!あなたは食べたものを排泄するではないか!空気を吸ったら吐くではないか!それと同様、洗ったら収納できるはずではないか!できないのはおかしい!謝って済む問題ではないのです!我々だけでなく、他の衣類に対しても失礼だとは思われぬのか!」

靴下には、人の生命活動の神秘が理解できないらしい。食べたものを排泄するのは、空気を吸ったら吐くのは、そういう仕組みになっているからであって…ってそうだな、私も靴下の装着活動の神秘について何一つ知識も無ければ理解もないな。靴下脱ぐと足の指の間にゴミが入り込んでる謎とか、右足だけ靴下が脱げてくる理由とかさ。あれはきっと人間には知り得ない、深い仕組みがあるに違いない。

・・・ふうむ、相手の立場に立つという事は実に難しいな、この世界は実に難解な案件があふれかえっている。

「ご子息に至っては、左右で違う靴下を履いて外出するのが常になっておりますな!どういうことか詳しいいきさつをお聞かせ願いたい!!」

「いや、靴下が片方しかないやつばっかで、致し方なくですね。」

靴下は靴下だけでまとめて洗うというシステムを導入している我が家、洗い物が貯まるまで洗濯機横のかごに入れておくのだけれども、その際に猫が入り込むことが多々あってですね。お気に入りの靴下を盗んでいくやつがいたり、爪に引っ掛けた靴下が取れずにそのままかごの外に出て、ソファの下に放置されたりすることがあってですね。

ソファ付近で靴下を脱いだ人が、そのまま洗濯機に放り込まずに放置して猫が遊んでどっかに行ったとか、片方に穴が開いて捨てたとか、ラグの下にはいっちゃったとか、仕分けするときに服の中に紛れ込んじゃったとか、違う人の靴下ケースに間違って入れちゃったとか…そういう理由でですね、片方だけの靴下があふれかえっておりましてですね。

一回こう、すれ違っちゃうとね、靴下ってのはペアを見つけるのが難しくなるっていうかね、何なんだろうね、あの仕組みは。洗濯するたびに片方だけの靴下が発生する不可思議な現象は。うちだけなのかね。うちだけだな、たぶん。

「なんというだらしなさだ!!!いいかげんにしていただきたい!!!」

靴下は我慢強い、相当我慢強いという事を、私はよーく知っている。

全体重をかけられ踏まれ続け、時に恐ろしいほどの劣悪な環境下に揉まれ、それでもなお…洗われて次の日も踏まれ続けることを願う、ずいぶんタフな存在だと、知っている。

そんじょそこらのレースのハンカチーフみたいに、濃いひげ面のおっさんの頬を撫でただけでびりりと裂けてしまうような繊細な存在ではないのだ。

・・・だがしかし、そんな屈強な靴下の堪忍袋の緒は、ぶちりと切れたとみえる。

一年間はいても破れない、強靭な靴下の堪忍袋の緒を切れさせた、恐るべき一族…それが我が家。

・・・そもそも、うちの住人は、相当にだらしないのだ。

例えば、郵便受けの中には郵便物がたまったままであったり。
例えば、ご近所さんからいただいたよくわからない箱モノが置きっぱなしであったり。
例えば、昨日旦那が着用していたトレーナーが玄関わきに鎮座したままであったり。

ガレージには、もう使わないスキーセットだの、履けなくなったローラーシューズだの、何年前に買ったかわからない靴だの、一回しか使ってないテーブルセットだの、空の犬えさの袋だの、よくわかんない木切れだの板だの電線だの賞味期限の切れた水だの旦那の仕事のごみだのわんさか置きっぱなしになっていて、入れることのできなくなった自転車が三台、庭に並んでいたりする。

…ガレージが怒鳴り込んでくるのも時間の問題だな、こりゃ。郵便受けも玄関もやばそうだ、お風呂も地味にヤバイかも、庭も相当怒ってそうだし…ちょっと待て、この家は怒れる皆さんが溢れているんじゃあるまいか。

「いったい、いつになったら対処いただけるのか!」
「今すぐやります、ごめんなさい。」

言い訳するのはまずいので、素直に謝って、リビングの片づけに着手する。いい機会だ、やれることは今やった方がいいもんね。サクッと片付けて、ほかの場所を片付けねばヤバい!怒れる皆さんが一気になだれ込んできたらどうすんのさ…。

「私も手伝わせていただこう!!!」
「マジで!ありがとう!」

靴下の手伝いを得て、私は俄然やる気がわいた。ともに片付けてくれる存在のありがたさときたらもう!はりきってかごの中の洗濯物を手早く分けてゆく。娘のものは娘のクローゼットへ、息子のものは息子のクローゼットへ、旦那のものはまとめて袋に入れて旦那の部屋へ。靴下はソファの下やテーブルの下、ラグの下を探し回っている。洗ってない靴下の入っているかごの中身はすべて洗濯機の中に入れて回し、乾燥機に投入した。

「仕分けしますぞ!!」

乾燥器から取り出したホッカホカの靴下をリビングのラグにぶちまけ、収納済みのものもすべて出してぶちまける。大量の靴下の中からペアを見つけて、きっちり重ねて収納する。「ペアが見つからないもの」と書かれた袋の中からたくさん靴下が発掘されたこともあってか、一足だけの靴下はほとんどなくなった。

「やればできると、以前も申し上げたはずですが!」
「ホントすみません、ありがとうございました。」

私が謝ると、人っぽいものは緑色の靴下になって・・・ぱさりとラグの上に落ちた。

ああ、この靴下は、去年の夏にお土産屋で買った奴だ。

まだ二回しかはいてないのに片方無くなっちゃって残念だったんだけど、見つかってよかったよ。

・・・さっそくはいちゃお。

私は靴下をはいて、ソファに腰を下ろそうと。

「ごめん下さいまし!!!」

さんざん靴下整理をしてげっそりしていた私の耳に、やけに厳しそうな声が聞こえてきたぞ!

「あの、どちらさまで…。」

「髪ゴムと申しますけど!!!」

そうなんだよね、髪ゴムってさあ、いっつもどっかに行っちゃってさあ、先日も新しいやつ出したばっかで…。

髪ゴムは猫のお気に入りだからさ、気を抜くとあっという間にどっか行っちゃうんだよ。お風呂で棚に置くとすぐに持って行かれるしさあ…。

「ごめんなさい、気を付けますから許してください・・・。」

髪ゴムに平謝りしながら、私は今週末…今年初の大掃除をすることを決めたのであった。



優先順位を考えないとダメなんですよ、靴下がないからある物をはくのではなくて、あるものをきちんと管理すべきなんです。でもなかなかそれを理解して実行するのは難しい、何故なら「めんどくさいし別にいいじゃん」と聞く耳を持たない家族がいるから!!!


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