見出し画像

すけすけで、あけすけで。

 俺には、透視能力がある。

 なんとなく、透けて、見えてしまうのだ。

 ちゃんと物は見えているのだが、隠れている部分が透けて見えるといえばいいのか。目玉で見ている映像に、よくわからない器官で見ている画像が重なる感じだ。目玉で見えているものに重なって、別のものが脳みそで映像として認知されている感じだ。

 目を閉じた時、目の前は真っ暗なのに人の面影が浮かぶのと、少し似ている。

 例えば、封筒の中に入っている手紙の文面が、読める。ただ、重なった文字を読み取ることは少し難儀だ。折りたたまれた紙に書かれた文字を拾うおうとすると、少々骨が折れる。いちいち向きを変えては、しかめっ面をしなければならないので、気が滅入る。

 例えば、制服の下の様子を知ることができる。だが、表面が平坦でなく凹凸がある為か、ピントが合わせにくい。下着の色をぼんやり確認できるが、パンツそのものを確認しようとすると骨が折れる。肉体の形状をぼんやり確認できるが、おっぱいそのものを確認しようとすると骨が折れる。じっくり見ようと集中すると内臓が見えてしまい、どの人間も結局肉と食べかすが詰まってるんだなと、気が滅入る。

 例えば、にこやかな表情の下に隠された、残忍な本性が見える。しかし、感情は形がないものだからか、はっきりとした全貌が見渡せない。なんとなくの気分は窺い知ることができるが、明らかな思惑を確認しようとすると骨が折れる。心の内を暴こうとすると、本音を包み隠す感情が見えてしまい、上っ面の分厚さを見せつけられて、息が詰まる。

 見えているけど、意味がない。

 能力を使って見るのではなく、自分の網膜に映す方が効率がいい。
 能力を使って知るのではなく、自分でコミュニケーションをとり相手を知るほうが効率がいい。

 能力を使っても、得になることがない。

 能力を使ってみたところで、他人への苛立ちが増すばかりなのだ。
 能力を使ってみたところで、自分の中に苛立ちが増すばかりなのだ。

 見えているのに、見えていないふりをするのも疲れる。

 透けて見えることを伝えたところで、おそらく他人には理解ができない。
 下手に透けて見えることを言えば、おそらくおかしな目で見られてしまう。

 透けて見えることを理解されたところで、他人にあれこれ詮索されるのはゴメンだ。下手に見えることがばれて、おかしな関係性が培われてはかなわない。

 極力透視能力を使わないよう生きてきた。
 極力透視能力で人の心を読まないよう生きてきた。

 どこか人と距離を置いてしまうようになった。
 人に悪意を向けられるのは気持ちの良いものじゃない。

 こんな使えない能力など、欲しくなかった。

 欲しくはないが、手放せないのだからどうしようもない。
 気にしていても、仕方がない。


 けれど、こういう場面になると、どうしても自分の能力に…打ちのめされてしまうな。

 今、俺はサークルの合宿に来ているのだ。

 男子五人、女子六人、文芸サークルの執筆合宿。

 書いている小説はいかがわしいが、健全・真面目がモットーのこのサークル、最終日の夜、実に平和に、男子で集まってトランプ遊びをしていたりする。
 普段あまり人の中に群れないようにしている自分にとって、この三日間はわりと地獄だったわけだが。まあ、孤立してさみしい学生生活を送るつもりはなくてだな。

「なんだ、おかしな顔をして。そんな顔をしても俺は騙されないからな!」

 大口をたたく小島の手の中に、ババがあるのが見える。

「だますも何も。俺はいっぱい持ってるけどババ入ってないし。」

 冷静に返す俺の手持ちのカードは、ハートのエースにクラブのキング、ダイヤの七、スペードの五と十。

「いいか、一抜けした奴が王様だからな!」

 えらそうなことを言う大岩の頭に、思惑があるのが見える。

「一番負けた人が言う事を聞くんだっけ?」

 弱気な発言をした砂川の胸に、焦りがあるのが見える。

「よっしゃ!!俺の勝ち!!じゃー…、一番負けたやつが、誰かにチューだ!ほっぺはなしね、きちんと唇だぞ!!!」

 はしゃぐ原のパンツの色は、目に鮮やかなスカイブルー。
 やけに生き生きとしているのは……、好奇心のせいか。

「「「はあ?!」」」

 驚きの声をあげた三人は、嫌悪が思い切り透けている。
 ……俺の嫌いな感情だ。思わず目をそらす。

「くっそー、酒おごらせようと思ったのに!!!」

 思惑の消え去った大岩が、俺の手持ちのカードからダイヤの七を引いていった。

「おっし、揃った!」

 大岩がダイヤの七とハートの七を捨てた。
 残るカードは、スペードのJとクラブのKか。

「くそ…ぜってえ負けられねえ……!!」

 嫌悪が色濃く出ている小島。
 たかだかキス1つでなんでそんなに…そうか、ファーストキスか、なるほど。夢見るシチュエーションまで透けて見えるのは…勘弁してもらいたい。

「ッよっしゃああああ!!!揃った!!!砂川、引けっ!!!」

 ああ、気の毒に。砂川のもとに、ババが渡った。

「ッ…!!!はい、前田君、どうぞ……。」

 憮然とする砂川には…うん?

 ……なんだ、これは。

「ひ、引かないの?!」

 俺は、目を、こすった。

 ダイヤのエース、スペードの五、ババ、その向こうに、透けて見えるのは。

 こ、恋心……だと?

 あ、あせる気持ちを一ミリも漏らさず、か、カードを引くっ、引いたぞ!

「…揃ったよ、あと三枚かあっ……!!!」

 悔しがるそぶりをしつつ、カード越しにす、砂川を盗み見るっ……。

 ちょっと待て、なんだこれは、気のせい?いや違う、しっかりと見える、だがしかしなんで?!今の今までそんな素振りは、いやちょっと待て、そういえば俺は砂川をいつも真っ直ぐ見ようとはしていなかったような、いつだってちらりと見つめてはすぐに目をそらして言葉だけで会話をしていたような気もするなんだこれはええとその~?!

 ……いったん落ち着こう。

 ダイヤの五とスペードの五を捨てて、砂川を見つめる。

 ……真っ直ぐ見つめ返す、その目に、透けて見えるのは。

 やっぱり、恋心だ。しかも、どんどん色が濃くなってきている!!なんで?!そうか、見つめているから?!今まで目があったことが少ないのに、こんなに見つめ合っちゃってるからうれしくて?!何その乙女、でも悪い気はしない、俺はずっと人と深く付き合ってこなかったから、くすぐったいような気持ちが!!いやしかし相手は砂川、俺より一回り小さくて頼りないけど心に響く恋物語を書くちょっと待て、あの切ない恋心の物語って、悲恋の物語ってもしかしてはい、ハイ?はイイイイ?!

「よーし!!これでそろえば勝ち抜けだ!!ナムさんっ!!!」

 大岩が、俺の、クラブのKを引いた。

「おっしゃあああああ!!!セーフセーフ!!貴重な俺の唇は守られた!!!」

 おめえの分厚い唇なんか、希少価値はねえんだよぉおおおおおおお!!!

「ッ、じゃあ、僕、ひ、引くね?!」

 砂川は、俺の手札から、スペードの十を引いた。

「はい、揃ったよ!前田君が、引いて…揃ったら僕の負け、揃わなかったら、ぼ、僕の勝ちっ!!!」

「「「うおおおお!!!どっち?!どっちだ?!」」」

 お、俺の目には、砂川のカードが透けて見えている。

 右がスペードのエース、左が、ババ。

 そして、その向こう側に、期待感でいっぱいの、す、砂川の恋心、恋心がああああ!!!

 砂川?!悪い奴じゃない、むしろいい奴だ、ぶっきらぼうな俺にいつも声をかけてくれたし、ネットで公開しはじめた鬱々しい俺の物語にもいつもコメントをくれる、いつだって誤字報告もしてくれるしさりげなく毎朝おはようって言ってくれる、バイト先にも買い物に来てくれるし体育の時はペアも組んでくれた、こいつの書く物語にすくわれたことも多いしうまい料理も食わせてもらったことがある、Twitterもよくリプしてくれるしいいねも欠かさずしてくれて……。

 ………。

 砂川が負ければ、おそらく俺にキスをするだろう。

 俺が負けたら……。

 小島と大岩のファーストキスの相手として記憶に残るのは嫌だ。
 原はチャラいから気にしないだろうけど、砂川は落ち込むだろう。

 この場合、俺からキスするのか、砂川からキスするのか、二択しか…ない!!!

 に、二択しか、ないので、あればっ!

 俺は、左のカードを、引いた、引いてやった!

 そして、俺の……ハートのエースを、砂川に差し出した!

「や、やった…、僕の、勝ちだ!」

 喜ぶ砂川の顔には、期待と、残念が、混じっている。

「「「で、前田は、誰にキスするんだよ!!!」」」

 俺を見る四人の顔に透けて見えるのは…、嫌悪、嫌悪、好奇心、不安。

「俺を選ぶな!こっち見んな!」
「俺は旨くないぞ!やめれ!」
「やーん、ディープなのはやめてね♥️」


「僕にキスしても楽しくないよ!」

 ……全て丸見えなんだよっ!!!!


「俺の!!ハートのエースを引いたんだから、お前が責任、取れっ!!!」


 ……キスから始まる恋物語があったかどうかは、ここで語るわけには、いかねぇなって、……話。


何を隠そうBLも書く者です(あけすけにはしていない)。


↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/