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ヨゴレバイセコー

 …自転車通学をしているツレのチャリが盗まれた。

 なんでも、文化祭の帰りに部活連中とショッピングセンター横のカラオケに打ち上げに行き、夜七時に自転車を置いた場所に向かったら何もなかったのだそうだ。
 警察を呼び、取り調べを受け、所持金がゼロだったので親に迎えに来てもらう事になり、こっぴどく叱られたらしい。

 防犯登録済みの比較的特徴的な自転車ということで、見つかる可能性はあると言われ…一か月様子を見ていたのだが、結局自転車は出てこなかった。

 ツレは、電車で八駅の距離を毎日自転車で一時間かけて通学していた。電車通学と自転車通学でかかる費用を計算した結果、断然自転車の方がコスパがいいという事で…そちらを選択したのだと聞いたことがある。
 ところが入学して半年で39000円の自転車が跡形もなく消え、さらに一か月間電車通学する事になってしまって13000円の交通費の負担増となってしまった。

 思いがけない出費の影響でこづかいまで減らされてしまい、ツレは毎日弁当代として渡されていた500円をケチるようになった。
 購買の100円のおにぎり一つと水道水で腹を膨らませるようになって一か月、頬がこけ、制服がだぶつき、いよいよぼんやりすることが多くなってきて心配していたのだが。


「社会人の兄ちゃんが自転車買ってくれる事になった」

「ほ、ほう…ふぅん?」

 生気の消え失せた顔でつぶやいたツレの顔を見て、良かったなという気持ちと、そんなに体力が落ちた状態で自転車通学ができるのかよという心配が入り混じり、微妙な表情でとぼけた返事しか返せなかった、俺。

 翌週の朝、高校に向かう通学路を歩いていると。

「おーっす!おはよ!!」

 背中の方から明るい声が聞こえてきた。どうやらツレの体力は残っていたらしい。

「ああ…おはよ、自転車買ってもらえてよかったな」

 ツレが、スピードを落として横に並んだ。新しい自転車は、モノトーンのスポーツタイプ…ずいぶん高そうだな、また盗まれるんじゃないのか、これ……。

「兄ちゃんがさあ、もう二度と盗まれんじゃねーぞってうるさくてさ!見ろよ、これ!」

 自転車を降り、横並びになって歩きながら、ツレがハンドルのあたりを指差した。…うん?銀色のフレームに、何か……模様のような、モノが……。

―――オレ以外が乗ったら呪われる自転車
―――この自転車には呪いがかかっている
―――無断で乗ったら不幸になる

 ど真ん中、左アーム、右アーム…黒いマジックペンで、文字が、文字が!!!

「フレームもさあ、すげーんだぜ?」

―――デブ専用自転車80キロ未満は乗れません
―――悪霊憑依中、血縁以外が乗ったら寿命が縮まる
―――無断で乗ったやつは殺す殺す殺す殺す殺す殺す
―――盗んだやつ死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね死ね
―――この自転車にデブ以外が乗っていたらそいつは盗人です通報してください
―――俺の顔→(。・ε・。) ←そっくり
―――電話番号052-0……

 パッと見、イカしたモノトーンの自転車なのに!!!
 よくよく見てみれば…黒いフレームに修正ペン?で、びっちりと文字やイラストが描き込まれている!!!

「ま、これならもう誰も盗まないっしょ!!!」

「ちょ…おま、それでいいのかよ?!」


 そのあとツレは自転車を盗まれる事なく、コケていたほっぺたもぷくぷくに戻り……、無事に高校三年間を過ごしたんだよなあ。


―――しね!もう来るな
―――きも男専用おえー
―――バーカキエロ!

 定期健診で歯医者に行ったら、俺のバイクの横に……、やたらめったら落書きのしてある自転車が置いてあってさ。ふいに……、昔の事を思い出してしまったじゃないか。

 ……ツレの自転車みたいに気合と年季の入った落書きじゃなくて、わりと新しくて、ド直球の痕跡なのが実に気になっちまってさあ。

「これは…、アイツの自転車とは、わけが違うよな……?」

 ……自分で書いたんじゃなければ、立派な犯罪だ。若いって…いろいろと無謀というか、無敵というか。アッタマわりーことしてんなあ……。

 ……まあ、その、なんだ。少しだけ、無鉄砲に、おせっかいに、口出ししてみようかな、なんてね。

 そういや、ツレは…こういう陰湿なのが大嫌いで、弁論大会で大げさに取り上げてさ。全国にヤンキーどもの恥を大々的に晒したんだよなってね。テレビ取材がきて、ドキュメンタリー番組になって、ドラマ化までして、見事に悪を葬り去ったんだったよなあ。

 俺は口下手だから……、大したことはできないわけだが。
 まあ、ちょっとした、きっかけくらいは…プレゼンできるかもしれないってね。

―――私のバイクの横に停めてありました、見ていて非常に気分が悪いです
―――おたくの学校で流行っているのでしょうか?悪趣味ですね
―――学生さんをもっと見てあげたらどうですか
―――職員が足りなくて目が行き届かないなら、市議会に陳述書を提出します

 自転車の後ろに貼ってある、今年度の高校の自転車通学許可証シールと落書きを写真に撮り、少々大げさな文面と一緒に、見知らぬ青少年の通っているであろう高校へと、苦情メールを送り付けたのだった。

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