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白い馬に乗った王子様(4)

 目の前に広がるのは、果てしなく続く空、白い雲。少し離れた丘の上には、ブランコが揺れている。時折風に乗って飛び込んでくるのは、小さな雲の欠片。それをひょいとつまんだ私は、そっと口の中に放り込み…その、ほのかな甘さに、ほおを緩ませた。

 どこからともなく聞こえてくる、水のせせらぐ音。時折遠くでチュンチュンとさえずるのが聞こえるのは…この場所に、小鳥がいるから?とても可愛らしい囀りに、とっても心が、和む。いつまでも聞いていたい、穏やかな、心地の良い、音、音、声…。

 ここは、ただただ居心地のいい……喧騒を離れた、穏やかなる空間……。

 背の高いロッキングチェアに身を預け、ゆらゆらと揺れながら…、時を忘れて、微睡む。昨日徹夜をしてしまったけれど、気分が高揚しているからか、うとうとするだけで、眠ることが、できない。ぼんやりしながら、無心でチェアを揺らす、私。

 ……この、地球人の常識を逸脱した空間を作ったのが、ほかならぬ私自身であることが判明し。

 頭を抱えて、小一時間ばかり、唸ってみたものの。

 人というものは、時間を遡ることなど、できないわけでね?昔やらかした黒歴史ってのは、消し去ることなどできないわけでね?

 なんというか、うん、私、開き直ることに、したんだ。

 毎日おいしいもの食べたいなあ、毎日イケメンに好きだよって言われたいなあ、毎日のんびり過ごしたいなあ、毎日遊んで暮らしたいなあ、毎日きれいな空をながめたいなあ、毎日心地いい歌声を聞きたいなあ、毎日ゴミ一つない快適空間で生活したいなあ、毎日勉強したくないなあ、毎日働きたくないなあ、毎日笑っていたいなあ、毎日気持ちのいいこ…とにかく若かりし頃の欲望というのは、ずいぶん自分勝手でご都合主義で恥ずかしいモノだったって、見せつけられちゃってさ。げっそりしようが、全力で突っ込みたくなろうが、ぜんぶ私のせいだって、ね?いくら子供だったとはいえ、信じられないくらいド直球なものを生み出してしまったんだなってね?こんなの、誰が見てもpgr案件だよね、今更頭を抱えたところで、ふふ、フフフフフフ……。

 ここには、私の欲望がぜんぶ再現されているという事に気が付いてしまったわけですよ。己の求めていたものが、全力で私の前に現れたわけですよ。おかしいな、かつて自分が全力で求めてやまなかった世界なのに、いざ現実に目の前に現れてみると、こんなにも狼狽えてしまうんだね。

 そもそも…私は中学高校と、自分の妄想の物語に夢中になりすぎて、現実で恋愛というものができなくなってしまったのだ。

 気の利かないはっきりしない男子にイライラし通し、頭の悪いナンパばかりする男性にむかつき、上から目線で人の事を馬鹿にする男性に呪いをかけ、やけに気を使ってくる男性の気持ち悪さに思わず逃げ出し。夢中になれる人と出会った事がない。いろいろと聞かれるのがめんどくさくなってきたので、白い馬に乗った王子様が迎えに来てくれるのを待ってるからって言い訳をしてコンパを断るようになったのは…、いつの頃だったかな。

 中学高校と王子様の妄想でいっぱいだった私、恋愛脳というものをすべて燃やし尽くしてしまったらしいんだよね。恋愛はさ、自分がしなくてもいいよねって思っちゃったというか。ラノベやアニメの中のキラキラしたキャラクターたちの恋愛話を見せてもらえたらそれで充分っていうか。キャラの感じた切ない感情をちょっぴり分けてもらって、おこぼれに与らせていただけたらそれで大満足っていうかさ。

 そんな枯れ枝みたいな私のもとに……30年前の、己の妄想が、ばっちり返って来てクリティカルヒットをお見舞いする事になろうとは。能天気にコピー本を作りまくっていたあの日の私は、この惨劇に1ミリも気づいていない。ああ、あの時妄想に走らず、純文学に走っていれば、こんなことには。

 遠い目をして、どこまでも続く青い空をぼんやり見つめながら、過去の自分の過ちを振り返りつつ…今後の動向について、模索中……。なお、王子様がいると落ち着かないので、只今退散していただいている。

 ……私はいったい、どうするべきなんだ。

 このまま王子様にさらわれるのか、それとも全世界から狙われながら地味に生きていくのか。

 王子様がいなくなれば、私など狙われなくなるに違いない、しかしものすごい技術をふいにした世界的犯罪者として処罰される可能性はある。

 かといって、キラキラの乙女モードをとうに放り投げ孤独に強く生きてきた中年女子に二十歳の若者にさらわれる勇気はない。さらわれたところで、プンプンと漂う犯罪臭に疲弊する未来しか考えられない。そもそもろくすっぽ恋愛経験もないくせに、甘い恋物語の映画一つ見たことがないくせに、運命の出会い何それおいしいの主義のくせに、今更恋愛ができるとはとても思えない。ああ、どう考えても詰んでいる。

 私は、若かった時代に、王子様とどんな恋愛をしたんだったっけ……。

 はっきり言って、記憶が遠すぎる。私はいったい何を考えて、何を望んで、何を作り上げてしまったのか。ぼんやりと思い出すことはできるものの、細かい設定がイマイチ思い出せない。漠然とした世界感の設定は覚えてるんだけど、王子様とかわした台詞とかはあいまいだ……。何か解決の糸口になるようなエピソードはないか、記憶を探っているのだけど…。

 …ざ、…ざざ、ざざざっ……。ちゅん、ちゅん……。

 ……うん?

 何やら、重いものが、引きずられているような、音が……?やけに小鳥が、さわいでいる……?

 ざっしゅざっしゅ!!ざざざざざ!!!チュンチュン、ちゅん!!チュンチュンっ!!!!!!!!

 ちょ、何この、荒原をずた布でこすり取るような音は?!小鳥がパニクってる?!え、何、これ。逃げた方がいい……?!

 ザザザーっ!!!

 ものすごい摩擦音に、思わずとび上がって!!チェアの背から、覗き込むように、後ろを確認するとぉおおおおおおおお!!!

「ちゅんっ!!ちゅんちゅんっ!!へっへっへっ!!!」

 縦長の瞳に黄金に光る目玉、顔じゅうに細かい鱗がびっしり、耳のあたりまで裂け切っている口には尖った歯がズラー、ポッタポッタと垂れるよだれを拭えそうにない立派な爪が生えた小さな手が二本、その腕には派手な羽毛がフワフワとしており一見すると鳥なんだか恐竜なんだかワニなんだか魔獣なんだかねえこれ何、何なの?!

「ひゃはうぇあうへあおえぎゃああアアアアあ!!!!」

 私今からガジガジされてボリボリののちごっくんパターンなんじゃないの?!や、やばい、に、にげ、にげにげにげにおげいfjしdsもfどfjどjふぉむg!!!

 もしゅべたざすんんっ!!!

 余りの驚きに、ロッキングチェアからころげ落ちた私!!!でも、足もとがふこふこしてるから痛くない!良かった!!けど、危機はまだ去っていない!!!今からアーンされるかも、動いたら飛び掛かられる、しかし動かずともいずれ?!あ、あああ、私どうしたらいい?!こ、腰が抜け、ぬけてっ!

「ピ、ピピピピピ…、チュンチュン……、けるるるるる!」

 大きな、口が!!!

 バカっと、開いて!!!

 実に深く突き刺さりそうな、丈夫そうでほっそい歯の先から糸を引くよだ、よだよだよだよだ!!!!!!!!!ヨダレえええええええええ!!!!めくれ上がる唇、つやつやと輝く歯茎、真っ赤な口の中、まるまってるぷりぷりの舌、した、したああアアアアアアア!!!

 ……あかん、私……、明日、バケモンの、うんこに、生まれ変わるわ。

 さらば肉体、こんにちは貧弱で痩せた土。私、良い、元肥もとごえになって、土壌改良の要として一生懸命、微生物増やすね……?肥沃な大地になれるよう、頑張る、から…ね……。

 ぼったぼったと垂れてくるヨダレをかぶりつつ、ふこふこの芝生にひれ伏す、私。もはやこれまでと、目を閉じ首の力を抜き重力に逆らうことを放棄……。

「あれ!!薫、どうしたの?もう眠くなったの?言ってよ、ベッド用意するのに!!芝もいいけど、水の方が心地良く眠れるんだからね!?」

 やけに朗らかな声が聞こえてキタ━(゜∀゜)━!!

「ごめーん、ことりがね、どうしても薫に会いたいっていうから!見た目でいつも損してた魔獣だもん、囀り(さえずり)を褒めてくれたのはね、世界中でただ一人、薫だけだったんだよ!この子ねえ、薫のこと甘噛みしたいって言ってたんだ、良かったねぇことり、とことん噛ませてもらいな?」

「ぴゅい、ぴゅいぴゅい♪アーン……!!!」

「ちょっと待って、噛んだら、ダメえええええ!!!!」

 秒で立ち上がった私は、びっしょびしょの姿のまま、目の前に現れた王子様に、だ、抱きつきっ!!!!!!!!!!

「……積極的な薫、僕、好きだよ!」

 ぎゅっ……!

 ぬるぬるのべしょべしょのまま、抱き締められた、私、わたし、ワタシぃいいいいい!

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