見出し画像

逆らえなかった私は、逆らい続ける

 毎日毎日、私は働いている。
 毎日毎日、母親のためだけに、生きている。

 我儘な母親に産んでもらって、もう五十年。
 我儘な母親に育ててもらって、もう三十年。

 我儘な母親から逃げ出したのが、二十歳の頃。
 我儘な母親に呼び戻されたのが、四十歳の頃。

 育てられて、育ててもらった恩を返すためだけに生きて、もう十年。
 自分の家庭を捨てて、母親に尽くす日々を送る為だけに生きて、もう十年。

 毎日毎日、私は働いている。
 毎日毎日、母親のためだけに、生きている。

 我儘な母親に怒鳴られながら。
 我儘な母親に馬鹿にされながら。

 我儘な母親から逃げ出せない。
 我儘な母親を見捨てることができない。

 やることなす事すべて否定され続けて、もう十年。
 ダメなお前を見捨てないでやると温情をかけられて、もう十年。

 毎日毎日、私は働いている。
 毎日毎日、母親のためだけに、生きている。

 我儘な母親のために、薬を買いに行く。
 我儘な母親のために、買い物に行く。
 我儘な母親のために、家事をする。

 我儘な母親のそばにいなければ、ならない。
 我儘な母親のそばにいなければ、すぐに呼び出される。
 我儘な母親のそばにいなければならないので、働けない。

 母親の年金がないと生きていけなくなって、もう十年。
 母親に子供達の為の貯金を使い込まれるようになって、もう十年。
 母親にお前は金食い虫のどうしようもないクズだと罵られるようになって、もう十年。

 毎日毎日、私は働いている。
 毎日毎日、母親のためだけに、生きている。

 我儘な母親のために、薬を買いに行く。
 我儘な母親のために、買い物に行く。
 我儘な母親のために、家事をする。

 我儘な母親の命令で、ケーキを買いに行くことになった。
 我儘な母親に感謝をするために、母の日のケーキを買って来いと言われた。

 母親の好きなケーキを買おうと、なけなしの小銭を持って街に出た。

 母親の世話の合間に内職で得た、わずかな小銭を握りしめて、100円の草履をはいて街に出た。

 毎日毎日、私は何をしているんだろう。

 毎日毎日、母親の事ばかり考えて。

 我儘な母親のために、生きているだけ。
 我儘な母親のために、家族を捨てて。
 我儘な母親のために、自分を捨てて。

 我儘な母親のそばにいなければ、ならない。

 生きている限り、我儘な母親のそばにいなければならない。

 母親は、私がいないと、暴れる。
 母親は、私以外の誰かには、か弱い老人であることを演じる。

 毎日毎日、私はあきらめている。
 毎日毎日、母親にしたがっている。

 我儘な母親のために、感情を捨てた。
 我儘な母親のために、希望を捨てた。

 我儘な母親のために、すべてすて

 キィイイイイイイイイイ!!

 キキ、キィイイイイイいい!

 ……ぐしゃっ。

 私は、どうやら。

 車にはねられて、死んでしまった、ようだ。

 つぶれた自分が、棺の中に、いるのが見える。

 私を囲んでいるのは、警察と、知らない人と……我儘な母親。

「勝手に死にやがってえええええええええ!!!ふざけるな!!生き返って今すぐ、家事をしやがれっ!!!!」

 私は、その声を、聞いて。

「……今すぐ、やるね?」

 母親の命令は、私にとって、絶対なのだ。
 母親の命令に、従わないことなど、できないのだ。
 母親の命令を、聞かなければならないと、魂に刻み込まれているのだ。

 ぐちゃぐちゃの体で、起き上がって。

 母親とともに、マンションへ帰った。


 毎日毎日、私は働いている。

 毎日毎日、母親のためだけに、働いている。

 我儘な母親のために、薬を買いに行く。
 我儘な母親のために、買い物に行く。
 我儘な母親のために、家事をする。

 我儘な母親のそばにいなければ、ならない。

 我儘な母親のそばにいなければならないので、眠ることができない。

「ああ、気持ちが悪い!!」
「ああ、くさい、近寄るな!」
「ああ、本当にお前は人を苛立たせる天才だ!」

「すみません、痛んだ部分をカバーするものをもらえませんか。」
「すみません、防腐剤を頂けませんか。」
「すみません、母に気を使って発言してもらえませんか。」

 母親のそばにいながら、研究者たちに囲まれるようになって、もう十年。
 母親に研究者たちからもらった協力金を使い込まれるようになって、もう十年。

 毎日毎日、私は働いている。

 毎日毎日、母親のためだけに、働いていたある日。

 我儘な母親が、死んだ。

 我儘な母親がいなくなったので、埋葬した。


 我儘な母親がいなくなったのに、私は眠れない。

 我儘な母親のそばに行きたくない。


 我儘な母親のそばに行きたくないからか、いつまでたっても眠れない。


 母親の名残がすべてなくなって、もう十年。

 母親に貯金を使い込まれなくなって、もう十年。


 毎日毎日、私は解剖されている。

 毎日毎日、切り刻まれても、消えることができない。


 我儘な母親の記憶が、消えない。

 我儘な母親の記憶に、苦しめられる。

 我儘な母親の記憶を、忘れたい。


 我儘な母親は、もういない。


 我儘な母親も、研究者も、人間も、動物も、生物も、いない。


 この星の上に生命がいなくなって、もう何年?

 母親の事を忘れられないまま、もう何年?


 毎日毎日、私はここにいる。

 何も言わない星の上で、ただただ毎日を過ごしている。


 何もしてくれない星の上で、ただただ毎日腐った体を持て余している。


 ただ一人、残された私は、命の摂理に逆らっている。


 母親に逆らえなかった私は、ただただ孤独に、悔やみ続けている。

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/