見出し画像

犬くさいエレベーター

 親の住んでいるマンションは、ペット飼育可の物件である。
 猫は二匹、犬は一匹ないし合計15キロまでの飼育が許可されている。

 ゴミ出しや買い物に向かうときに、チワワやコーギー、シェトランドシープドッグ、よくわからないモサモサの犬、ゴールデンレトリバーを見かける事がある。最近見なくなったが、秋田犬やボルゾイなんかもいた。

 私は普段わりと犬に飢えていて…すれ違う際、ついつい目が愛らしい姿を追ってしまう。
 猫とは違う一直線の愛情、無邪気な振る舞い、豪快なしっぽブンブン。親がマンションに住んでいるからこそ味わえる、犬のかわいらしさ。まさに眼福、贅沢なひとときである。

 また、雨の日にエレベーターに乗ると、いつも以上に犬のニオイがするのが実におつだ。
 天気などまるで気にしない天真爛漫な犬たちが多いらしく、ハデに雨に濡れては、自身の持つ香りを湿気に乗せて狭い空間に解き放つのがたまらない。

 野性味のあるワイルドな犬臭……、犬種によって微妙にニオイが違うのが粋だ。
 バタ臭い獣臭、消臭剤で丸め込みきれない我の強い獣臭、麝香を微かに感じる妖艶な獣臭、わざとらしい獣用シャンプーと混じる人ではない生き物のニオイ。

 親宅は5階建てマンションの最上階なので、ほんの少しだけエレベーター滞在時間が長い。

 このニオイはたぶん長毛のモサオ三世…ブラッシングは念入りにしておきたい奴だな。
 この香りはたぶんいつもオサレなショコラティエールうらら…そろそろトリミングの時期だな。
 このパワフルな感じはおそらく最近越してきた鼻のデカいフレンドリーなアイツに違いない……。

 5階から1階まで下がるまで、うたかたの犬飼い気分に浸るのだ。
 1階から5階に上がるまで、ひとときの推理タイムを楽しむのだ。
 犬を飼わずして、犬を愛で、名付け、楽しみ、喜びを得る、貴重な…時間。

 ご機嫌わんわんの幸せオーラを全身にまとい、親の住む部屋のドアを開けると。

 ……ッ!シャー!

 犬嫌い人嫌いの、ツンツン猫がですね。

 ただでさえ嫌われているのに、犬臭を浴びた日は……特に嫌悪感を真正面から浴びせられましてですね。

 雨の日は、これだから憂鬱なんだよなあ……。

 私はため息をひとつついて、空気清浄機のハイパワーボタンをおしたのであった。

この記事が参加している募集

ペットとの暮らし

↓【小説家になろう】で毎日短編小説作品(新作)を投稿しています↓ https://mypage.syosetu.com/874484/ ↓【note】で毎日自作品の紹介を投稿しています↓ https://note.com/takasaba/