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~あらすじ~

この星に暮らすのは、土と、緑と、獣。穏やかにただただ繰り返される、命の定律。しかし、その中に混じることのない、唯一の存在があった。
なぜ存在しているのか、なぜ律から外れているのか、なぜ、なぜ、なぜ…。
好奇心旺盛な土は、孤独な存在に質問をする。
交わされる意思、伝わる意志、そして、遺志。
やがて時は流れ、星の終わりが訪れた。
その時、唯一の存在が思ったこととは。


1,星に暮らすもの

 ……広い宇宙の、とある銀河に、ありふれた星があった。

 二つの燃える星と、カラフルなガス天体、小さなダークマターの渦を中央に構えた恒星系に属している、緑と茶色と青色の星。

 星に、名前はない。
 この星には、名前を付けるという考えを持つ存在がいないためだ。

 この星にいるのは、主に土と緑と獣である。
 この星では、土と緑と獣が暮らしている。

 この星の上には、土と緑と獣が生きて・・・いる。

 土は、土をこねて仲間を増やし、繁栄する。
 緑は、オレンジ色の太陽と桃色の太陽の光を浴びながら森を形成して繁栄する。
 獣は、森の恵みをもらいつつ共食いをしながら群れを形成して繁栄する。

 土は崩れて、星に帰る。
 緑は枯れて、星に帰る。
 獣は息絶えて、星に帰る。

 土は仲間を造形して、数を増やす。
 緑は種から芽吹いて、葉を茂らせ、実をつける。
 獣は子孫を残して、群れをつくる。

 星が形成され、穏やかに時を刻むようになってから、悠遠と繰り返されている……この星の、律。

 この星の中でただひとつ、星に見合わない存在があった。

 どの命にも属さない、異質な存在。

 土と緑と獣ではない、たった一つの存在……ヒト。

 この物語は、唯一の存在とありふれた存在が共に星の終りまで過ごした、ありふれた記録のひとつである。

2,土という存在

 ……ここに、土がある。
 土は、砂と、石と、水とが混じったものである。

 ……ここに、土がいる。
 土は、砂と、イシと、水とが混じったものである。

 イシとは、石。
 イシとは、意志。
 イシとは、意思。
 イシとは、遺志。

 土は、イシが混じることで、動き出す。

 仲間を作るために。
 仲間を増やすために。
 仲間を守るために。
 仲間を残すために。

 土は星の上を自由に動き回る。
 土は星の上で時折崩れる。
 土は星の上に混じる。
 土は練られて、動き出す。
 土は崩れて、星に戻る。

 土は、森に入らなかった。
 森にはいろんなものが多くあって、いつ崩れてしまうかわからないためだ。

 土は、獣と触れあわなかった。
 動物はいきなり方向転換をして、いつ衝撃で体が崩れてしまうかわからないためだ。

 土は、海に近づかなかった。
 海の水はいとも簡単に体を溶かしてしまうためだ。

 土は、雨の日に出歩かなかった。
 少々の雨は体を柔軟にしたが、大粒になると体を崩しかねないためだ。

 広がる大地に、土は集まった。
 崩れた山肌に、土は集まった。
 燃えた森の上に、土は集まった。
 ひび割れた星の表面に、土は集まった。

 土をこねている場所には、緑が増えない。
 土をこねていれば、獣が来ない。
 土をこねていても、雨は降る。
 土をこねていても、風は吹く。
 土をこねていても、大地は揺れる。
 土をこねていても、波はうねる。
 土をこねていても、日は射す。

 森の侵攻をとめるために、土を練った。
 獣の侵攻をとめるために、土を練った。
 海の侵攻をとめるために、土を練った。
 雨の脅威から逃れるために、土を練った。
 風の猛威から逃れるために、土を練った。
 星の上で暮らすために、土を練った。

 土は、星である事を理解していた。

 星を練り、星に帰ってゆく。
 星に戻り、星の上に生まれる。

 生まれても、また星に戻る。
 星に戻っても、また生まれる。

 生まれて、動いて、練って、崩れて。
 増えて、減って、増えて、増えて、増えて、減って、増えて。

 はるか昔から繰り返されてきた、土の存在意義である。

 土が土である限り繰り返される、この星の凡である。

3,混じらない存在

 土と、緑と、獣が暮らすこの星の上に、ただひとつ、異質な存在があった。

 星に混じらず、葉をつけることもなく、子孫を残さない、なにものでもない存在。

 それは、練られた土が20ほど集まった大きさをしていた。
 それは、練られた土が40ほどあれば包み隠せる大きさをしていた。

 時折その存在は、形を変えた。
 縦に長くなったり、丸くなったり、平べったくなったりした。

 その存在は、土と同じような形をしていた。
 丸い部分と太い部分、そこから伸びる土を練る細い部分が二つに、移動するためのやや太い部分が二つ。

 土は、知っている。

 この星で唯一の異質な存在が、かつて『人』というものであったことを。
 この星で唯一の異質な存在が、『人』であることをやめて、ここに来たということを。

 ヒトは、時折森に入った。
 ヒトは、時折海に入った。
 ヒトは、時折雨に濡れた。
 ヒトは、時折風に吹き飛ばされた。
 ヒトは、時折水たまりに浸かった。

 しかし、ヒトは溶けることも、崩れることもなかった。

 ヒトは、土のようにイシを持っていない。
 ヒトは、土のように意思を交わすことができない。
 ヒトは、土のように意志を繋いでいくことはない。
 ヒトは、土のように遺志を残すことがない。

 ヒトは、土ではないからだ。

 ヒトは、ごく稀に、土を練った。

 ヒトのこねた土は、ヒトの両手で包まれるための形をしていた。
 土を練るための部分も移動するための部分もない、いびつな形をしていた。

 土は知っている。

 このいびつな形が、『ハート型』であることを。
 このいびつな形が、ヒトが『人』であった時を思い出すものであることを。

 ヒトのこねた土にはヒトの意志が練りこまれていて、ヒトの練った土だけがヒトの意思を知る事ができた。

 ヒトの練った土は、ヒトの両手で包まれ、ヒトの声を聞いた。
 ヒトの練った土が、ヒトの意思を知り、他の土に伝えた。

 星に混じることのない、異質な存在である『ヒト』は、土と共にあったのだ。

4,土が消えるとき

 土は、砂と、イシと、水とが混じったものである。
 細かな砂と、粘りのあるイシと、液体でできている。

 1、三つの物質がよくこねられて、ひと塊となる。
 2、意志と意思と遺志を込めながら、土の塊を練る。
 3、意志と意思と遺志を受けた土にイシが生まれ、土が動き出す。

 土はたまに、崩れる。

 雨や風や波や振動で崩れる。
 転倒して崩れる。
 ぶつかって崩れる。
 日差しを受けて崩れる。

 崩れた土は、砂とイシと水になって、星に混じる。
 土から水が無くなった時、砂とイシになって、星に混じる。
 イシが砂と水を固めていることができなくなった時、星に混じる。

 土は、他愛もないことで崩れる。

 森の中は緑と獣が多くて崩れやすい。
 海の近くの土は砂が多くて崩れやすい。
 水たまりの横の土は水が多くて崩れやすい。

 時折、土は表面にひびが入った。
 時折、土は表面が欠けた。

 多少の崩れを気にせず、意志を貫く土がいた。
 多少の崩れを気にせず、意思を保つ土がいた。
 多少の崩れを気にせず、遺志を継ぐ土がいた。

 崩れてしまったからと、星に帰る土がいた。

 土は、星に帰ることを受け入れていた。

 また生まれれば良いと海に入る土がいた。
 また生まれれば良いと森に入る土がいた。
 また生まれれば良いと川の流れを堰き止める土がいた。
 また生まれれば良いと風を受ける土がいた。
 また生まれれば良いと生活の一部になる土がいた。
 また生まれれば良いと仲間を練る場所を覆う土がいた。

 時折海を望むことがあった。
 時折森を望むことがあった。
 時折川を望むことがあった。

 時折風雨を望んで、かつてを振り返ることがあった。
 時折色んな場所を望んで、かつてを振り返ることがあった。
 時折災害を防ぐ壁を望んで、かつてを振り返ることがあった。

 星に帰っても、また生まれる。
 星に帰っても、また意思は持てる。
 星に帰っても、また意志は伝わる。
 星に帰っても、また遺志は渡される。

 この星は、ただひとつの大きな意志の塊。
 この星は、ただひとつの大きな意思の塊。
 この星は、ただひとつの大きな遺志の塊。

 この星の上で生まれてこの星に帰ってゆくことは、恐れるものではなかったのだ。

 この星に土が生まれて、間もない頃のことだ。

 まだ数の少なかった土は、災害に見舞われた。
 仲間を練る端から、仲間がつぶされていった。
 生まれたての土が、いくつもいくつも星に帰っていった。

 しかし、土は、何度も何度も星をこねた。
 星をこねて、土を練り、仲間を増やした。

 この星が、この星である限り、土は生まれ続けるのだ。

5,消えない、ヒト

 ヒトは、肉と、骨と、体液でできている。

 1、はるか昔に、この星へ送られた存在である。
 2、わずかな意思とわずかな意志を持っているが、イシは持っていない。
 3、命を持っていないが、再生する体を持っている。

 ヒトは、崩れない。

 雨や風や波や振動を受けても崩れない。
 転倒しても崩れない。
 ぶつかっても崩れない。
 日差しを受けても色は変わるが崩れない。

 ヒトはたまに、崩れる。

 土に長く埋もれると、体が腐った。
 水に長く沈みすぎると、体が腐った。
 風に飛ばされて激しく星に叩きつけられると、体が破裂した。
 炎で焼かれると、体が燃えた。
 獣に食われると、体に穴があいたり、一部が無くなったりした。

 崩れたヒトは、時間はかかるが、再生した。

 腐った体は、腐った部分が落ちた後、少しずつ再生して元に戻った。
 破裂した体は、破れた部分から体液が流れ出た後、少しずつ再生して元に戻った。
 焼けた体は、焦げた部分がはがれた後、少しずつ再生して元に戻った。
 食われた体は、足りなくなった部分が、少しずつ再生して元に戻った。

 ヒトは、星に混じることはなかった。
 どれだけバラバラになっても、小さくなった体の部分から、少しづつ再生して元に戻った。

 ヒトは、消える事がなかった。

 時折森の中に入って、緑をむしった。
 時折海の中に入って、体を浮かせた。
 時折川の流れに入って、身を任せた。
 時折火を起こし、身を暖めた。
 時折獣に立ち向かい、身を挺した。

 ヒトは、この星の上で異質な存在だったので、どこにも混じることができなかった。

 星に混じろうと海に入っても、混じれなかった。
 星に混じろうと森に入っても、混じれなかった。
 星に混じろうと川の流れに入っても、混じれなかった。
 星に混じろうと風に飛ばされても、混じれなかった。
 星に混じろうと火で焼かれても、混じれなかった。
 星に混じろうと足掻いても、混じることはできなかった。

 時折海を望むことがあった。
 時折森を望むことがあった。
 時折川を望むことがあった。
 時折火を望むことがあった。
 時折空を望むことがあった。
 時折風雨を望むことがあった。
 時折色んな場所を望むことがあった。

 ヒトは、星の上で異質な存在であることを、受け入れざるを得なかった。

 この身を消すことは、できない。
 星に混じることは、できない。

 この星に来て、どれほどの時間が過ぎたのか。
 この星の上で、あとどれほどの時間を過ごさねばならないのか。

 どれほど考えても、ヒトはヒトで在り続ける事しかできなかった。

 ヒトがこの星に来た時、この星の上には緑と獣しかいなかった。

 ヒトは気ままに、緑を食した。
 ヒトは気ままに、水を飲んだ。
 ヒトは気ままに、海の獣を食した。
 ヒトは気ままに、森の獣を食した。

 ヒトがこの星に来て、しばらくたった時の事だった。

 ヒトは気ままに、星の表面にあった砂と水をこねた。
 ヒトは思うままに、星の一部を練った。

 ヒトの意思が練り込まれ、この星に、土が生まれた。

 土が動き出し、ヒトは、慌てふためいた。

 ヒトが唖然としているうちに、土は仲間を増やした。
 ヒトが漠然と成り行きを見ているうちに、土は仲間を増やした。
 ヒトが呆然としているうちに、土はどんどん仲間を練っていった。
 ヒトは、どんどん数を増やす土を見て、恐れ戦き、逃げ出した。

 好奇心旺盛な土は、ヒトを追い求めた。

 追い詰められたヒトは、土を、排除しようと試みた。

 ヒトは土を星に叩きつけた。
 ヒトは土を手あたり次第に放り投げた。
 ヒトは土をいくつも蹴り飛ばした。
 ヒトは土をいくつも踏み潰した。
 ヒトは土をいくつも殴って破壊した。

 ヒトは土を崩し続けたが、土を消すことができなかった。

 ヒトは、土と共に、この星の上で暮らすことを選択した。

 しばらくたった時の事だった。

 ヒトは意思を込めて、星の表面にあった砂と水をこねた。
 ヒトは心のままに、星の一部を練った。

 ヒトの意志が練り込まれ、この星に、新たな土が生まれた。

 ヒトの出す声を聞き、声の持つ意味を知り、ヒトの意思を知ることができる、土。
 ヒトが意志を込めて土を練った結果、ヒトの意思を聞く事ができる土が生まれたのだ。

 ヒトにはイシがない。
 ヒトは土のイシを感じることはできたが、土に意思を伝えることはできなかった。

 ヒトが新しい土を生み出した結果、ヒトは土と意思を交わすことができるようになったのだ。

 土と共に、この星の上で暮らす、たった一つの異質な存在…ヒト。

 ヒトがヒトである限り、ヒトはこの星の上で過ごす事しか、できない。

 ……どれほど、土と、意思を交わしたとしても。

 ヒトがヒトである限り、ヒトはヒトであり続けなければならないのだ。

6,土とヒトの日々

 土は、好奇心旺盛だ。

 土は、土を練りながら、新しい事と出会うことを望む。
 土は、土を練りながら、知らない経験が増えることを望む。
 土は、土を練りながら、知識になる出来事が起きることを望む。

 土は、ただ、土だ。

 はるか昔から受け継がれてきた、【知りたい】というイシありきの命である。

 土は、延々と、土を練る。
 はるか昔から繰り返されてきた、【イシ】をつなぐために。

 時折、新しいことを求めて、ヒトに聞いた。
 ヒトは、土の知らないことをたくさん知っていたのだ。

 命の仕組み、大地の仕組み、雨の仕組み、海の仕組み、空の仕組み、空の向こうの仕組み。
 緑について、獣について、ヒトについて、星について、星が浮かんでいる場所について。

 土は、新しい知識を増やしながら、イシのままに土を練った。

 時折、新しい経験を求めて、ヒトに懇願した。
 ヒトは、土の知らない行動をたくさん知っていたのだ。

 掃除、計画、まつり、運動会、ダンス、ボウリング、オセロ。
 楽しく過ごすこと、一緒に楽しめること、楽しみを分け合うこと、みんなが楽しいこと。

 土は、新しい経験を楽しみながら、イシのままに土を練った。

 時折、知識にない出来事が発生したとき、ヒトに聞いた。
 ヒトは、土の知らない解決方法をたくさん知っていたのだ。

 風が暴れた時、大地が揺れた時、獣が移動した時、森が燃えた時、山が滾るイシを噴出した時。
 穴に入ること、大地に寝転がること、逃げること、一部に集まること、山を作ること、時間がたつのを待つこと。

 土は、星の上で暮らしていく方法を蓄えながら、イシのままに土を練った。

 ヒトは、穏やかだ。

 ヒトは、ただ、土を見ていた。
 ヒトは、ただ、遠くを見ていた。

 ヒトは、時折、土の疑問に答えた。
 ヒトは、時折、場所を移動した。
 ヒトは、時折、土の配置を指示した。
 ヒトは、時折、激しく動いた。
 ヒトは、時折、大地に線を書いた。

 土が喜ぶのを、見ていた。
 土と共に、喜ぶこともあった。

 土が消えるのを、見ていた。
 星に混じった土の上を、見ていた。

 ヒトには、土のような好奇心がなかった。

 ヒトには、何かをしたいと思う意思がなかったのだ。
 ヒトには、何かを願う意思がなかったのだ。
 ヒトには、何かを求める意思がなかったのだ。
 ヒトには、何かを思い浮かべる意志がなかったのだ。

 いつも、ヒトは土を見ていた。

 いつまでも、ヒトは土を見ていた。

 ヒトは、ただただ穏やかに…、この星の上で土と共に暮らしていたのだ。

7,願う土、願わぬヒト

 ある日、土は願った。

 ―――いい土を練る事ができますように!

 ある日、土は願った。

 ―――このからだが長く砦として役立ちますように!

 ある日、土は願った。

 ―――早く雨がやみますように!

 ある日、土は願った。

 ―――新しい遊びを楽しめますように!

 ある日、土は願った。

 ―――ヒトが新しいことを教えてくれますように!

 ただ、ただ、好奇心のままに。
 ただ、ただ、意思のままに。

 土は、ただただ、土としてこの星の上にいた。

 他の土と一緒に、この星の上に有り続けるために。
 他の土と一緒に、この星に帰ってゆくために。

 土は、感情を持っていなかった。

 好きという感情も。
 嫌いという感情も。
 怖いという感情も。
 うれしいという感情も。
 悲しいという感情も。
 怒りという感情も。
 諦めという感情も。
 憂いという感情も。

 新しいことを知り、次から次へと好奇心をあふれさせることはあった。
 しかし、それは決して…感情としての、心の揺れではなかったのだ。

 他の土は、同じ土。
 他の土も、同じ星の一部。

 土と土が争うことはなかった。
 土と土が競うことはなかった。
 土と土が比べあうことはなかった。

 土は、個体でありながら、星というひとつの存在だった。

 土と土は争う必要がなかった。
 土と土は競う必要がなかった。
 土と土は比べあう必要がなかった。

 他の土と共にこの星にいる、ただそれだけだった。

 他の土と共にこの星にいる、そこに感情は必要なかった。

 しかし、土が土であるために、何かを願うことはあったのだ。

 ヒトは、何も願わなかった。
 ヒトは、ただただ、ヒトとしてこの星の上にいた。

 土と一緒に、この星の上に有り続けた。
 この星に帰ってゆく土を、見守り続けた。

 ヒトは、感情を持っていなかった。

 好きという感情も。
 嫌いという感情も。
 怖いという感情も。
 うれしいという感情も。
 悲しいという感情も。
 怒りという感情も。
 諦めという感情も。
 憂いという感情も。

 この星に来る前に、感情を持っていたことは、あった。
 しかし、それは…はるか昔の、過去だった。

 ヒトは、人ではない。

 感情を失くした時、ヒトは人ではなくなったのだ。
 願う心を失くした時、ヒトは人ではなくなったのだ。

 ヒトは、土と共にある、ヒトというただひとつの存在だった。

 ヒトは、土と争うことがなかった。
 ヒトは、土と競うことがなかった。
 ヒトは、土と比べあうことがなかった。

 土や緑や獣と共にこの星にいる、ただそれだけだった。

 土の好奇心を満たすため、土と共にいた。
 土の意思を受けるため、土と共にいた。
 土の願いを聞くため、土と共にいた。

 土と共にこの星にいる、そこに感情は必要ないと考えていた。

 ただただ、星であり続ける土のように。

 ヒトもまた、ただただ土と共にいるヒトであり続けようとしていたのだ。

8,すべてが消えるとき

 ……星が消える時が来た。

 星の上に止まない雨が降り注いだ。
 星の上を強い風が覆いつくした。
 星の上が激しく揺れた。
 星の至る場所で火が噴出した。
 星の至る場所が燃え上がった。
 星から青い空が消えた。
 星から青い海が消えた。
 星から緑が消えた。
 星から獣が消えた。
 星から水が干上がった。
 星から土を練るための水がなくなった。

 たくさんの土が、水を失くして崩れた。
 命をなくした土が、星の上に広がっていった。

 土は、ヒトの手の中に残る、ハート型の土のみになった。

 ヒトは、水が枯れぬよう、しっかり両手で包み込んだ。
 ヒトは、最後の土が消えてしまわぬよう、しっかり両手で包み込んだ。

 星の上で、ヒトと小さな土は、荒れ狂う世界を望んだ。

 手のひらの土に、ひびが入った。
 手のひらの土が、欠けた。

 手のひらの土は、崩れてしまった。

 最後の土が、星に帰った。

 星に帰った土を集め、ヒトは土を練った。
 熱で爛ただれた体で、ヒトは土を練った。
 星に落ちた、自分の体液で、土を、練った。

 何度も何度も、意思の交換をしてきた土を思って。
 何度も何度も、意思を交換して星に帰っていった土を思って。

「いっしょに、いるよ?」

 小さな赤茶色の土が、一言告げて、星に帰った。

「僕は、一人ぼっちに、なってしまうのか」

 星に帰った土を集め、ヒトは土を練った。
 再生してゆく体で、ヒトは土を練った。
 星に落ちた、自分の涙で、土を、練った。

「独りにしないでくれ」
「僕を残して消えないでくれ」
「どうかもう一度」

「どうか僕と共に」

 何度も何度も、意志を貫いた土を思って。
 何度も何度も、遺志を託して星に帰った土を思って。

「いっしょにいるよ?この星は、大きな一つの、命だもの」

 赤黒い土は、一言ささやいて、星に帰った。

「違う、違うんだ!!星じゃない、僕の横で…僕のそばで…僕の声を聞いて欲しいんだ!!僕の…僕の声に、返事をしてほしいんだ!!!」

 涙の枯れてしまったヒトには、もう土を練ることが、できない。

 もう、この星の上には、水がない。
 もう、この星の上には、砂がない。
 もう、この星の上には、イシがない。

 ……星の終わりが近づいている。

 灼熱の大地の上に立てるのは、命を持たないヒトだけだ。
 灼熱の大地の上に立っているのは、この星で唯一、混じる事のできない存在だけだ。

 星の上には、命だったものの痕跡だけが広がっていた。

 命の消え失せた星の上で、命を持たないヒトだけが立ち尽くしていた。
 命の消え失せた星の上で、ヒトはただ孤独に、荒れ狂う世界を望んだ。

 ……何もない星の上で、ヒトは。

 足元に広がる、パラパラとした、かつて命であった、残滓を、掴んだ。
 そして、そのまま口に運び、おもむろに…、食べ始めた。

 命を持たない自分。
 命を持った土。
 命をつないだ土。
 命に混じって暮らした自分。
 命を持たなくなった土。
 命を繋ぐことができなくなった土。
 命を生み出せなくなった自分。
 失われた命に混じることができない自分。

 ヒトは、取り憑かれたように、この星の命の残滓を貪った。

 この星の土は、自分が生み出した命。
 この星の命の定律に混じれない、自分。

 この星の上には、土がつないだ命の跡しか残っていない。
 この星の上には、星の上で生きた命の跡しか残っていない。

 食べても食べても、命だったものはヒトの体と混じらなかった。

 ヒトは、星が膨張し始めても、ただただ貪り続けた。
 ヒトは、焼け落ちてゆく体で、ただただ貪り続けた。

 やがて星は粉々に砕け散り、宇宙に解き放たれた。

 ヒトは粉々に砕け散り……、宇宙に解き放たれた。

 宇宙に漂うチリとなった、星。

 宇宙に漂うチリとなった、ヒト。

 ―――ああ、この果てのない宇宙に、共に混じれた、それだけで

 ……人ヒトは、最後に。

 共に宇宙に混じることができたことを、うれしく思った。


ヒトがこの星に来た経緯はこちらをご覧ください。


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