はりきる車
……私の愛車は、大変にやる気に満ちあふれている。
少々遠くに出かけようものなら、「いやっふーぅ!!」と吠えるかのようにテンション高くエンジンを回し。
毎日の短距離の走行でさえ、「よーし、出番、キタ――(゜∀゜)――!!」とばかりにアクセル音を轟かせ。
たまに洗車場で磨いてみれば、「見ろやこの黒光りを―!」を言わんばかりにつやつやと輝き、車内に掃除機をかければくすぐったそうに「うふん、うふん!」とクッションのスプリング音を響かせるのだ。
―――もうキミとも三年のお付き合いかあ、いつもありがとね!!
車に乗り込むたび、気ままに声をかけると……愛車は何にも言わないが、ずいぶん機嫌がよさそうに見える。
―――近いから歩いてコンビニ行こっと。
歩いて出かけるときに横をスルーすれば……愛車は何も言わないが、かなりしょぼんとして見える。
……私と愛車の間には、確かに絆のようなものがあるのだ!
乗車中常に車内に漂っている幸せのオーラ!
給油中ほのかに感じる満腹感!
離れていても繋がっている、確かな信頼関係!
遠くにいても互いを思いやる、愛情!
「も~、お母さんはすぐにあほなこと考える!車はただの車じゃん!」
「お父さんみたいにゴミだらけよりはいいんじゃないの!!」
「おもしろい。」
ひとしきり愛車と私の信頼関係について語った私に、微妙な表情を向けるおろかな家族どもよ……。
「なんだね君たちは!!失敬だな、私の愛車を舐めてもらったら困る!そういう事言うと産直市場連れて行かないからね?!」
久々に家族全員がそろった日曜日、みんなでおいしいものでも食べに行こうとしたんだけど、旦那の車はゴミだらけで乗り込めないし、娘の車は一年点検で使えないしでさあ!総体重300キロ越えの重量物を乗せて走る羽目になってしまって、自慢の愛車が、かわいいかわいいハス子が!!気の毒で気の毒で……!
少しでも重みを減らしておこうと思ってさあ、朝一で公園までウォーキングに出かけた訳だけれども……帰りにコンビニでジュースとか買ってたら増量しちゃってるじゃん!!!くそう、せっかく燃焼した脂肪が一口で回復、さらに膨張だよ!!アアア、しくった、完全に計画ミス!!!
「あーん、ごめんごめん、お母さんの好きなハロハロ買っていいからさあ!!」
「あ、あたしプリンパフェ食べたい!!あとね、ポテトとカニクリームコロッケも!!」
「肉まん美味しそうだね。」
くそう、すべて食いもんでごまかそうとするこの一家は一体何なんだ、ああ、色々と家庭のあり方の基本の設定を誤った気がする、育て方を完璧に間違えたとしか思えない…今さら絶対に修正がきかないやつだよ、なんてこった。
「あんたらね、ハス子の中では飲食禁止なんだからね?!そんなに買っても一切食わせないから!家に着くまでに食べきれる分だけ買いなよ!!」
食欲にまみれた奴らを乗せてドライブに行くと、毎回毎回食べかすやら飲みかけのペットボトルやらお菓子のごみやらが放置されるので、基本家族限定で飲食は禁止にしている。他人は気遣って飲食をするので、まあ許しているんだけど、遠慮をしない奴らってのはですね、ほんとに始末が悪いといいますか……。特に後部座席に乗り込む旦那と娘がひどすぎるんだよ。毎回毎回砂糖がこぼれるシュガードーナツやせんべい、さくさく衣のコロッケにきな粉もち、アップルパイにポテトチップス、においのしみこむにんにく餃子……ハンバーガーにカレーの持ち帰り弁当まで広げるのだからたまったもんじゃないのだ!!
「もー、お母さん心せま!!車の中も狭いしさあ!!」
「あんたが無頓着すぎるんだよ!!あんたら全員体がでかすぎるんだよ!!!」
「お母さん、どうどう!!落ち着いたらどお!!」
「笑ったほうがいい。」
「いらっしゃいませー?」
いらいらしながらコンビニに入り、各々欲しいものを買ってですね!!
ウーン、今年はメロンのカキ氷か、こりゃあうまいぞ!毎年この時期になると必ず食べているコンビニのカキ氷のうまさに一瞬で機嫌の直った私がここに!いやあ、ホントおいしいものって人の心を癒すよね、胃袋を満たすよね、さすが食べ物だけある!
食の豊かさに溺れつつ、しっかり完食をして店頭のゴミ箱に宴のあとを放り込む。
「ティッシュある?」
どうやら肉まんの汚れを拭き取りたいらしい、やや几帳面な息子が…おずおずとこちらを伺っている。
「へいへい、ございますよ、さあ、これを使って心行くまで拭くがイイ!」
私はヒップバッグの中からウェットシートを取り出し……、あれ、車のキーが邪魔だな、取り出してから引っ張り出すか。
カチッ!!!
うっかり車のキーのボタンを押してしまってですね!!
「わあ!!ヤバイ、スイッチ押した、早く家に帰らないと!!ハス子、ハス子がスタンバイを!鍵オープンしたかも!!」
「お母さん何言ってんの!!ここから家までまだだいぶあるのに、開くわけないじゃん!!」
「国家機密付きの超高性能リモコンじゃないんだからさあ!!」
「あくかもしれない!」
うちの…、私のハス子は、非常にはりきる車だ!
多少の距離など微塵も気にせずに、出動要請電波が発生されたその瞬間に厳ついロックシステムを解除し、搭乗者を心待ちにするような健気な奴で!!!私がロックを忘れた日には、きちんと自ら鍵をかけてくれるような気の利く子で!!!決して…私がうっかり閉めた気になってたとか、開けっ放しにしちゃってたと勘違いして大騒ぎの後なんだーと気が抜けるような事態はですね、一ヶ月に一回くらいしかですね?!
とにもかくにも、心持ち急ぎ足で愛車の元にたどり着くと。
「うわ!!!ホントに……開いてる!!!何この車、めっちゃ性能いい!!」
「すごすぎる。」
「でしょう!!!この子はね、ホントに健気でね、いつも私の期待に応えようと……」
「何言ってんの!!も~ダメじゃんお母さん、すぐに車のロック忘れるんだから!!こういうとこだよ、老いて来てる証拠!!その点お父さんは毎日ちゃんと確認を怠らず!えっへん!」
ここぞとばかりに人にダメ出しをしてくる旦那!!
「確認を怠らないやつの車から、カビだらけのお弁当箱や腐りすぎて干からびたバナナが出てくるとでも?!」
「それは関係ないじゃん!!今はカギの話をしてるの!!すぐすり替えようとする!!」
「まあまあ!!ね~早く産直行こうよ、お母さんの食べたいうに丼売り切れちゃうよ!!」
「おいしいものを食べよう!」
騒がしく車に乗り込み、ドライブ中も絶えずおかしな会話が続き!!
いつものテンションの高いエンジン音は、バカでかい声で埋もれ!
ハイテンポのアクセル音も、へっぽこな会話で消され!!
でこぼこ道を通るたびに、クッションのスプリング音が悲鳴のように響き!!!
……心なしか、少しやせたんじゃあるまいか。ああ、肉体を持たぬ車体が、これほどまでに疲労してしまうとは。なんという悲劇……。
「うう…ハス子、お疲れ!ごめんねー、にら饅頭臭が充満しちゃって!後ろが重過ぎて疲れたよね、しばらく重いものはのせないから安心してね?これからも無事故無違反で仲良くしていこうね!!ハイお待たせ、今からたっぷりご飯あげるから、ね…」
三時間ほどのドライブを終え不届き者達を降ろしたあと、行きつけのガソリンスタンドに一人向かい、愛車をねぎらっておりましたらですね。
「ふ、ふふ……。」
ついに!!
ハス子の微笑む声が、聞こえて…キタ――(゜∀゜)――!!
……って!!!
「い、いらっしゃいませ、えっと、給油ですよね?」
車内の爆食臭を吹き飛ばそうと、全部の窓を全開にしていたのを忘れテタ――(゜∀゜;)――!!!
めちゃめちゃいい笑顔をこちらに向けるスタッフさん、今の、絶対に聞かれてたやつ―――!!!
……恥をかいた、いい大人がいたことは、さておき。
自慢の愛車は、給油中も…夕日のオレンジ色を、それはそれは美しく身に纏い、己を誇るかのごとく、輝いていたという、お話ですよ……。
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