見出し画像

顔面神経麻痺の治療

アメリカ歌手のジャスティン・ビーバーも顔が曲がって、この病気が有名になりました。

麻痺の多くは「特発性顔面神経麻痺」、ストレスのせいで顔が曲がります。報告した人の名前から「ベル麻痺」と呼ばれています。「特発性」は医学用語で、原因が分からないという意味です。子供からお年寄りまで、男女を問わず発症しますが、正しく治療すれば、良く治ります。単純ヘルペスウイルスが原因と言われています。ストレスで免疫力が落ちると、寝ていたウイルスが暴れ出すのです(再活性化)。疲れると、唇にヘルペスができるのと同じです。

しかし、帯状疱疹ウイルスが原因の顔面神経麻痺は、治りが悪いです。顔の麻痺だけでなく、痛い水泡、難聴めまいを伴うことがあります。報告した人の名前から「ハント症候群」と呼ばれます。帯状疱疹ウイルスは、子供の水疱瘡を引き起こすウイルスと同じです。1度かかると体に潜み、免疫が落ちた老人になると、またウイルスが暴れ出します。後遺症も辛いので、国も、歳をとったら帯状疱疹ワクチンを打ちましょうと、盛んに啓蒙しています。

顔面神経麻痺がウイルスで生じる説明は、NHKでも放送されました。ウイルス薬が治療には必要です。

ウイルスが原因で顔が曲がります

2018年から2023年の5年間に、当院耳鼻科で治療した顔麻痺57人のうち、ベル麻痺は47人、ハント症候群は10人でした。ベル麻痺が多いです。年齢別にみると、ベル麻痺はあらゆる年齢に見られますが、ストレスの多い60代に、より多い傾向がありました。子供の悩み、親の介護ストレスがからんでいます。

ハント症候群は、30代と70代が多いです。40-50代は昭和生まれ。水疱瘡には全員かかったので、抗体を持っています。日本では、ようやく2014年に水痘ワクチンが義務化されました。10代以下はワクチン抗体を持っているので、患者はいません。その谷間の20-30歳に帯状疱疹(ハント症候群)が少なからず発症しました。70代に多いのは、免疫が弱って子供の頃の抗体が消えてしまったからです。65歳を過ぎたら、ワクチンを打ちましょう。2回接種で4万4000円もしますが、自治体によっては、助成制度があります。効果は10年持つそうです。

顔麻痺で受診した年代別の人数

治療は、ステロイド、抗ウイルス薬、ビタミン剤、血流改善剤の内服に、顔面マッサージを組み合わせます。

ステロイド

ステロイドは、オリンピック選手がドーピングに使う薬で、筋肉増強剤でもあり、壊れた神経を治す働きもあります。飲む量が大切で、発症後の早い時期に大量に内服する必要があります。学会のガイドラインでは、成人なら1日60mg、錠剤数では12錠も大量に飲みます。少ない量では効果がありません。

抗ウイルス薬

ハント症候群は、帯状疱疹ウイルスが原因で、大量に投与します。ベル麻痺では、半量でもよいと言われていますが、発症直後は、ベル麻痺かハント症候群か区別がつかないこともあり、私は、全例で帯状疱疹の量の抗ウイルス薬を処方しています。その他、神経成長の栄養になるビタミン、血流改善剤も出します。

顔面マッサージ

神経が回復しても、使わなかった間に筋肉が衰えてしまったら麻痺も改善しません。早期から顔面の筋肉を鍛えます。当院では、言語聴覚士に依頼して顔面のマッサージを受けるのが特徴です。

この3つの治療を組み合わせると、より良く顔が治ります。以下は、当院での治療成績です。40点満点で顔の動きを評価します(柳原法)。32点(8割まで改善)以上を治ったと定義しました。

ベル麻痺はよく治りました。

ベル麻痺の治癒率は、45/47人で96%が治りました。他の病院の報告と比べても、良い成績だと思います。対して、ハント症候群が治ったのは、6/10人で60%にとどまりました。ハント症候群は治りにくいです。

治療前後のスコアの推移

ベル麻痺であまり治らなかったのは1人だけ、もう1人は8割まで、もう少しでした。ハント症候群では少なからず、スコアが低いままの人がいます。

初診時のスコアが最後に何点まで回復したか

初診時の点数が低い人ほど、治りが悪い印象にはありますが、低くてもよく治る人もいます。できるだけ早く、適切な量の薬を投与することが大切です。

当院では、以下の点を重視して治療しています。ベル麻痺なら96%の治癒率にいたった理由です。

  • 発症早期から大量のステロイドを処方します。あとで悪化する人もいるので、軽症でもあなどれません。

  • 必ず抗ウイルス薬を投与します。

  • 顔面マッサージも早期から開始します。

  • ハント症候群とベル麻痺の区別がつかない時は、より重症なハント症候群と思って治療します。

顔が曲がったら、3日以内に耳鼻科医にたどり着いてください。早く治しましょう。

ガイドラインに基づきご本人の許可をとって掲載しています

若い人が治りにくいハント症候群に罹ったら、追加で治療をします。顔麻痺が治らないと、一生、曲がった顔のままです。当院では、3段構えで治療します。

  1. まずは他の人と同じように、内服60mg /日のステロイドと抗ウイルス薬を処方します。週に1度は外来通院して、言語療法士によるリハビリ指導と、医師が麻痺の回復具合を確認します。

  2. 2週間以内に改善の兆候がない場合、入院して120mg/日のステロイド点滴を勧めます(強力なので高齢者はダメです)。10日以上の入院になるので、職場の理解が必要です。

  3. 4週間たっても見込みがない場合、顔面神経管開放術を勧めます。さらに7日以上の入院と、全身麻酔手術です。発症から4週間以内に手術をすべきです。時間が経ってしまうと、神経は固まってもう治りません。

顔面神経を手術で見てみます。骨の管の中でパンパンに腫れた神経が、骨が弱い部分で管から飛び出して、自分で自分を締め付けて、さらに麻痺を悪化させています。管に閉じ込められた神経を、開放しなくてはいけません。

ハントでよく見られる所見。顔面神経がパンパンに腫れて、骨の管を突き破って外へ出てきています。
神経を骨から削り出して、圧迫から解除します。神経の上にステロイドを撒きます。

丁寧に顔面神経を骨から削り出します。やることをやったら、あとは天命を待つしかありません。時間が経つと、麻痺は治らないので、スピード勝負です。治療は一日でも早く始めましょう。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?