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『銀の匙』の泉を求めて -中勘助先生の評伝のための基礎作業 (71) 漱石先生の英文学講義を聴く(続)

「漱石先生と私」に沿って漱石先生の英文学講義の様子の再現を続けます。中勘助は講義を聴いて了解しかねることがあるとほとんど無意識にちょっと首をかしげる癖がありました。そんなとき漱石先生は「ちょっとおかしいようですが」とか「わかりませんか」などと言って弁明を付け加えたり、同じ言葉を繰り返したりしました。先生が自分のためにそうしてくれるのだとははじめは思いませんでしたが、あまり都合のよいときにそういうことがあるので、ふと気がついて試みにわざと首を曲げてみたりしたところ、幾回かの試みののちに確められました。漱石先生は平然と講義を続けているように見えながら、その実、学生のひとりがちょっと首をかしげるのにさえよく気がつくのでした。そのころは中先生は前とちがってかなりうしろのほうに席を占めていましたが、それにもかかわらず漱石先生は、先生の引用する英文の中に出てくる言葉の綴りがわからないでつかえていると、必ずつづりを言ってくれました。「このくらいの字をしらなくちゃいけませんよ」などと言うこともあり、中先生は、いい先生だと思いました。

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中勘助先生は『銀の匙』の作者として知られる詩人です。「銀の匙」に描かれた幼少時から昭和17年にいたるまでの生涯を克明に描きます。

●中勘助先生の評伝に寄せる 『銀の匙』で知られる中勘助先生の人生と文学は数学における岡潔先生の姿ととてもよく似ています。評伝の執筆が望まれ…

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