俺が半グレになるまで

俺は埼玉県三郷市で生まれた。

建設会社鉄筋屋の、社長の長男として。

親父は俺が生まれる前から、覚醒剤中毒者だった。

それでも普通に家族3人仲良くて

家族3人でいた頃は、幸せだったと記憶している。

だがそんな幸せは長く続かなかった。

俺が小学生に上がる頃、親が離婚した。

足立区竹の塚に1億2千万のマンションを

買ったばかりで。

こうして俺は小学生になったと同時に

シャブ中の親父と豪邸で、2人で過ごす事になる。

シャブ中とは言え、鉄筋屋の社長であり

親父のまわりにはいつも、若い兄ちゃん達がいて

会うと可愛いがられていた。

親父と2人で暮らし始めて、半年が経った時

親父から部屋を入る時はノックをしろと

言われるようになる。そんなある日、子供だった俺は、約束を忘れてドアを勢いよく開けた。

すると全裸の父親がベットに座り注射器を

腕に刺してる所だった。

子供ながらにそれが薬物だって分かったし

それから数日の間に父親からこんな事を言われる。

お前もしんどい時とかあったらこれ使え。

ティシュに包まれた物は覚醒剤だった。

俺は怖くなり親父のお母さん、つまり俺の

おばぁちゃんに電話で助けを求めた。

次の日の早朝、警察が10人ほど自宅に入ってきて

目が覚める。親父は家の電話でおばぁちゃんに

お袋なんでだよ、お袋なんでだよって

泣いてたな。それは今でも思い出す事がある。

親父が逮捕されてから今日まで、1度も親父とは会っていない。

じいちゃんもばあちゃんも、俺には何も言わない。

俺はその日から、おばあちゃんの家で育てられるようになった。

中学に上がるまで本当に甘やかされて育った。

もちろんおばあちゃんからしたら

自分の息子が覚醒剤中毒で逮捕され

孫が辛い思いしてるんじゃないかって

本当に優しくしてもらった。

その反面俺は、どんどん悪い道に、進んで行く事になった。

中学に入るとバイクの窃盗、万引き、喧嘩

毎日が楽しくてしょうがなかった。

中学の3年間はあっとゆうまに過ぎていき

親父が残した鉄筋屋で、中学3年生から働く事になった。

周りが学生の中、1日5千円程度の日給を貰い

朝から現場で働いて仕事が終わると

中学の友達と遊んだりしていた。

俺が16歳の頃、一緒に働いていた3つ上の先輩が、鉄筋屋を辞め、当時流行っていた闇金融で働く事になった。

16歳の俺には、その先輩が格好よく見えて

俺も闇金融に憧れて、親父の会社を辞める事にした。

16歳の俺は友達と渋谷のクラブに行くようになり

友達も増えて薬物までやるようになる。

俺は親父がダメになった覚醒剤だけは

絶対やらないと、この時まで本気で思っていた。

だが俺は、新宿や渋谷を転々とするようになり

金がなくなればヤクザのような強面の人を探し

原付でひったくりを繰り返すようになる。

なぜヤクザみたいな強面を狙うかと言うと

ヤクザは見栄ぱっりなため現金を多く入れてるし

カバンの中には、お宝がいっぱい入っていた。

現金200万やマリファナ、覚醒剤、飛ばしの携帯や

口座とバイアグラ、悪い事してる俺には宝の山だった。

だから歌舞伎町で原付を窃盗してその足で

ターゲットを見つけては、引ったくる。

もちろん捕まって事務所まで連れていかれ

灰皿やゴルフバットで殴られて、お前16歳かよって、帰れる事が何度かあった。

そんな生活をしてるある日、朝方クラブの帰りに

友達の家に遊びに行った時

友達が吸う?とガラスパイプを渡してきた。

それは俺の1番嫌いなシャブだった

だが親父が壊れたシャブってどんなもんなんだろうと興味が湧いてきて、1度だけの経験と思い

ガラスパイプを炙った。

すると体の力が抜け、スッキリした気分になった。

正直、え?こんなもんかよって思ったけど

親父が自分の会社も家族も全てを壊してでも

やりたかったのがこれか。

俺は絶対に辞めれる。もう2度しないと自分に

言い聞かした。

だが次の週には自分で友達から買いに行き

1人でやるようになる。その頃出会った悪い仲間と

闇金融や振り込み詐欺も、始めるようになる。

覚醒剤をやって自分を集中させ詐欺や金融に

のめりこんでしまい、気がついた時には

その店の番頭を任せられるようになる。

売り上げが月に4000万ほど上げれる店に

なってきて、俺自身も周りからチヤホヤされる

ようになってきた。

月収が900万になる頃、俺は抜きを覚えてしまう。

会社の利益を自分で用意した飛ばしの口座に

入金させまくった。

すると毎日手元に300万超入ってきた。

だが店の売り上げが少なくなってきたのと同時に

俺の金回りが良くなり、だんだん疑われるようになり、俺は抜きがバレ池袋の高層マンションに拉致された。

そのマンションには、俺がいた半グレグループの幹部6人がいて、目隠しされて半殺しにあった。

この時だけは、恐怖でションベン漏らしたよ。

1億用意したら解放すると言われ、分かりました。

必ず持ってきますっと言って部屋を出た。

俺は金なんか用意する気もなく、いつか返しを

してやるとタクシーに乗り込んだ。

そして俺の逃亡劇が始まる。現金2000万をリュックに詰め吉祥寺のラブホテルに潜伏した。

俺はホンちゃんの携帯も飛ばしの携帯も

電源を切って、数週間誰とも連絡を取らず

ホテルでシャブを食いオナニー三昧だった。

この時が精神的に1番辛かったな。

俺はラブホテルで暇を持て余し

遊びで感覚で1人で振り込み詐欺をして

自分でATMに行き下ろすようになった。

もうこの頃はシャブを食っても詐欺をしても

罪悪感など1つもない人間に変わってしまった。

半グレ中の半グレだ。当時の俺は守る者もなく

喧嘩になれば殺しても逃げればいいぐらいにしか

思ってなかったな。

真面目に働く事もヤクザになる事もできない半端者が、17歳の誕生日を迎える頃、

じいちゃんやばあちゃんに無償に会いたくなり

足立区に帰る事にした。

公衆電話でばあちゃんの家に電話して

生きてる事を確認して家に戻った。

じいちゃんとばあちゃんの顔見たら俺は

号泣してしまい、心の底から安心した。

俺が闇金融に憧れてから、色んな人間に出会えて

色んな失敗と犯罪をしてきた。

それでもこの経験のおかげで、じいちゃんやばあちゃんに対する気持ちがすごく変わった。

こんな俺でも帰ってきたら涙流して喜んでくれて、

俺の好物ばかり作ってくれて今までの事も

何も聞かず、優しく俺を迎えてくれた。

俺の中で何かが変わり、もう人に迷惑かける人生は

やめようと心から自分と約束した。

あれから20年

俺は、親父が残した鉄筋屋を継いで

2代目として頑張っている。

俺を育ててくれたじいちゃんは10年前

ばあちゃんは去年亡くなった。

俺にとって2人の優しさは一生の宝であり

心の底から今はありがとうって言える。

育ててくれてありがとうございました。

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