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いっしょに帰ろう

その時、彼女は24歳だった。二人はバイトをしながら、狭いアパートで将来の夢なんかを食べながら暮らしていた。彼女は強気で、いつだってぼくは言い負かされていた。

3年が経つ頃、彼女は突然に「熊本に帰る」と言い出した。それが彼女の賭けだったとは、当時のぼくはわからなかった。ぼくは本心とは裏腹に「いいけど」とあいまいな返事をすると、彼女は3年分の怒りをぶちまけたように部屋を飛び出した。

出発の当日。ぼくはやりきれない気持ちを抱え、彼女を見送るために空港へ向かった。

搭乗手続きの時間が迫ってきた。彼女はデッキで銀色の翼を見つめている。

「もう行かなくちゃ」

話したいことは山ほどあったけれど、ぼくは言葉がのどに詰まって、うまく切り出せない。

「いっしょに帰ろう」

ぼくが言えたのはこれだけだった。けれど、それでじゅうぶんだった。彼女が乗るはずの便は、いま目の前で空の奥へと消えいき、それがぼくたちの「途立ち」になった。






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