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【金星人の招待状】

「ムー」×note企画「#私の不思議体験」優秀作を受賞作品です。 「ムー」2020年7月号に掲載されました。ありがとうございました。

1988年12月の深夜の出来事だ。

当時、井の頭公園に近いレンタルビデオ屋で、私は20時~2時までの店番のバイトをしていた。その時間帯は概ね勤め帰りのサラリーマンで賑わうのが日常だったが、その夜に限って客足は少なく、0時を回っても誰も来なかった。

そこへ、一人の女性客が店に入ってきた。
30代だろうか。髪を短くまとめ、足首に届きそうな長さの黒いコートを纏っている。店内に客がいないことを確かめると、彼女は私が立っているカウンターの方に近づいてきた。近くで見ると、化粧っけはないが、ハーフのように整った顔をしている。無表情ではあるが自信に満ちているところが妙に威圧感を感じる。

彼女は私の顔をじっと見つめて、にこりともせず

「あなたはご存じかと思いますけど、ワタシは金星から来ました。あなたも金星人ですよね。あなたのことは前から知っています」

なにを突然言い出すのだ。私は全くこの人を知らない。初対面だ。まずは会員カードを見せてほしい。

「来年2月に金星人の世界会議がありますが、あなたもご出席されますか。ご招待があったはずですよ」

彼女は微笑みながら話すが、こちらは混乱するばかりだ。一体なんだその会議は、招待された記憶がない。私は念のために

「なんの会議なんでしょうか」と尋ねると
「世界中にいる金星人がみんな集まり、地球の危機を救えたか報告をする会です」と。

明らかに話の流れがおかしい。
なぜ私なのだ。そんな重要な会議にビデオ屋のバイトが呼ばれるわけがない。そもそも私が金星人かどうかなんて、私自身だってわからない。まったく付き合い切れない人だ。

私はひとまず、金星人にはお店から出て行ってもらおうと

「会議とかの前に、私は地球人かと思うんですけど。人違いじゃないですか」と、ハッキリと言ってみた。

しかし、金星人はまったくひるむ様子もなく
「いいえ、あなたは金星人です。あなたはご自身が地球人であることを証明できますか」と迫ってきた。

えっと、地球人であることの証明は・・・・。生まれたのは東京で、それは証明にならないか、空気を吸っているとか、血が出るとか、違うなぁ。だんだん自信がなくなってきた。

金星人は私が答えにに窮しているのを見て、今度は優しく
「金星のことを忘れてしまった方も多いんですよ。地球人にすっかり同化して、地球に来た使命すら忘れている方も。でも、ご安心ください。その時が来たら、あなたもきっと思い出すはずですから」

私は急に不安になってきた。またこの人は店に来るのではないか、いや、家にまで押しかけてきたらどうしようかと。

「ワタシはあなたがどこにいても、メッセージを送ることができます。またその時にお会いしましょう。私の金星での名前は『ワムノア』です。忘れないでください」

そう言い残して、金星人は店の外に出ていった。

結局、2月の会議の招待状は見当たらなかった。金星人のご来店もその夜だけだった。

あれから30年以上経ち、メールやSNSが当り前になり、たしかに私がどこにいてもメッセージが送れる環境になってきた。しかし、まだワムノアさんからメッセージは来ていない。

それは、まだその時ではないからなのだろうか。

                               (完)


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