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読書録:精密への果てなき道 シリンダーからナノメートルEUVチップへ (サイモン・ウィンチェスター) 物語形式で、精密さの進化が社会を変えてきたことを説明する

技術書ではなく、精密さがなぜ必要とされ、それが社会をどう変えてきたかをストーリー形式で伝えてくれる面白い本。山形浩生さんにおススメされて読んだ。

たとえば火縄銃が発明されたばかりのヨーロッパでは、工作精度が低いため「互換品」というものが存在せず、引き金や火口といった火縄銃のそれぞれの部品は、現場合わせの一品物として作られていた。
そのころのあらゆる機会がそうで、図面などはあるが、規格品の互換品をあらかじめ多めに作っておくというのは考えたとしてそもそも成立しなかった...というところから本書は始まる。

T型フォードのような低価格の大量生産品こそ高精度の技術が必要(部品のクオリティが高いから、効率的な組み立てができて安くなる)なこと、一品物として世界最高の自動車を目指すロールス・ロイスがT型フォードと同時期に誕生し、どちらの発明家も精度に命をかけていたことなど、紹介されるストーリーはどれも面白い。

最終的には、今の飛行機についているジェットエンジンのタービンブレードが、その金属の融点よりも高いガスの中で回っていること(にもかかわらず溶けないのは、ブレード自体に微細な穴があいていて、その中を冷却空気が回っている)や、さらには最も微細加工が必要とされる半導体まで紹介される。それぞれの章が、掘っていけば何冊の本にもなる話のなので、専門家から見た食い足りなさみたいなのはあるだろう。僕もいま勉強中の半導体プロセスの話では、もっとたくさん調べる必要がある。一方で、専門家でない人に向けてアタリがつくような全体像が見えるのはやっぱりありがたい。
しかし、この本の魅力はそうした実用性よりも、読んでいて面白いということだと思う。身の回りのものがなぜそうなっているのかを知ることは純粋にワクワクがある。

僕自身はソフトウェアから来た人間なので、公差や精度についてはあまり詳しくない。日本に生まれ育つとほとんどのものは充分な精度でできていて、そもそも精度が低いということが想像しづらい。

だけど、ほとんどのハードウェアビジネスは精度で成り立っている。産業用ロボットと同じかそれ以上の努力が検査マシンと検査プロセスに注ぎ込まれている。精度への追求がどこから生まれ、どうやって進化してきたかについて確認し、ぼんやりと感じていたことの解像度を上げるのは意味のあることだ。

この本はKindleで手軽に読めるのもありがたい。


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