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イギリスから一家で移住。高山村だからこそ乗り越えられる言葉・学校・仕事の壁|先輩移住者file.12

先輩移住者ドキュメントfile.12 クラウチ家(ジョシュさん、美好さん、イサムくん)

  • 生まれ:夫のジョシュさん、息子のイサムくんはイギリス出身。妻の美好さんは東京都出身

  • 移住タイプ:Iターン

  • 以前の住まい:イギリス・シュロップシャー

  • 移住時期:2022年12月(現在2年目)

  • 家族構成:3人(夫、妻、息子)プラス、愛犬1匹

  • 仕事:ジョシュさんはイギリスのレストラン経営をリモートでサポートしつつ、村内の有機農家でも勤務。美好さんは村内の給食センター勤務

2022年、「イギリスから移住者が来る!」と小さな村に話題が広がりました。海を超えてやってきたのは、小学2年生のお子さんと愛犬を連れたクラウチ夫婦。妻の美好さんは20代前半からイギリスに暮らし、夫のジョシュさんは一度しか来日したことがなかったそう。ジョシュさんも息子のイサムくんも日本語はまったくしゃべれない中、期待と不安を胸に高山村暮らしが始まりました。それから一年ほど経つと、村の子どもと仲良く遊ぶイサムくん
の姿が。しかも日本語を流暢に話しています。ジョシュさんと美好さんは村内で仕事を見つけ順調に暮らしているとのこと。言葉、仕事をはじめ多くの壁にぶつかってきたであろう移住生活、一家3人は一体どのように壁を乗り越えてきたのでしょうか? ご家庭にお邪魔してインタビューしました。語り手は、妻の美好さんです。

イギリスの職場で夫と出逢う。息子の誕生を機に「いつかは日本で暮らす」と決意

 高校で園芸を学んでいる時に海外の庭園の写真を見ていて、外国への憧れが募っていきました。20代前半の時にアルバイト先でイギリスへの留学経験がある子と仲良くなって……、それを機に憧れを行動に移す決意をし、留学しました。ビザの関係でちょくちょく日本に帰って来てはいましたが、それからずーっとイギリス暮らしです。
 2009年に働いていた職場で今の夫と出逢い、2015年に息子が生まれました。ちょうどその頃、夫は上のお兄さん3人と一緒にレストランの開業を準備していました。子育てとほぼ同時にレストラン運営もスタートし、たちまち忙しい生活に突入です。

産まれた頃のイサム君と、ジョシュさん

そんな中、「数年後には日本に暮らしを移そう」と夫と話をしていたんです。息子の血の半分は日本。彼は彼のルーツを知るべき、という考えからです。その後、家族経営のレストランは徐々に軌道に乗り始め、2軒目3軒目とオープンしていきましたが、日本移住への想いは揺らぎませんでした。

イギリスから群馬へ、10日間の移住視察旅行。「僕、高山村の学校へ行く」

 最初のレストランオープンから7年後、息子も7歳になりました。コロナの到来で計画が思うように進まなかったのですが、やっと日本へ視察旅行に訪れました。最初はもちろん、私の母の住む東京への移住を検討しました。でも、自分の子ども時代、地下鉄の有楽町線に乗って銀座に買い物に行くのが遊びだったことを思い出し躊躇しました。それって、子どもが健全に育つ環境ではないんじゃないかって……。自然豊かな田舎で子育てをしたいと想い、東京に近い群馬を候補にしました。
 群馬へは10日滞在して、前橋市、渋川市、沼田市、中之条町、そして高山村を巡りました。私が一番気になったのは、日本語の話せない子どもに対する小学校の受け入れ態勢でした。各自治体の教育委員会の方々に相談し、息子がスムーズに馴染めるような場所を模索。その中で私は、外国人の移住者が多い中之条町の学校に惹かれていきました。学習センターで先生たちが補修をしてくれるんです。こういう体制があると、親としては安心ですよね。
 ところが、10日間の視察を終えて息子に聞いてみると、意外な言葉が帰ってきたんです。「僕、高山村の学校へ行く」って。聞いてみると、息子は学校の受け入れ態勢という”仕組み”の部分ではなくて、もっとリアルな”人”のことを見ていたんです。高山村で出逢った人たちが優しくて、自分に合いそうだったと。誤解のないようにしておきたいのですが、どの自治体の方々もとても親身で優しい人達でした。そこに優劣はありません。ただ、息子にとって自分が学校に通うイメージが沸いたのが高山村だったということなんです。私たちの最優先は息子のピュアな感覚です。その感覚を信頼して、高山村への移住を決意しました。

高山村で田植えに参加した
短い滞在中に同世代の子ども達と交流

イギリスからの引っ越し。日本語力ゼロで転入した息子の苦労

 移住・定住コーディネーターの方とリモートでやりとりしながら賃貸の部屋を見つけ、海と国境を越えた引っ越しをしました。

車を買うほどの苦労と費用がかかったという愛犬の引っ越し

 とても大変でしたが、一番頑張ったのは息子だったと思います。日本語を読めない・書けない・話せないという状況で、しかも2年生の途中からの転校です。さらに、海外からの転校生の受け入れは高山村で始めてだそうで、学校の先生や教育委員会の方々も戸惑いながらの対応でした。息子はイギリスで習っていた柔道を始めたのですが、先生ははじめ、息子にどう接すれば良いのかと困っていらっしゃいました。Googleの翻訳機能を使って会話しようとしてくれたり、試行錯誤を続けてくれました。
 もちろん、落ち込む日もありました。日本食の味に慣れなくて給食をまったく食べられない日もありましたし、会話ができず友達の輪に入れないことなんてしょっちゅうです。本当によく頑張ったと思います。ちょうど先日、小学校3年生の終業式が終わったので、息子に1年ちょっとの間の感想を聞いてみました。そうしたら、「楽しかった! 友達がたくさんできて良かった!」と笑顔で答えてくれました。今ではほとんど苦労なく友達とのやりとりができているみたいです。本当に、先生方や周りのお友達、保護者の方々みんなに感謝です。

イギリスが恋しくなることもあると語るイサム君。特に恋しいのは?と聞くと、「ポークパイ!」と

人とのつながりの中で、村内で仕事を見つける

 私はというと、日本語を話せない夫と息子を必要な時にサポートできるように、村内に絞ってパートの仕事を探しました。昔から給食のおばちゃんに憧れていたことを大家さんに話したら、「ここで募集しとるよ!」と村の広報誌に掲載された給食センターの求人を見せてくれたんです。大家さんのおかげで晴れて仕事が決まりました。
 夫の方は、イギリスのレストラン経営をリモートでサポートしながら、村内の有機農家さんのところで働き始めました。Kimidori Farm&Kichenという屋号で活動している素敵なご夫婦なんですが、二人とも留学経験があって英語が堪能なんです。ご夫婦の息子さんとうちの息子は同級生で、移住視察の時から何かとお世話になっております。夫はレストラン経営をしているので、当然「食」という分野にはこだわりと関心があります。Kimidori Farm&Kichenでの仕事は今までのキャリアと通じていて、とても楽しそうです。特に、農作業の合間にでてくる「手作りおやつ」が楽しみなんですって。村のお母さんが作った「おっ切り込みうどん」とか餅の間に味噌を挟んだ「餅味噌サンド」など、ユニークな田舎料理に感動しています。

高山村の子どもは幸せ。食べもののルーツを知ることの重要性。

 給食センターで働き出してから、高山村の給食の一部が村内のお米や野菜で作られていることを知りました。子ども達が地元の作物を食べて育つというのは、とても大切なことであり、価値のあることだと思います。しかも、地域の人達が学校で野菜作りをサポートしているんです。息子は自分で種蒔きをしたきゅうりやオクラを自分で収穫して食べています。こんな経験って、都心ではまずあり得ない。都会暮らしだった幼い頃の自分に「野菜はどこから来るの?」と聞いたら「スーパーから来るんだよ」って答えていたと思います。高山村は、自分の口にするもののことを真剣に考えている人にとって、とても良い環境だと思います。目の前の食べ物がどうやって育っているのかを、村の暮らしを通じて実感できますから。そういう意味で、高山村の子ども達は本当に恵まれていて、幸せだと思います。

畑で採れた野菜をその場でほおばるのは、高山村っ子にとって日常

イギリス仕込みの料理を日本へ紹介。高山村で宿を開きたい

 イギリスでのレストラン経験を活かして、日本でも「CSANSパクパク」という名前で活動を開始しました。主に高山村の作物を使って、イギリスで人気だったレシピを提供しています。

インド料理を参考にした「チキンタンドリーバーベキュー」を調理中

今はイベント出店やケータリングでのサービスなのですが、ゆくゆくは高山村でお店を持つのが夢です。そのお店では宿泊もできるようにして、イギリスでは一般的なBed&Breakfast(寝る場所と朝食を提供する民宿のような施設。「B&B」と呼ばれている)のような形式にしたいです。さらに近所の人が子連れで気軽に立ち寄ってご飯を食べたりお酒を飲んだりできるようなパブも併設させて……色々と妄想中です。今私達が住んでいるエリアがとっても気に入っているので、近所で良い物件がないか探しているところです。
 夫も息子も高山村の生活が心地良いみたいで、できればこのまま定住したいです。大好きな高山村がもっと賑わうように、B&B兼パブをオープンして貢献したいですね。

CSANSパクパク instagram
https://www.instagram.com/csanspakupaku/

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●先輩移住者ドキュメントの連載について
移住にあたって一番知りたい、でもどんなに検索しても出てこない情報。それは、その地域の「住みにくさ」や「閉鎖的な文化の有無」、そして「どんな苦労が待っているか」などのいわゆるネガティブな情報です。本連載では、敢えてその部分にも切り込みます。一人の移住者がどんな苦労を乗り越えて、今、どんな景色を見ているのか。そして、現状にどんな課題を感じているのか……。実際に移住を果たした先輩のリアルな経験に学びながら、ここ群馬県高山村の未来を考えていきます。



2021年に夫と0歳の娘と高山村に移住。里山に暮らしながら、家族でアパレルのオンラインショップ「Down to Earth 」を営む。山中ファミリーの移住の様子は「移住STORY」へ。日々の暮らしやお仕事のことはinstagramへ。


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