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移住からのカフェ起業。失敗と葛藤の連続も、「人々の五感回復」のため歩み続ける|先輩移住者file.7

先輩移住者ドキュメントfile.7 渡辺志保さん

呼び寄せられるように高山村に暮らすことになり、農家の夫と出逢い、結婚し、子育てがスタート。仲間に支えられながら「五感をくすぐる」をテーマにカフェをオープンした渡辺さん。しかしながら、開業準備や集客に苦戦し、子育てと仕事の両立にも右往左往。仕事もプライベートについても、事前の綿密な計画が必要と身をもって実感したそうです。人口3,300人の小さな村でカフェ事業を起業した渡辺さんの奮闘ぶりは、つい応援したくなるひたむきさに溢れていました。昨今、田舎で飲食店を開く夢を持つ移住希望者は少なくありません。現実はどんな苦労と葛藤があるのでしょうか。カフェオープン3ヶ月目の渡辺さんに実体験を聞きました。

女3人のシェアハウスで、高山村暮らしがスタート

 30歳前後にある大きな出来事があって、自分の存在意義を見失いかけてしまいました。高崎の企業で働きながら、九州や沖縄を旅したり、色んな講座を受けたり、資格の勉強をしたり……ずーっと自分探しをする日々が続いていました。ある日、高山村の「カエルトープ」というギャラリーショップで開催された映画上映会に行ってみたんです。そこでの縁から、高山村にちょくちょく遊びに行くようになりました。人間社会に疲れていたので、畑仕事をしたり、焚き火をしたり、自然の中で癒されたかったんでしょうね。実は私、大の虫嫌いなのですが、それでも自然と触れ合いたかった。そんな週末の遊びをしているうちにだんだん高山村に惹かれていって、高山村の人達にも惹かれていって、気の合う女友達もできて、気がついたら女3人でシェアハウス暮らしがスタートしていました。それが2019年の6月。その前に高崎での仕事は辞めて、主にカエルトープのイベントの際に自分の料理をプレートにして提供する活動をスタートしました。

料理の仕事をしていくうちに夫と出逢い、子どもができ、定住を覚悟

 それまで飲食店の経験がなかったにも関わらず、料理の活動をするようになったのは、周りの人達に作ったものを褒めて貰えたから、という単純な理由なんです。子どもの頃から「人の心と身体の健康」に関心があって、進路に迷いながら美容の道に進みました。その世界で働く中でもやはり、人間の本当の美しさは、精神の健康状態や食事が大きく関わっていることに気づき、マクロビオティックやアーユルヴェーダ、ビーガンなどを学びました。辿り着いたのが、旬の野菜をスパイスを使ってマイルドにまとめるプレート料理です。カエルトープで展示会を開催する作家さんそれぞれの個性やテーマに合わせてプレートの内容をアレンジして、お客様に提供していました。

器の展示会の時に作家さんのお皿に載せて提供したプレート

 旬の野菜を仕入れるために、村内の農家さんとの出逢いが広がっていきました。そのうちの1人が、農園わとわを営む今の夫です。夫は、今までお付き合いしてきた男性とはまったく違うタイプの人。最初は恋愛対象というよりも、「こんな変わった男性がいるんだ…」という驚きの対象でした(笑)でも、野菜と向き合う姿を目の当たりにしているうちに……、長くなってしまうので、この話は別の機会にでも(笑)
 夫との結婚が決まり、長男を妊娠し、これからどう生きていこうかを真剣に考えるようになりました。おしゃれなカフェやスタ◯がある市街地の綺麗なマンションに住みたいという未練もあったのですが、夫の職業は農家。そうそう拠点を変えることはできません。もともと明確な理由で高山村に移住したわけではなかったのですが、結婚を機にこの場所に定住するという覚悟が生まれました。

カフェの開業を決意してから約7ヶ月で実店舗をオープン

 息子が生まれてから「在る森のはなし」という友人たちが結成した高山村のチームに参画するようになりました。「在る森のはなし」は、耕作放棄地だった広い土地を開拓する有志の集まりで、昨年法人化しました。私はそこで、「魔法のコーディアル」という商品のレシピ開発に取り組みました。その過程で、これからどう生きていくかという問いに対する答えが見えてきたように感じました。私はここで、この仲間達と、自分の得意とするスパイスを使ったレシピや料理で人々の心をほぐしていきたい、と。
 「在る森のはなし」の敷地は、もともとキャンプ場にする予定だったのですが、話し合いの末、まずはカフェをオープンする計画になりました。そこで、店長として白羽の矢が立ったのが、私。それが2022年の12月。そこから、怒涛のオープン準備に突入して、約7ヶ月後にカフェ「キッチンファーマシィ(Kitchen pharmacy†゜)」が開店しました。この7ヶ月の期間は、今までの人生の中で一番仕事をしましたね。特に大変だったのは、数字の部分。原価計算、利益算出、必要な売り上げの予測……開業の準備ははじめてのことだらけで、完全に打ちのめされてしまいました。「在る森のはなし」のメンバーにビジネスの基本から教えてもらって、何とか乗り越えたというか……いや、まだ乗り越えられておらず、課題だらけです(笑)

失敗の連続で凹み、子育てとの両立に葛藤しながら、起業

 私、こうやって普通にしゃべることは出来るのですが、ビジネスで利害の発生するコミュニケーションが苦手なんです。例えば、ロゴデザインを依頼したり写真撮影を依頼したり、カフェ起業では色々な人に仕事をお願いして自分の意思を伝える必要がありますよね。それが、とっても下手。うまく言葉をまとめられなかったり余計なことを言ってしまったり……失敗の連続で、本当に凹みました。でも、凹んでいても意味がなくて、前に進むしかない。今でも仕事を人にお願いするのは得意ではなく、一人で抱え込みがちです。それに、目の前の気になることに熱中してしまって、大局観でタスクの優先順位付けができないことも。一つずつ自覚・反省しながら、改善中です。

自分の苦手なところを素直に認める謙虚な渡辺さん。思わず応援したくなります。

 2歳の子どもを育てながらの開店準備も葛藤の連続でした。自分の中で理想としていた子育ては、3歳までは保育園に預けないで一緒に過ごすというスタイル。でも、実際に息子と向き合いながら考え方も変わっていきました。私は自分自身が、自分の足でしっかりと立っている姿をこの子に見せていきたい。生きるために力をつける努力をして、学び続ける姿勢を伝えたい。それで、葛藤しながらも保育所に預けて、仕事に没入する時間を確保しています。この仕事を続ける一番の原動力は、間違いなく息子の存在です。

開店するも、今度は集客に苦戦。悩み、奮闘する姿をinstagramで発信

 オープンして3ヶ月。実はまだまだ、お客さんは多くありません。最初は「オープンしたばかりだし、しょうがないよね」と自分に言い聞かせて、現実を直視していませんでした。今はいろんな試行錯誤に取り組んでいます。例えば、宣伝活動。instagramの「リール動画」機能を利用して、カフェの楽しみ方や私の悩みや奮闘ぶりを発信しています。ストレートに「お客様が少ない原因考察」というリールをUPしたら、的確なありがたいアドバイスが集まりとても学びになりました。カフェ運営における反省をまとめたリールが少しだけバズったり、こういう私の姿を面白く見てくれる方がいるんだという発見がありました。instagramでは「小さな村のカフェの店長 しーちゃんです」と自己紹介しているので、お客様から「しーちゃんですよね?」と話しかけて貰えたり、会話のきっかけにもなっています。

instagramではお馴染みの「しーちゃんポーズ」を披露してくれる渡辺さん。
等身大で親しみやすい姿が好評なのもうなずけます。

「五感を味わう」という体験をもっと広げていきたい

 カフェのメインメニューである「小さな森のカレープレート」は、ご飯に数種類の日替わりの副菜が付きます。副菜には旬のお野菜を使うので、調理法の研究にも結構時間がかかります。一時期は、そればかりに熱中してしまって、カフェに来て頂けるお客様の「来店からお帰りまでの一連の体験」に目を向けられていませんでした。でも、「キッチンファーマシィ(Kitchen pharmacy†゜)」のコンセプトは「五感を味わう」で、それは、食べてお腹が満たされるだけでなく、ここでの体験が全部セットになって成立するんだとやっと気がつきました。
 お店に入ってきて椅子に座って、おしぼりから香るアロマに癒されたり、テーブルに飾ってあるお花に触ってほっこりしたり、窓から差し込む光のプリズムに気が付いてみたり……。そういうちょっとした発見や感動が積み重なって、五感が研ぎ澄まされていく。そういう小さな仕掛け全般に気を配ることが、私の役割なんだと腑に落ちました。
 最近は外の広い庭で食事を楽しんでくれるお客様が増えてきました。それが本当に私、嬉しいんです。だって、こんな自然に囲まれる場所って、他にはなかなかないですよね。鳥のさえずりが聞こえて、風が頬にあたって、思いっきり深呼吸できて……。料理だけでなく、この大自然もぜんぶまるっと満喫してくれているお客様の姿を見ると、カフェをはじめて本当に良かったなぁと思います。

おすすめのスポットは、店舗の裏手の方の一段下がったスペース。
お隣の集落まで見渡せる。

 今、この世界を生きる人たちって、仕事が大変だったり人間関係に苦労していたり、みんなそれぞれに何かを抱えて生きている。それで、本来自分が持っている感覚、つまり五感に蓋をしてしまっている人も多いと思うんです。「キッチンファーマシィ(Kitchen pharmacy†゜)」では、そんな生きづらさを抱える人達が、本来の五感を取り戻すお手伝いができればと思っています。訪れてくれた方々の五感がくすぐられ、本来の力を取り戻せるような料理、場所となるように、ここで生まれるたくさんの笑顔を思い浮かべながら、奮闘を続けたいと思います。

渡辺さんの作るプレートの一例。野菜たっぷり、彩り豊かで美味しそう。
ぜひ、高山村に味わいに来てください。

●キッチンファーマシィ(Kitchen pharmacy†゜)のinstagram


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●先輩移住者ドキュメントの連載について
移住にあたって一番知りたい、でもどんなに検索しても出てこない情報。それは、その地域の「住みにくさ」や「閉鎖的な文化の有無」、そして「どんな苦労が待っているか」などのいわゆるネガティブな情報です。本連載では、敢えてその部分にも切り込みます。一人の移住者がどんな苦労を乗り越えて、今、どんな景色を見ているのか。そして、現状にどんな課題を感じているのか……。実際に移住を果たした先輩のリアルな経験に学びながら、ここ群馬県高山村の未来を考えていきます。



インタビュー/執筆 山中麻葉

2021年に夫と0歳の娘と高山村に移住。里山に暮らしながら、家族でアパレルのオンラインショップ「Down to Earth 」を営む。山中ファミリーの移住の様子は「移住STORY」へ。日々の暮らしやお仕事のことはinstagramへ。

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