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リトルウィッチ・ア・キル・ゼム・オール! 〜ホリデースペシャル〜 #パルプアドベントカレンダー2021

 白い中古車の中で、カーステレオから声がする。明るく甲高い、ハキハキした喋り方──誰にも聞こえない声・・・・・・・・・だが、その車の主にだけは聞こえていた。

『……故郷を捨ててアメリカにやってきた彼女は、今日も仕事に大忙し! がんばって! 魔法少女はみんなの味方。愛と勇気があれば、誰にも負けないんだから! 次回、魔法』

 女は手を伸ばし、ステレオのスイッチを入れた・・・。声はかき消え、ラジオから陽気なDJが、曲の紹介をする声が代わりに入ってきた。

『というわけで次に紹介するのは、クリスマスのど定番、不朽の名曲──ボビー・ヘルムズの「ジングル・ベル・ロック」! そろそろクリスマスだな。予報じゃ、10年ぶりにホワイトクリスマスかもしれねえってよ! この曲聞いて、ホリデーシーズン楽しんでくれよな!』

 女はしばらくその曲を聞いていたが、左手の腕時計を見ると、やがて思い直したようにエンジンを切って外へ出た。

 仕事の時間だ。

 外はまるで冷たいドライヤーが吹き付けているようだった。

 アメリカ合衆国、東海岸に面した湾岸沿いの大都市オールドハイト。現代においても屈指の犯罪都市──大西洋を臨むハドリア湾、その倉庫街。

 乾いた風が冬を呼んで久しい。普段はこの都市に巣食う犯罪組織の縄張りが入り乱れているためか人気が少なく、街の人間は近づかない。

 しかし、それらに与するものだけは別だ。

 女が一人歩いてくる。髪は黒くひっつめ髪。オーバルタイプのシルバーフレームのメガネをかけ、その下の目は鋭い。グレーのパンツスタイルのスーツを着込んだ、ビジネスパーソン風のアジア人女性だ。幼く見える人種故か、二十代のようにも思えるが、同じ国出身であれば、三十を超えていることは予想がついたかもしれない。その手には、何やら棒状のものが飛び出した手提げかばんが下げられている。

 通常なら、このような人物がこの街でこのような場所でうろつくのは危険だ。男でも女でも身ぐるみを剥がされる。普通に殺されるだけならまだいい方だ。健康状態に問題がなければ、あらゆるルートに乗って『商品』にされても文句は言えない。この街の夜は危険すぎる。

 一方で、アウトローたちに伝わる、まことしやかな噂がある。オールドハイトの夜を歩く人間には近づくな。そういう人間には、夜を歩いても問題ない理由があるのだ。そしてこの女も、その理由を持っている人間の一人だった。

 女はとある倉庫の出入り口をくぐる。高い天井から吊るされたライトが、何かを流している粗末なテレビと、その前に座らされた男──高級ヘッドホンをつけて、ロープで縛り付けられている──を照らし出している。

「あっ、桜井サクライ──さん。お疲れ様、です」

 見張り役の男が、ボロボロのソファから腰を上げて、たどたどしく挨拶を終えて直立不動になった。恐怖からか、少し震えてすらいる。

秀子シュウコで結構です、リカルドさん。──何周目ですか」

 秀子はにこりともせず、ただ状況のみを尋ねた。リカルドは再び身を震わせた。彼女の不興を買うのは、何より恐ろしかった。

「ええと、三周目の十六話です」

「十六話。頃合いですね。録音の準備をしてください」

 秀子はつかつかと縛られた男の前に立ち、男──目の周りに青タンを作り、テープで見開かれた目は充血してしまっている。乾いた鼻血の跡が痛々しく、疲労困憊といった様子──の目を見据えて、口に人差し指を当てて、しいい、と沈黙を強要した。そして、ヘッドホンのスイッチを切った。テレビから日本語で甲高い声が漏れ出した。

『モロキュアは愛と勇気の戦士だから! メ・ターボ、あなた達には負けない!』

「た、助けてくれ! もう気が狂いそうなんだ! 耐えられねえ! 何でも話す!」

 秀子はゆっくりと男の後ろに回ると、こちらへ向こうとした男の首を強引にテレビに向けさせた。男は身をよじってなんとか視線を逸らそうとしたが、首はがっちりと手で頬を押さえつけられて固定され、目をつぶることも許されない。

「第十六話『そんな!? ハツとつくねが大げんか!?』は、モロキュアの二人が喧嘩をしてしまう珍しい話で、日野山貴臣というアニメーターが一人で動画を手掛けています。いわゆる神回と言うやつです。私もとても好きな回です」

「そんなことはどうでもいい! このファッキンヘンタイアニメを止めろ! 何でも話す! こっちはもう気が──」

 秀子は地面におろしていたカバンに突っ込んでいたステッキ──ハートに羽が付いた、一見おもちゃのようなもの──を抜いた。それを見て男は、これまでの恐怖を呼び起こされたようにひっ、と息を呑みこんだ。

「マジカルスマッシュ!」

 秀子はそれで、男の右太ももをしたたかに打ち据えた。細い材木が折れるような音が、少し離れたリカルドの耳にも届いた。一瞬、男は何が起こったのか分からなかったのか、少し間を置いてかすれた叫び声をあげた。骨が折れたのだ。

 こんな倉庫街では、悲鳴すらも海の水面に飲まれていく。叫ぶだけ無駄だ。

「第二十三話の教訓を忘れましたか? 『人の好きなものを否定してはいけない』。『魔法少女研修』の効果が無いようですね。もう一周ご覧になりますか? そのようなことでは、立派な魔法少女にはなれませんよ」

 秀子は真顔のまま、マジカルステッキをポンポンと手のひらに当てた。

「わかった、わかったからあ……もう、もうやめてくれ……殺さないでくれ……何でも話すから……。大体、魔法『少女』なんだから男がなれるわけないだろ……」

 秀子は男の顔を覗き込んで、目を見据えた。普通の目だ。瞳孔が開いているとか、焦点が合ってないとか、そう言ったものは見られない。

 完全にシラフなのだ。

 男は、ヤクを捌いていた。商売柄、頭がおかしい人間などザラに見ている。だからこそわかる。正気のままこのようなおかしな言動をする人間──完全に狂気がその人物にとって『普通』として定着したことを意味する。

 この女は、ヤバい。

「そんなことはありません。魔法少女は誰だってなれる──あなたでもなれます」

 そう言うと、秀子は折れたばかりの骨がある箇所をぎゅっと押さえつけた。男はまた潰れたネズミみたいな声を上げる。彼女は振り向いて、リカルドに向かって言った。

「後はおまかせしても? ……あと、最終話まできっちり見終えるまで開放しないでください。抵抗するようなら、もう一周です」

「ハイ」

 リカルドは美しいお辞儀でそれに応えた。ほんの三日前までこのようなビジネスマナーを、彼は一つも知らなかった。三日前──組織の縄張りの中で勝手な商売をしていた男を捕まえて、確実に口を割らせるために、組織の幹部直々に、この女へのオファーが出たのだという。リカルドはそんな彼女に、くちゃくちゃガムを噛みながら、なんなら脅しついでに胸も揉んで凄んで見せた。たかが女、それぐらいカマせば優位に立てると思ったのだ。数秒後にはその手をものすごい力で強引に外されたかと思うと、頭をコンクリートの床に押し付けられていた。なおも抵抗しようとしたのがまずかった。まるでドリブルのように頭を数度床に叩きつけられ、こめかみを割られると同時にリカルドの反抗心は完全にへし折れた。

「挨拶はビジネスの基本です。……彼が心を開いてくれるまでに時間がかかりそうですから、その間良ければ教授しましょう」

 顔の前に差し出された名刺には『魔法係長 桜井秀子』の印刷──上から説明があった頃には、リカルドはすっかり日本式のビジネスマナーの達人になってしまっていた。

 桜井秀子──日本出身のテロリストで傭兵。しかして彼女はビジネスパーソン──係長を名乗りながら、魔法少女リトルウィッチでもあると言う。

 わけがわからなかった。上司がヤクをキメすぎたのか、自分が頭を打ちつけすぎたのか、真実は闇の中だったが、唯一わかったこともある。

 少なくとも、桜井秀子は自分のことを魔法少女だと思っている。人間が犬でないことを疑わないように、当然だと思っている。

 そんなわけがないと、言えるだろうか。素手で男の腕力をやすやす上回ってくる傭兵を相手にして? 無理だ。

 それに、話が出来ても伝わらない──通じないのだ。会話が出来ているようで、どこかズレている。

 結局リカルドには無理だった。恐ろしくて抵抗をする気もなくした今できることは──去っていく彼女の背中が見えなくなるまで頭を下げ続けることだけだ。




 オールドハイト中央区、ダイナー・レッドドラッカー。深夜帯になってしまったので、秀子はここで遅い夕食を取ることにした。軽食なのは不満だが、仕方がない。遅い時間だろうと三食食べないと力が出ないのだ。

「はい、サンドイッチおまちどう。コーヒーはおかわり自由だけど、うちそろそろ閉店なのよ。ぶっちゃけあんま長居してほしくないんだわ。ま、そこんとこよろしく」

 目つきの悪いウエイトレスが適当な接客の末持ってきたサンドイッチを前に寄せると、秀子はカバンから真空パックされたビニール袋を取り出した。中には海老色と緑色の粒子が入り混じった極彩色の粉が入っていて、それをサンドイッチに迷わずかけた。白いサンドイッチがキラキラ輝くほどかけたところで、ウエイトレスが気づいて声をかけた。

「えっ……お客さん、何かけてんの?」

「……失礼しました。もしかすると、調味料の類は持ち込み禁止でしょうか」

「別にそんなことないけどさ……マジでそれ何?」

「魔法少女の粉です。魔獣の粉末と魔力の結晶を混ぜたもので──魔力が回復し、滋養強壮と美容にも効きます。良ければ試しますか」

 秀子が真剣な様子で──かつ目も笑っていないのを見て、ウエイトレスは薄く愛想笑いを浮かべて、後ずさった。こういう目をした人間に逆らってはいけない。オールドハイトに住む人間なら、当たり前に身に着けている危険回避テクニックだ。

 秀子はぼりぼりと粉を噛み砕きながらサンドイッチを食べる。穏やかな時間だった。ビジネスパーソンは戦士。常に戦いに身を置く人間にとって、仕事の事を考えずにご飯を食べるのは何事にも代えがたい時間だ。

 しかしそんな最中に、無情にも彼女のスマホを鳴らすものがあった。

「お世話になっております。桜井でございます」

『秀子! 尋問の件聞いたよ。うまくやってくれたようだね』

「アレハンドロさん。お疲れさまです。リカルドさんからデータの提出をさせていただきました。中身はご確認いただけましたでしょうか」

『完璧だ。私の縄張りで勝手をしようなんて、百年早いというものだ。これで奴らのルートを奪うことができる。君に頼んでよかったよ。それに、君との繋がりは内外にも良いアピールになるからね』

 秀子は、契約──八時半から五時までの七時間四十五分勤務、休憩時間は四十五分といった、細かい雇用契約に各種保険などの福利厚生も含む──を結んで、スケジュールさえ合えば、どんな組織のどんなセクションだろうと係長として現れる。常に怪しい言動にさえ目を瞑れば、極めて優秀な傭兵だ。

 アレハンドロは秀子にとっても上客の一人だ。金払いもよく、比較的スケジュールの融通も効く。よって、契約の範囲内であれば、多少の無理も聞くようにしている。

『……ところで秀子。困ったことになった。君にしか頼めないことだ』

 秀子は首にスマホを挟むと、スーツの裏ポケットから手帳を取り出し、パラパラとめくった。

「緊急案件でしょうか。本日はかなり残業をさせていただきましたので明日でしたら──」

 ウエイトレスが秀子の脇から一杯目のコーヒーを差し入れると、手帳の中身がちらと見えた。

 そこには何も書いていなかった。白紙のページが広がるばかりだ。めくっても、また白いページが続いている。それでいて、秀子の目は間違いなく『何か』を追いかけてせわしなく左右に動いているのだ。

 見てはいけないものを見てしまったような気がして、ウエイトレスは再び音もなく後ずさった。

『もちろん明日で構わない。……というより、明日の昼からでないとダメなんだ。そしてそれ以外にもうチャンスがない』

「明日でしたらもちろん問題ありません」

『……実は、極めて個人的な問題なんだ。明日朝一番に家に来てくれないか。直接説明させてくれ』

「わかりました。では明日九時に家に伺います。はい。では」

 明日。

 秀子はカウンターの奥の壁に貼り付けてあった紙のカレンダーを見る。今日は十二月二十三日。明日はクリスマスイヴ。宗教的には二十四日からその次の日までを指すとも、それ以上の期間を指すとも言われるが、秀子にとっては日付以上の意味はなかった。

 クリスマスにはいい思い出がない。イヴにも──。魔法係長である彼女にとって、明日は金曜日で、平日で──仕事だ。ただそれだけだった。




 オールドハイト北区、ノースロード。その高級住宅街の一角にある、とある屋敷にて。この屋敷の主──刑務所におけるメキシカン達の互助組織の総元締め──それがアレハンドロの正体だ。金になりそうな犯罪なら大概は手を染めているらしいが、秀子にはその是非に興味がない。

 彼女にとって仕事とは契約に基づいて遂行すべき試練であり、それ以上でも以下でもない。魔法少女は他人から請われれば応えねばならない。なぜならそれが魔法少女だからだ。

「……朝からすまないね、秀子」

 高級スーツの胸元から、たくましい胸毛と筋肉──そしてタトゥーが除く。口髭を蓄えた鋭い視線の紳士。アレハンドロは組織の長に相応しい貫禄を備え付けていた。

「何も問題はありません。……それで、案件について打ち合わせをお願いしたいのですが」

「パパ!」

 秀子の後ろを小さな影が通り過ぎた。目で追う間もなくその影はすばやくアレハンドロの足元にすがりついた。

「ダニー! すまんな、パパは仕事中なんだ」

 口ではそういうものの、彼はその子供──ダニーを抱き上げて破顔し、頬ずりまでした。恐るべき犯罪組織の長である表情は、微塵も感じられない。

「パパ、明日クリスマスだよ! サンタさん来てくれるよね。パパも仕事お休みなんでしょう?」

「もちろんだとも、ダニー! お前の約束をパパが破ったことあるかい? 休暇も取ったし、クリスマスはずっとお前と一緒だぞ。サンタさんだって、いい子にしてれば必ず来るさ。さあ、少しだけお話しなくちゃいけないから、あっちへ行ってなさい」

 ダニー少年はぴょんぴょんその場で嬉しそうにジャンプし、大人しく部屋から出ていった。

 アレハンドロは息子の行き先を見送ると、ふう、と憂鬱げに息をついて、秀子の目の前に座った。

「……年を食ってからの息子でね。可愛くて仕方がない。それ故に、困っている」

「お仕事に関係があるのですね」

「そのとおりだ。ホームギア7を知っているかね?」

 秀子は素直に質問に答えた。

「不勉強で申し訳ありません。存じ上げません」

「君と同じメイドインジャパンのゲーム機だ。ここ近年の原油価格の高騰で、燃料費がかかりすぎるために、本来こちらに届く数の半分も届いていない──言ってみればアメリカにおけるまぼろしのオモチャというわけさ」

 おもちゃ。秀子は口の中でそう反芻した。クリスマスは欲しいおもちゃを買ってもらえる日だ。残念ながら私はそうではなかったが──。

「なるほどですね。それで、案件とはどのような関係があるのでしょうか」

「今日の朝十一時に、北西部にあるショッピングモール──その中のゲームショップに、ホームギア7が密かに入荷されるらしい。パニックになるだろう。奪い合いに……下手すれば殺し合いになるかもしれんが──どうしても欲しいのだ」

 ゲーム機が欲しい。全く予想だにしない発言だった。もちろん秀子は、契約上必要があればどのようなことでもする。しかし、買い物代行を請け負うのは初めてだった。

「ダニーはクリスマスプレゼントにホームギア7がもらえると思っている。私も、オモチャごとき、すぐ手に入るモノだとたかをくくっていたのだが、このザマさ。──あの子が失望する顔だけは見たくない。頼む秀子! 私の子供の笑顔を守るためにも、協力してくれないか」

「もちろんです」

 秀子は一も二もなく返事をした。魔法少女にとって最も大切な使命──それは誰かの笑顔を守ることだ。もちろん、秀子は全知全能ではない。誰かの笑顔は他人の不幸とトレードオフだ。しかし魔法少女ならば『誰かの犠牲を払ってでも』使命を遂行せねばならない。

「おまかせください。可能な限り善処し、結果を出してみせます」

「流石は秀子だ。失敗は許されない。とにかく、あの子の笑顔を守ってくれ」




 十二月二十四日、十五時二十五分。

 北西部郊外、ショッピングモール・スーパーウルトラスクエアの駐車場にて。

 黒い大型バンが停まっている。サイドの窓──わずかに開いたブラインドの奥から、アーモンド色の瞳が覗き、すぐに隠れた。

「情報は確かなのか、セブン」

 セブンと呼ばれた壮年の男は、仲間たちに振り返った。顔の半分が隠れるほど白い髭を蓄えている。異様だったのは、他の四人の仲間達──その全員も同じような白い髭姿であったことだった。

「もちろんだ、エイト。急な話で済まなかったな。ファイヴ、服の大きさは合っているか」

「合ってるわよ。大体その古臭いコードネーム、なんとかなんなかったの? 今二十一世紀よ」

 カーテンで仕切られた奥から、白いフリースつきの赤い服──すなわち、サンタクロースが着るコスチュームを身に着けた女が姿を表した。彼女もまた、白い口髭で顔をほとんど覆い隠している。

「何もかもが急な話だったんだ。ナイン、テン、君たちも問題ないな」

「るせーなジジイ。クリスマス前に強盗やろうなんて、独り身の発想だぞ」

 テンと呼ばれた屈強な体格の男がぼやく。そんな彼の背中をバンバン叩く、それより背の低い男──ナインがフォローする。

「……セブンの計画はいつも急だが、カネにはなる。それだけは間違いない」

「言えてる。っていうか、私ドライバーなのに着替える必要あったの?」

 ファイヴが全員おそろいのサンタ服の裾をつまみ上げながら、疑問を呈した。

「今回のターゲットが、モールの奥にあるんだ。このバンを突っ込ませないと、ブツが運べん。万が一にも、メンバーの顔を知られる可能性を避けたい」

「ホームギアだな。ギーク野郎どものお宝だ。本当に入荷されているとはな」

 テンが吐き捨てるように言った。セブン達は『お宝』自体には興味がない。しかしその値段には大いに興味がある。彼らは昔ながらの在庫泥棒で、転売屋だ。五人で組んですでに一年、オールドハイトでもそれなりのヤマを踏んできた。

 この危険な街──すなわち、超人が当たり前に存在し、オカルトやフォークロアが当然に顕在化するオールドハイトにおいて、犯罪に手を染めることはかなりのリスクがある。よって、海兵隊出身のセブンはそのリスクを限りなく小さくするために、アップデート──つまりはメンバーを入れ替えて、軍隊出身者で固めることにしたのだ。

 武装強盗転売小隊──それが今のセブンたちの肩書だ。

「ホームギアはアメリカでの流通が極めて少ない。それにこれはブツというより流通の問題だ。当分は解消しようがない。定価499ドルのゲーム機を、十倍でも欲しがる連中がいるだろう」

「十倍。マジかよ。在庫が百台でも五十万ドルか」

「年末の総仕上げには丁度いいな」

 エイトが今回の装備──白く塗装されたMAC11と、同じく白いM4カービンのマガジンを取り外し、念入りに目視確認しながら言った。セブンは妙なところでファッションを気にするため、こうしたおかしなカラーの銃器を用意してくる。

「……明日のクリスマスはママと過ごせる」

 ナインは休暇を故郷で過ごすこと以外は何事にもあまり頓着しないタイプだが、持っているナイフには一家言ある。エイトと組ませてアタッカーとする。セブンはテンと一緒に客を制圧しつつ、ブツをバンに詰め込んで去る。十分もかからないだろう。

「セブン、抵抗する人間はどうする? 私、エイトとかテンとかと違って、器用な真似はできないわよ」

「一人二人程度なら、撃っても構わんが……殺すと後々面倒になる。ドライバー専任の君には申し訳ないが、殺しはペナルティだ。取り分の割合を減らす。例外はない」

「じゃセブン、あんたがせいぜいフォローしてよね。あたし、車から外でないわよ」

 ファイヴはM4を抱えあげて、運転席に移った。わがままな女だが運転技術は一流だ。小隊には欠かせない。文句を言われても換えはいないのだ。セブンは振り返り、仲間のサンタ達に舞台俳優のように大きく手を広げた。

「……サンタ諸君、メリークリスマスだ。ゲームファンに、絶望の年末をプレゼントしようじゃないか。彼らが歯噛みする様を見て、良い休暇を迎えよう」

「相変わらず嫌な性格してやがるぜ。自覚してっか? 最低なサンタ野郎だな!」

 テンがへらへら笑いながら皮肉るのを見て、セブンは苦笑する。

「そうだとも。私はクリスマスが嫌いなサンタなのさ」

 セブンのジョークでみんなが僅かに笑顔になって、バンは滑るように駐車場を後にした。



 同日十五時三十五分、スーパーウルトラスクエア内一階フロアの奥にひっそりと佇むゲームショップ『マンモンキー』にて。ガラスで仕切られ、ブラインドで隔たれた先、なぜか真っ昼間から『CLOSED』状態の店の中で、店長のチャンとアルバイトのカークは頭を抱えていた。

「店長、どうすんスか。店開けねえと」

「開けられるわけないデショ!? あなたネ、店の外見た!?」

 中年のアメリカ系中国人であるチャンは、趣味のゲームが高じて店を持つようになり、モールの奥でそれなりの年数を続けられる程度の経営ができるようになった。

 今年になって、妙なことが起こった。発売される予定の新作ゲーム機・ホームギア7を入荷しないかという打診が、日本に住む親戚が営む会社から来たのだ。

 たしかに今までもその会社から商品の入荷をしたことがあったが、そのような美味しい話は初めてだった。なにせホームギア7は日本製ゲームハードの最先端だ。原油高のさなか、わざわざ太平洋を超えてアメリカに出荷しなくても、ほど近いアジア大陸側に流せば、コスト以上に利益を出すことができるはずなのに。

 とはいえチャンはここ最近の不景気に耐えかねていたので、その話を二つ返事で受けた。そして数ヶ月経ってホームギア7が百台も本当に届いてしまって、彼は腰を抜かしてしまった。数ヶ月の内にゲーム機市場は大きく変化し、ホームギア7はアメリカ各地で入荷待ちどころか購入不可能状態に陥っていたのである。

 よりにもよって、クリスマス直前のこの時期に。運び込む際に見られたのか、今朝にはゲームファンらしき人間が店の前にたむろしている始末だ。

 ヤバい。

 チャンはオールドハイトがどういう街か知っている。そしてこの街に住む人間が、どういう人間なのかも知っている。ホームギア7が百台も入荷されていることが、万が一イカれた連中に知られれば何をされるかわかったものではない。

 バイトのカークもそれを理解しているので、さっさと店を開けて今いる連中に売り払ってしまえと言っているのだが、チャンは聞く耳を持たない。こうして店を締めて籠城してもうすぐ五時間だ。

「店長。とりあえず開けましょうよ。埒があかねえスよ。普通にものを売ってるだけなら、文句は言われねえし取って食われやしねえでしょ」

 むしろ、五時間も店に閉じこもっているほうが問題だ。先程から外も多少うるさい。客のボルテージが上がっているのかもしれない。それこそ暴動を招きかねない。

「でもネ……嫌な予感するのよネ。間違いなく数は足りないし、店でもぶっ壊されたら商売上がったりヨ」

「このままじゃそいつも時間の問題ですよ。とにかく開けますよ」

 カークはそう言うと、締めているブラインドを上げようと手をかける。そのついでに外を見ようと考えた。その時であった。ドン、と窓を叩くような音が響き──窓中に張り付いたゲームファンがゾンビのようにうごめいているのが見えたのだ。

 その数ざっと三百名。窓が開いたことで奥においてあったホームギアの箱が露見し、三百名のゲーム・ゾンビ達が怒声にも似た叫び声をあげた。

 本当にあったのだ。

 ゲーム・ゾンビたちは喜びにうめく。思わずカークはブラインドを下げた。ヤバい。時間をかけすぎたのだ。ゾンビ達は店の出入口を叩く。うめき声の中に、開けろと命令する声が交じる。

「もうだめヨ! カークさん、もう逃げたほうがいいネ! レジの中身出して逃げるのヨ!」

 チャンが泣き言を叫んだ直後、店の外はさらに騒がしくなった。悲鳴が聞こえてくる。そしてさらに銃声──銃声? カークは訝しんだ。いくらオールドハイトでも、銃を昼間っからぶっ放していいわけがない。

 そうなると決まっている。外で何かが起きている──。

 カークはレジのキーをタップして開けた。古いレジだ。トレイが勢いよく開いて、チーンと安っぽい音が鳴った。それが合図だった。ガラス製の自動ドアに銃弾が叩き込まれて、滝が落ちるようにきらきらとした粒になって砕け散った。

 カークはカネを、チャンは保険証券を必死でかき集めて、裏口から飛び出した。カネと保険で店はなんとかなる。自分たちの命は、誰も保証してくれない。

 ことこの街においては、なおさらだ──。



 物語は数分遡る。

 視点は切り替わり──マンモンキーの前にて。

「ふざけんな!」

「もう何時間待ってんだ!」

「モノ売るってレベルじゃねえぞ!」

 民衆たちは爆発寸前だった。みなゲームが好きなゲームファン……そして中には、転売をして一儲けしてやろうと目論むちんけな悪党も混ざっているだろう。それでも、考えることは同じだ。ホームギアがほしい。この場にいる全員の共通認識だ。

 だが誰も知らない事実が一つだけある。ここには一人、恐るべき戦闘能力を持つ魔法少女が混じっている──。その当人である秀子は、列の中盤でカバーをかけた本を立って読みながら、その時をおとなしく待っていた。

「ねえ、おばさんも買えると思う?」

 後ろに立っていた少年が、不意に話しかけてきた。

「……私でしょうか」

 確かに三十歳は超えているが、直球でおばさんと呼ばれると少々ショックではあった。秀子はあえてそこはスルーして、しゃがみこんで少年と目線を合わせた。魔法少女は子供の味方。話があるなら聞かねばならぬ。

「僕、ホームギア絶対欲しいんだよ。先にソフトは買ったんだよ。『超乱闘ブレイクファイターズ』」

「そうなんですか」

「ね。もしさ、おばさんが買えて僕が買えなかったら、順番譲ってくれない。僕さ、ほんとにほしいから。クリスマスプレゼントにママが買っていいって言ってくれたから、チャンスなんだよ」

 少年の偽りのないまっすぐな言葉に、秀子は若干の羨ましさを感じた。そして少しばかりの嫉妬も。魔法少女らしからぬ感情だった。私はクリスマスプレゼントを買ってもらったことはない。ママはクリスマスなんてものは知らないふりをしていた──。

「ダメです」

 だからというわけではないが──秀子はきっぱりとそう述べて、カバンから本をもう一冊取り出すと、少年の手にそっと握らせた。

「これなに?」

「がってん!モロキュアの全話脚本集バイブルです。私が作りました。あなたは特にそうですね……第十五話のあたりを読んで、大人の大変さを勉強したほうがいい」

 ぽかんと口を開けている少年を見下ろして、再び秀子は立ち上がって本に目を通し始めた。その時であった。嫌な気の流れ──彼女が『魔力』と呼ぶものが漂い始めた。常人が感知しうるもので言い換えれば、悪意や敵意からくるプレッシャーのようなものを指す。そして、そうしたものを祓うことも、魔法少女としての役目の一つだ。

 その直後、一台の黒いバンが人混みを縫って転がり込んでくると、四人のサンタクロース──その手には銃を抱えている──を吐き出した。

 サンタたちは空中に向かって、途上国のゲリラよろしく二、三発銃弾を放つと、変声機を通した声で高らかに宣言した。

「一日早いがメリー・クリスマスだクソギークども! 全員両手を頭につけてその場に伏せろ! クリスマスプレゼントがほしいか?」

 パニックがその場を覆い尽くす。モールから逃げ出す客たち。大人しくその場に素早く伏せていくゲームゾンビ。オールドハイトではこの切替の速さがなければ、成人するまで生き残れない。一方秀子は、後ろに立っていた少年が伏せたことを確認して──あろうことかおろおろとあたりを見回してパニックを装った。マジカル・シェイクスピアである。

「なんだあ? チャイニーズか? 伏せろコラァ!」

 一際口調が乱暴なサンタが、秀子を銃口で小突いた。ひいっと小さく悲鳴をあげる秀子に、テンの加虐心がくすぐられる。

「すみません、すみません……殺さないで……」

「テン、どうでもいいだろ。構うな。早く伏せさせろ」

「るせーな、エイト。コイツは俺がお仕置きだ。そっちこそはやくしろや」

 エイトはふう、と呆れながら、他のサンタにゲームショップの扉を指し示した。テンはああいう人間だ。作戦行動中に民間人を暴行したという嫌疑をかけられ、除隊処分になったとセブンから聞いてはいたが、毎度この調子だ。

 とはいえ、作戦に支障がなければ興味はない。

「ナイン、セブン、扉はガラス製だ。すぐ破れる」

 セブンと呼ばれたサンタがうなずき、指二本で発射を指示した。エイトは銃口をガラス戸に向けて数発斉射。悲鳴とともにガラス戸が砕け散り、粉々になってあたりに散らばった。

 その奥には、確かにホームギア7の在庫が大量に鎮座していた。セブンの情報は間違っていなかったのだ。

「よし。ファイヴ、バンの後ろを開けて待機しろ。ナイン、エイト。ブツを運び出せ」

 セブンはそう指示すると、周囲を見回して、客を観察した。子連れが多いためか、大人しくしている──が、一人だけ違った。少年が一人、ホームギアの存在を確かめるように顔を上げて、目を輝かせていた。

「少年、顔を上げるな。死にたいのか」

 子供を殺すのに躊躇がないといえば嘘になるが、必要とあれば仕方がないという割り切りも、セブンの中にあった。

「ホームギア、僕もほしいのに……」

 ナインとエイトが箱を持ち上げていくのを羨ましげに見ながら、少年は悔しそうに言った。彼に届く日はいつになることやら。しかしセブンにはそのような流通事情に全く興味がなかった。要はこちらが儲かればいいのだ。

「それは残念だったな。そして、少年。私は命令を守らん人間が嫌いだ。クリスマス前に死んでみるか?」

 銃口が押し付けられた途端に、少年の中に恐怖が芽生えた。殺される。ホームギアは手に入らない。それが辛くて、切なくて、悲しくて──彼は涙を流した。

「泣いても助けは来ないし、ゲームは手に入らんよ」

「やだよお……誰か、助けてよお!」

 さめざめと泣き始める少年を見下ろして、下卑た満足感を得たセブンは、さらにトリガーに指をかけようとした。恐怖は伝播する。そしてトラウマは子供ほど長く残る。かつてクリスマス直前、作戦中に上層部に見捨てられ、地獄を見た経験がある彼は、やがて、クリスマス商戦で現れる高級で人気のあるおもちゃから、クリスマスやプレゼントという概念そのものを憎むようになった。転売小隊もそうしたものに対する復讐のために立ち上げた。

 子どもたちが、クリスマスを楽しもうとするすべての人々が笑顔になるプレゼントが憎い──歪んだ心は悪辣なビジネスを生み出し、彼を駆り立てていたのだ!

「よろしければ、お時間をいただけますでしょうか?」

 よく通る声が、恐怖に慄くゾンビたちを縫って、セブンの耳に入った。女の声だ。誰だ?

 トリガーから指を離して、セブンは声の主を探した。そういえば、テンの姿が見えない。ブツを回収してもいない。本来なら、二人で客を脅す役目だった。

 あたりを見回すと、バンの影になっているところで、テンはうなだれていた。だらりと手は下がり、銃口は地面を向いてしまっている。そしてその顔は髭で伺いしれないが、白い髭の間から見えているものがあった。

 それは赤い舌だった。

「子供を泣かせる事には、なんの営業優位性タクティカルアドバンテージもありませんが、その点に関しましてはどのようにお考えでしょうか?」

 髭の上から、なにかキラキラと光るものが首を横断していた。細い──糸だった。首を絞められているのだ。苦悶のままに舌を出し泡を吹き、窒息させられている。誰に?──セブンは知らぬ。魔法銃術──日本柔術と彼女独自の銃の捌きを組み合わせた戦技が、テンを簡単に下してしまったのだとはもちろん知らないし──その秀子が、魔法少女を名乗る腕っこきの傭兵だと言うことももちろん知らない。

「マジカル・ハンギング!」

 何者かがテンの後ろで叫ぶ。小隊一大柄なはずのテンの体が浮き上がり、その影から細身のシルエットが覗いている。ちょうどジュードーで言う背負投げの要領でテンを持ち上げ、持っている棒状のものから伸びたワイヤーがキュッ、と音を鳴らした直後、彼の体から力が抜けて、痙攣が止まった。

「動くな! なんだお前は! テンを離せ!」

 エイトとナインが気づき、声の方向へ同時に銃口を向ける。

「死なんとわからんか? テンを──」

 秀子は言われるがままに手を離す。ぐったりとしたテンが──いや、テン『だったもの』が、ごろりと床に転がった。彼女はきびきびと振り向き、両かかとをつけ、死体となったテンを上から見下ろすように、腰から上を四十五度傾けて挨拶をした。

「大変お世話になっております。魔法少女で──現在買い物代行課係長を拝命しております、桜井秀子と申します。この度は急ではありますが、確認事項がございまして、お尋ねさせていただいてよろしいでしょうか」

 テンが完全に事切れているのを見て、エイトはトリガーガードの中に指を入れようとした。仲間の死は敵の死で償わせる。その意志を、感情を波立たせることなく実行に移そうとした。

 しかし、それは無駄だった。足元にポークビッツ大の肉が二本──人差し指と中指が転がったのと同時に、腕に銀色の鋼鉄殺人名刺──印刷されているのは『魔法係長 桜井秀子』という文字──が突き刺さっていて、遅れて指の断面から血が吹き出し始めたのだ。目など離していなかった。それなのに、あの一瞬でいつ投擲したのか全くわからない。後悔するより早く、エイトの痛覚は脳への警鐘を鳴らした。

 苦悶の声を漏らしながら、エイトは銃を持っていられず取り落とした。セブンとナインが思わず彼女から目線を切る。一瞬の後戻すと、秀子の姿は消えていた。

「なんだあの女は!」

「ナイン、警戒しろ。エイト、バンに戻れ!」

 エイトは付け髭を引きちぎり、指の付け根に巻きつけると無理やり止血した。その目は復讐にギラついている。

「あの女、殺してやる!」

「ブツが先だ!」

 セブンはナインに指で、銃ではなくナイフを使うよう指示し、あたりを警戒させた。相棒を奪われたナインは冷静に見えたが、目は血走っていた。

「一体何事なの!?」

 代わりに出てきたファイヴが、ブツの元へと走りながら尋ねた。わからない。彼女に示せるだけの情報がない。

「トラブルだ。姿を消したが、スーツの女が襲いかかってきた」

「意味分かんない……ブツはどうするの」

 本来であれば、情報どおり入荷されていたゲーム機をすべて掻っ攫う予定だった。しかし、あの女が再び襲ってくるともわからない。現に、テンは命を落としたのだ。すでに収支はマイナスだ。

「エイト、ブツの数は」

『二十個だ。いまこっちの通信機が傍受したが、市警が動き出している。予想より早い。時間切れだ。クソッ!』

 通信機越しの彼の声は苦痛混じりだったが、判断力は問題ないようだった。

 セブンはとっさに、残りのホームギアの山に向かって、トリガーを引き絞った。箱に穴が空き、命でも宿ったかのように在庫がダンスする。とどめに、天井に備え付けてあるスプリンクラーに向かって発射すると、人工的な雨を店の中に降らせた。

「何やってんのよ!」

 ファイヴが非常ベルより大きな声で、ヒステリックに叫ぶ。しかし、ナインはその意図がわかったのか、バンに素早く乗り込んだ。

「在庫がなくなれば、必然的に我々が確保している方の値が上がる。これでいい。引き上げるぞ!」

 セブンはそう宣言し、店を離れバンへ向かおうとした。

 その時だった。

 彼の足元に、細長いカード──タイムカード、と刻印されている、金属製のどこか懐かしいデザインだ──が突如として突き刺さったのだ!

 上を見ると、テンを絞め殺した女──秀子が、おもちゃみたいなステッキを振りかぶってこちらに飛び込んでくる姿が見えた。

「出勤!」

 M4をとっさに前に出す。アルミ合金製のフレームが、簡単にひん曲がった。どこへ消えてどこから飛び込んできたのか全くわからない!

「畜生!」

 ファイヴがそれを見て、トリガーを絞る! 秀子がステッキを振りかぶると、ハート部分が外れて繋がれたワイヤーが伸び、ぐんぐんとこちらへ向かってきた。バレルに当たって銃弾は天井を叩き、かつてのゲーム・ゾンビ達が恐怖におののく!

 それだけではない。彼女が手首を回転させると、ファイヴの手首にワイヤーが巻き付き、M4ごと腕が固められた。混乱するまもなく、秀子はセブンへ鋭い蹴りを浴びせ、そのまま大きく空中で弧を描き、今度はワイヤーを踏みつけた。波打ったそれはファイヴの体勢を崩し、地面に体を頭から叩きつける!

「あなた方、ホームギア7をどうなさるおつもりなのでしょうか?」

 セブンが頭を振って、MAC11へと手を伸ばす。秀子は地面に置いてあった手提げかばんを蹴り倒し、器用に転がりでてきたもの──トカレフを空中に蹴り上げ右手で取り、セブンの頭に照星を合わせる。

 只者ではない。セブンはそう判断し、両手を出して上げた。

「決まっている。売るんだ。もっと高値でな」

「高値で? 大変興味深いビジネススタイルですね。仕入れたモノを定価で売るのが正しい商売では?」

「我々は単に欲しい人に手間賃を載せて売るだけだ。それに、需要と供給が崩れているのなら、値が張るのは当然のことだ。何ら恥じることのない商売だよ」

 ナインの姿がバンから出てきたのが見える。フォース・リーコンへの所属経験もある彼は、自慢のナイフ──GERBERマーク2を使ったCQBなら小隊最強だ。

「……わかった。取引しよう。君はこのゲーム機がいくつほしいのだ? 全部は無理だが、少しなら分けてもいい。カネはいらん」

 あと数歩。秀子は気づいていない。こちらをまっすぐ見据えている。気づくわけがない──。

「そうですか。大変魅力的な取引の提案、ありがとうございます。しかしこちらからさらに提案があるのですが、いかがでしょうか?」

「……どういう意味だ?」

「あなた方がここで全員いなくなれば、少なくとも私を含む二十名が適正価格でホームギアを手に入れられる。つまるところ、部隊全滅全員死んではいかがでしょうか?」

 ナインが低い態勢から音も無く刃を突き出したのと、秀子がその場でくるりと体を回転させ、強烈な後ろ回し蹴りを繰り出したのはほぼ同時だった。マジカル・ティッチャギである! 鋼鉄製の靴裏を仕込んだパンプスが、ナインの顔を一撃陥没させ彼は即死!

「くそっ!」

 遅れてMAC11を抜いたセブンが、トリガーを引き絞る。銃弾は秀子の影を貫く。ステッキのハートをモーター搭載のウインチで戻し、転がりながらトカレフから銃弾を放ったのだ。トカレフ弾がMAC11を弾き飛ばし、頼りないガラガラ音と一緒に床を滑っていく。

「死ねーッ!」

 直後、バンが秀子を轢殺せんと迫る! エイトがアクセルを踏んだのだ。しかし彼女は二階の手すりに向かってステッキを放ち、ワイヤーをウインチで巻き取って移動した。思った以上に素早い。姿を消した理由は、ウインチを使ったワイヤーアクションのような高速移動か。

 感心する間もなく、セブンの前にバンが急停車して、後ろの扉が開いた。

「セブン、乗って! ずらかるわよ!」

 頭から血を流したままのファイヴが、バンの中から必死に叫んだ。我に返ったセブンは、思わずつぶやく。

「ナインまで殺られるとは……」

「言ってる場合!? あたしたちまで殺されるわよ!」

 セブンはなんとか体をバンに転がり込ませて、エイトにバンを発進させた。隊員は二名死亡。どんなに高く見積もっても利益は五割に満たないだろう。来年からどう活動していいのやらわからない。大損害だ。

「エイト、運転は大丈夫か!」

「今ならあたしよりマシよ。ほんと最悪……血が止まんない」

 ファイヴは額にエイドキットのガーゼを当てながら、そう呟いた。よく見ると、利き腕の小指と薬指、そして腕そのものが折れ曲がっている。当分仕事にならないだろう。

なんてことだワッザファック……市警は振り切れそうか」

「大丈夫だセブン。ファイヴが作ったルートなら、免許取り立てのガキでも逃げ切れる。それより──」

 銃声を聞いたためか、モールの中には警備員がちらほらいるだけで、人はまばらだった。奥には、モールのロビーにそびえ立つ巨大なクリスマスツリーが、うっとおしいほどきらめいている。ここを抜ければ外だ。逃げ切れる。

 しかしエイトが見たのは、その木の下で仁王立ちする秀子の姿だった。彼は憎しみから歯を食いしばり、アクセルを目一杯踏み込んだ。

 秀子は鋼鉄殺人名刺を三枚ほどステッキのハート、その側面のスリットに差し込んで、パーツを回転させて固定した。マジカルアックスだ。それを幹に叩き込んで受け口を作り、くるりと回転しながら、ステッキを振りかぶった。そして──。

「マジカル……ホームラン!」

 一流バッターの如く後ろから幹を振り抜いた。マジカルアックスが今度は追口をつくり、ミシミシと幹が割れて、前へ──疾走するバンへと向かって巨大なツリーが倒れていく! バンの中は絶望的な悲鳴で充満する! 幹を避けるためにエイトが目一杯ハンドルを切るが、通路いっぱいに覆いかぶさってくるツリーそのものを避けることは不可能だった。フロントガラスが叩きつけられた枝で砕け、バンはバランスを崩し、横転しながらそのままスクリュー回転し、出入り口のガラスを粉々にして、駐車場に転がった。




 ガソリンが流れる音がする。

 バンの中はめちゃくちゃだ。ファイヴは体を叩きつけられてぴくりとも動かない。穴という穴から血を流して死んでいる。エイトに至っては、クリスマスツリーの枝に貫かれて、運転席に縫い付けられていた。

 在庫の箱がクッションになって、セブンだけが生き残った。彼はぐしゃぐしゃになったホームギアの箱の中から、唯一無事そうなものを数個抱えると、ふっ飛ばされた後ろの扉から這い出した。

 バンの外に箱を置いて、サイドアームに所持していたブローニング・ハイパワーを抜きながら立ち上がる。全身痛むが、奇跡的にどこも折れている様子はない。

 濁った曇天の下で、遠くからサイレンの音が響いてくる。

「どうかそのままで」

 怨敵しゅうこの声がして、セブンは銃口を声のする方に向けた。バンから炎が上がり、ガソリン臭い煙を縫って、秀子の姿が現れる。その手にはトカレフが握られている。

「ビジネスには損切も必要かと。いかがでしょうか。在庫をひとつお渡し願いませんでしょうか」

 自分が殺した人間のことなど、声色には全く含まれていなかった。セブンはそれが虚しくなって、銃口をホームギアへと向けた。

「私にお前を得させろと言うことか」

「あなたが命を拾うことは、十分あなたにとっても得かと思われますが? それにあなたも言ったように、需要と供給が崩れていれば、値は釣り上がるもの。いま有利なのはどちらかを考えれば、条件としては十分にwin-winです。私もフルコミットします」

「仲間を殺した人間に約束と言われてもな」

魔法少女リトルウィッチは嘘をつきません。係長として約束を守ることは当然のことです。……つまり魔法係長である私のいうことは百パーセントです。おわかりいただけますでしょうか」

「何を訳のわからんことを……お前が? 魔法少女リトルウィッチ? お笑い草だ。サンタクロースだと言われたほうがまだ納得できる」

 セブンは笑って、笑って──トリガーガードの中に指を入れた。仲間の死をどのように償わせるべきか。魔法少女とうそぶく女の絶望か、死か。視界に入るふわふわとした白いファーの袖。血も入り交じる赤い上着──女が魔法少女なら、今この瞬間、サンタクロースは自分自身だ。あれだけ憎んだクリスマスに、囚われていたのも自分だった。

 ケリをつけなくてはならない。

「決めたよ」

「いかが致しましょうか」

「決まっている。……サンタクロースなら、プレゼントをあげる側でいるべきだ。メリー・クリスマス、魔法少女リトルウィッチ

 そう言って、彼はブローニングの銃口を向けた。唐突に吐かれた聖夜を寿ぐ呪いの言葉にも、秀子は眉一つ動かさなかったが──顧客てきのニーズに応えるように、口を開いた。

「メリー・クリスマス」

 お互いの銃口が合致するのと、そこから銃弾プレゼントが放たれるのは、ほとんど同時だった。それが呼び水になったように、オールドハイトに粉雪が降り始めた。

 十年ぶりのホワイトクリスマスになるだろう。

 倒れ伏したサンタクロースは、愉快な赤い帽子──血も入り混じっている──を取り落としていた。彼女はそれを迷いなくかぶり、どうにか無事だったプレゼントを回収した。任務完了ていじたいきんだ。彼女はサイレンと雪に紛れるように、ショッピングモールから背を向けた。直後、バンが爆発炎上し、炎と煙がもうもうと立ち上がる。舞い散る粉雪が街から放たれた光でキラキラ輝いて、まるでクリスマスツリーのようだ。

 秀子はそれには目もくれなかった。行かなくてはならなかった。なぜなら彼女はいま、魔法少女でサンタだからだ──。



 ダニーはまんじりともせず、雪が降る音を聞いていた。

 ホームギア7。パパは必ず買ってくれると言ってくれた。パパは嘘をつかないし、約束は必ず守る。

 でも彼の中には、一抹の不安もあった。どこのサイトを見ても売り切れ状態。明日の朝までにホームギアが届かなければ、大好きなパパが嘘をついたことになる。つまり、それはぼくが嘘を吐かせたことになる──。

 それは嫌だった。よりにもよってぼくのせいでパパが嘘つきになるなんて!

 ダニーはベッドの中に潜り込んで、ううと唸った。後悔の念が心のなかにじわじわと広がったが、もうどうしようもなかった。すでに十二時を回って、クリスマスが始まっていた。

 外で雪の勢いが強まり、窓をしとしと叩いた。ダニーは耳を塞ぐようにして、クリスマスを遮断しようとした。

 窓を叩く音が、そんなダニーに聞こえるほど大きくなった頃、彼はベッドから恐る恐る顔をのぞかせた。窓から影が伸びていた。ダニーの部屋は三階、周りに影が差すようなものはない。

「誰?」

 彼は窓に近づき、カーテンを開けた。赤白の汚いサンタ帽を被った眼鏡の女が、窓の外に立っていた。

「……朝、パパと話してた人?」

 女は頷き、窓を開けるようジェスチャーした。ダニーは少しばかり逡巡したが、寒そうな外にいた彼女を可哀想に感じて、鍵を開けた。びゅう、と粉雪が舞い込んできて、女も滑り込んできた。

「こんばんわ。現在あなたのおうちのサンタ代行を拝命しております、桜井と申します。この度はクリスマスを迎えましておめでとうございます」

 妙な物言いだったが、どう見てもサンタには見えない女が差し出したものを見て、ダニーは目を丸くした。薄汚れてはいるが、間違いなくホームギア7の箱だった。

「嘘……うわ~~……これ……本当に……いいの?」

「あなたのお父……いえ、上司のサンタから頼まれました。通電は確認していますので、十分遊べるはずです。……よかったですね」

 そう言うと、秀子は少しだけ微笑んだ。ダニーもなんだかそれが嬉しくなって笑ったが、このサンタを名乗る女性に悪いと思って、正直に打ち明けた。

「サンタさんじゃないかもって疑って……ごめんなさい。僕、悪い子だ」

 秀子は眉を持ち上げて、何も感じていないかのようにほんの少し首を振ると、下げていたカバンから封筒を取り出した。

「悪い子だと思うのなら、失点を取り戻せばよいのです。方法は一つ──あなたは魔法少女になることに興味はありますか? 今なら研修を受ければ朝までには魔法少女になれますよ」

 封筒の中から出てきたのは、日本語でタイトルの書かれたDVDだった。ダニーは少し首を傾げて、臆せずに言った。

「魔法少女って、女の子がなるものでしょ?」

 秀子は力強く頭を振って、ダニーの肩を掴んで、まっすぐに見据えていった。その力は、とても子供のダニーには振りほどけないほどの強さだった。

「そのようなことはありません。あなたが魔法少女になりたいと願ったのなら──あなたは魔法少女です。さあ、朝まで時間はたっぷりあります。一緒に研修を受けましょう」

 秀子は全く返事を待たずに、ダニーの部屋の大型TVモニタを点けて、DVD対応のゲーム機にディスクを押し込んだ。

「ねえ、サンタさんは一体誰なの? パパの友達?」

 再生ボタンを押し終わって、アニメ制作会社のロゴを背にしながら、秀子はダニーに向かって静かに言った。

「私は魔法少女で係長──桜井秀子と申します」


この小説は、#パルプアドベントカレンダー2021 の提供でお送りしました。

他のパルプも凄いので、ぜひタグから読んでいってくださいね。そして明日の担当は棺桶六さん。ステキな作品に違いありませんよ。


ここまで読んだ貴方は、魔法少女になったことかと思います。ぜひ報告ツイートをしてください。魔法少女になっていない方、おかしいですね。もしかしたら研修が足りないかもしれません。もう一周です。よろしいですね?