自#603「日本の絵には、日本の草花が描かれていて、それがたとえ着物の裾模様であっても、結構、見入ってしまいます」

       「たかやん自由ノート603」(絵と写真)

 朝、起きたら、まず紅茶を飲みます。紅茶は早朝に一杯、午後二杯です。大学生の頃から、このスタイルになりました。かれこれもう半世紀近く、紅茶を飲み続けています。紅茶が身体に悪い飲料であれば、半世紀も飲み続けているので、身体のどこかに、何らかの異常、不調が起こる筈です。別段、何の異変もないので、毎日、大きめのマグカップ三杯くらいの紅茶を飲み続けても、特に問題はないと推定できます。万一、医者に止められても、紅茶は飲み続けます。
 午後の紅茶は、教材研究をしながら(最近はこれが一番多いです)、あるいは試験の採点中だったり、ワープロでプリントを作成しながら、時には職場で人と喋りながら、紅茶を飲んだりしますが、早朝の紅茶を飲む時は、自分の好きなことをしています。毎朝、自分の好きなことを、30分間くらい(休みの日はもっと多いです)楽しんだ後、その日の仕事が始まります。まあ、これが日々、happyに暮らして行く秘訣なんじゃないかと、ひそかに思ったりもします。
 好きなことは、いくつかあります。順番はつけにくいです。本を読むことは、文句なしに好きです。保育園の年少くらいから本を読んでいます。読書は、息をするのと同じくらい、私にとってはnaturalな行動です。音楽も聞きます。音楽も、保育園児の頃から、ラジオで流れる音楽を聞いていました。絵も好きですが、絵を見るようになったのは、かなり後で、中2あたりからです。小学生の頃、高知城や天満宮、あるいは郷里の海の神社などによく足を運んでいました。建物を見ることも、それと当時に景色を見ることも、小1、2くらいから始めていたと自覚しています。
 ですから、自分の好きなことは、本を読むこと、音楽を聞くこと、絵を中心にして建物や彫刻、工芸品なども含めてアートを見ること、自然の景色を楽しむことの、四つだと思っています。あっ、それに紅茶を飲むことが加わります。若い頃は、アルコールを飲むことが、かなり好きだったんですが、適量を飲むことができず、常に過度に飲み過ぎてしまっていました。アルコールに関しては、節制できないDNA分子が、私の内部に潜んでいると思われます。中庸をわきまえた飲み方が、自分にはできないので、残念ながら、アルコールからはリタイアしました。
 朝、紅茶を飲みながら、その時々、思いつくまま自分の好きなことをしています。音楽でしたら、ベートーベンのピアノソナタばかり聞いたりとか、ルイアームストロングに没頭したりとか、60'sロックをあれこれヴァライティゆたかに聞いたりとか、まあいろいろだったんですが、最近は、朝、音楽を聞かなくなりました。これは、ヘッドフォーンで聞くことが、ちょっとしんどくなったからです。朝ですから、大きな音は出せません。当然、ヘッドフォーンを使うことになります。
 ずっとAKGのヘッドフォーンを使っています。社会人になって、給料を貰って、一番最初に買ったものは、AKGのヘッドフォーンです。もう43、4年前のことです。値段は、今とさほど変わらず、3万円くらいはしました。親友のHがウォークマンを持っていて、時々、聞かせてもらいました。ウォークマンは、革命的なガゼットだとは認識できたんですが、何か今ひとつ、私にはしっくり来ませんでした。それより、S&Wのスピーカーを買って、スピーカーの音を聞く方が、王道だろうと確信していました。S&Wのスピーカーは、高くて簡単には購入できないので(結局、ボーナス三回分くらいを貯めて、買いました)取り敢えず、AKGを買ったわけです。ウォークマンのイアフォーンから聞こえる音と違って、明らかに奥行きがあると感じました。この奥行きが、何なのか、当時は「?」でしたが、今でははっきり「それは、AKGのヘッドフォーンは、レコードで、聞こえない音が鳴っていて、それが聞こえないとしても、その聞こえない音を、伝えてくれるからだ」と説明できます。
 AKGのヘッドフォーンは、二つ持っていました(学校用と自宅用)。もう学校では使用しないので、そっちは次女に譲りました。AKGは、接触が悪くなると、ケーブルだけを取り替えることができます。そこはやはり昔からの老舗のブランドメーカーです。壊れたら、新しいモデルを買い直して下さいという日本のメーカーとは、根本の姿勢が違います。 自宅の部屋から、景色は見えません。窓を開けたら、ケヤキの大樹が見えるんですが、外側に網戸が固定で設置されていますし、それに窓の桟には、美術全集を積み上げています。美術全集は、全部で5種類あるんですが、その内の一つと、個人の画集を窓の桟に平積みしてあります。それを床に移したら、私の寝るspaceが狭くなってしまいます。窓がつぶれて開けられないくらいのことは、我慢する必要があります。お金持ちになっていて、広い邸宅などに住んでいたら、こんなちまちました苦労はしないと思いますが、お金持ちになると、またきっと、別の苦労があります。貧乏人の方が、メンタルな苦労は、間違いなく少ないと、エビデンスはありませんが、私は確信しています。
 結局、朝起きて、紅茶を飲みながら楽しむルーティーンは、本を読むか、絵を見るかの二択ってことになります。本は、いくら汚れても平気ですが(無論、自分の本です。図書館で借りた本を、飲食しながら読んだりは絶対にしません。司書教諭ですから、それくらいの常識は充分に弁えています)画集は、紅茶のしみなどをつけたくないので、多少、神経を使いながら眺めることになります。
 古本屋で、安い写真集などを買って来て、それを捲ることもあります。写真もアートのひとつだと認識しています。今年は夏休みくらいから、ずっと「花おりおり」とか「季寄せ草木花」といった写真の植物を、朝、眺めていました。私が知っている植物の種類は、200種類くらいですが、その10倍以上の植物が、花屋や公園、遊歩道などには溢れているという事実を知りました。60代の後半になって、その自分の知らない1800種類くらいの植物の情報を、inputするつもりもありません。植物に関して、それほど意識が高いってわけでもないです。
 ある日、古本屋で、植物図鑑を手にして、買うつもりは、全然、なかったんですが、一応、ページを捲ってみました。「葉縁には不整の大鋸歯がある。葉柄の基部は鞘状にふくらみ、なかば腋芽を包む。6~12個の花が集まって球状の花序をなす。花には花被がない。翼果は歪倒卵形」などと、読んでもよく解らないことが書いてあります。イラストが添えてあります。説明は読んでもよく解らないんですが、イラストの方は、はっきり解りました。初秋の頃、新聞に掲載されていた当時の挿画が掲載された、永井荷風の「濹東綺譚」を読みました。これを読んだ時、写真より絵の方が、自分にはしっくり来るということを、改めて理解しました。写真は、多分、情報量が多すぎるんです(ですから、カラーよりもモノクロ写真の方を好んで見ます)。You Tubeの動画を見たいという気持ちは、少しも起こらないんですが、それは、情報が多すぎて、処理しきれないと、本能的に理解しているからだろうと思っています(そう言えば、最近は映画も見なくなりました)。
 上村松園さんの「虫の音」という作品は、桃山時代の「彦根屏風」にinspierされて描いた作品だと思われますが、「彦根屏風」と違って、画面手前に、大きく白萩を描いてあります。「虫の音」のページを開けば、いつでも白萩に出会えると思うと、happyになります。日本の絵は、草花が、そこかしこに溢れていて、そこが、外国の絵とは違った大きな魅力だと認識しています。

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