文#11「光源氏は、喋っちゃいけないことは、言いません。人は誰でも、墓場まで持って行かなきゃいけない秘密は、抱えている筈です」

「文学ノート11(源氏物語20)」

源氏物語絵巻の柏木(2)は、夕霧が柏木を訪問した場面を描いています。柏木は、女三宮と不倫をして苦悶し、病に倒れます。光源氏に、あてこすられ、咎められたことも、病状が悪化した原因です。二人の不倫の結果、薫が生まれます。女三宮と柏木との不倫は、女三宮、柏木、光源氏、薫の4人を苦しめます。が、病に伏して、逝去したのは、柏木だけです。柏木は、誰よりも心が折れやすい、繊細過ぎる貴公子だったと言えます。柏木を寵愛していた帝は、柏木の病状の悪化を聞いて、にわかに権大納言に任じます。昇進した状態で、死なせてあげようとする帝の配慮だと言えます。
 柏木の親友の夕霧は、昇進のお祝いも兼ねて、柏木を訪問します。柏木は、中央上段の間に、枕に顔を押し当てて伏しています。夕霧は、冠直衣をつけた正装で、長押に座っています。柏木の顔に、苦しんでいる様子はありません。死を覚悟し、諦念していると言えそうです。柏木付きの女房たちは、几帳の外で、二人の様子を見守っています。
 柏木は、臨終に近い状態ですが、女三宮との不倫については、夕霧には喋りません。人には、誰だって、絶対に誰にも喋れない、墓場の奥まで持って行かなければいけない、秘密があります。柏木も、女三宮との不倫については(多少はほのめかしたりもしますが)夕霧には、語りません。何故だか、解らないが光源氏の機嫌をそこねてしまっている、それを取りなして欲しいと、夕霧に頼みます。猫が几帳の裾を引っかけて、柏木が女三宮の顔をあからさまに見てしまった現場に、夕霧も一緒にいました。夕霧は、柏木と女三宮との関係を、限りなく疑っています。
 柏木の死後、「柏木と、お父上との間には、何かトラブルがあったんですか?」と、夕霧は、光源氏に訊ねます。光源氏は、「まったく何もない」と、完膚なきまでに否定し、シラを切り通しました。言えないこと、言っちゃいけないことは、たとえ、我が子であっても、喋れません。光源氏にとっても、女三宮と柏木との不倫は、墓場まで持って行かなければいけない秘密なんです。
 柏木は、あとに残してしまう落葉の宮のことを、夕霧に託します。落葉の宮は、女三宮の姉です。女三宮の形代として、落葉の宮を、妻に迎えたんですが、落葉の宮と、女三宮は、違っていました。別の人格ですから、違っていて当然です。が、光源氏は、自分の母親に似ている藤壺の宮を慕い、藤壺の宮loveだから、藤壺の宮の形代として、彼女の姪の紫の上を形代として、半ば奪略するような形で、引き取ります。末摘花と関わってしまったのも、第二の夕顔、空蝉を得たいと思ったからです。
 柏木は、落葉の宮を愛していたわけではありません。もしかしたら、契りさえ交わしてないかもしれません。契りを交わしてなければ、親友に奥さんを託すのはありかもしれませんが、契りを交わしていて、親友の渡すと云うのは、本当にありなのかなとは思います。
 夕霧は、幼馴染の雲井雁との恋を、何年も我慢して、待ち続けながら、成就させました。この二人の恋愛は、文句なしの大恋愛です。そんな大恋愛のヒーローが、軽々しく、親友の奥さんをもらい受けるとは、考えぬくいんですが、結構、ちゃらい感じで、もらい受けてしまいます。男たちは、女が絡むと、案外と簡単に、しゅっとひよってしまう生き物なんです。

 ここで雨夜の品定めの補足をしておきます。左馬頭は、総論はひととおり喋り終えたので、具体的な女性との交際の話を持ち出して、各論に入ります。
 最初に登場するのは、指喰いの女です。「容貌などいとまほにもはべらざりしかば、若きほどのすき心には、この人をとまりにとも、思ひとどめはべらず」なんです。顔がたいしてきれいじゃない、そうすると、若い頃の浮気心いっぱいの時代だと、そうきれいでもない人を、本妻として、ずっと連れ添って行こうとは、まあ思わないわけです。(左馬頭の容貌のことは、特に何も触れてないんですが)自分のことは棚に上げて、生涯の伴侶となると、やっぱり、きれいで可愛い人が欲しいわけです。「よるべとは思ひながら、さうざうしくて」ですから、頼りにできる相手だとは思っていたんですが、やっぱり物足りないってことです。きれいじゃないから、物足りないってことでもないと思います。きれいとか可愛いとかは、結構、すぐに飽きてしまいます。完璧なパートナーは、この世には存在しませんから、相手が誰であれ、やっぱり物足りないと思ってしまうんです。
「もの怨じをいたくしはべりしかば」ですから、嫉妬心が強烈なやきもち焼きなんです。男を愛しているからこそ、やきもちを焼くんだと言えます。男は、やっぱり時として、適当に浮気したい、それくらいは女の方が、我慢するべきだと左馬頭は、考えているので「かくおぞましくは、いみじき契り深くとも、絶えてまた見じ。限りと思はば、かくわりなきもの疑ひはせよ」と、最後通牒をつきつけます。
左馬頭は、当然、女の方が、折れて来ると思っていたわけです。別に可愛くもないのに、オレ様が、おまえごときと、つきあってやってるんだぜと、まああからさまに、上から目線だと言えます。が、女の方は、「すこしうち笑ひて」なんです。まあ、せせら笑いって感じです。「よろずに見だてなく、ものげなきほどを見過ぐして」ですから、全然、ぱっとしてなくて、見ばえもしない状態を、ずっと我慢して来てやったのに、そんな勝手な言いぐさはないだろうと、女の方が、切れてしまったわけです。女を切れるとこまで、追い込んではいけないんです。で、この後、女は左馬頭の指に、喰いつきます。

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