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キネマ旬報ムック「細田守とスタジオ地図の10年」インタビュー

発売中の「キネマ旬報ムック 細田守とスタジオ地図の10年」。最新作『竜とそばかすの姫』のオープニング・テーマを手がけた常田大希さん(King Gnu、millennium parade)と、音楽監督の岩崎太整さんのインタビューページを担当しました。「音楽映画としては圧倒的。ただし作品としてはつっこみどころも多数」というのが、筆者の率直な意見です(以下、もう少し詳しい感想を書きました)。

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現在大ヒット中の『竜とそばかすの姫』は、「U」という巨大な仮想空間と現実世界が交差する物語です。主人公の“すず”は、過疎化が進む地方都市で暮らす女子高生。彼女は幼少時のある経験がもとで、大好きだった歌をずっと歌えずにいました。ところがあるとき、「U」に参加して“ベル”というアバターを得たことで、自分の声を取り戻す。そして新世代のディーヴァとして、全世界から注目されるようになります。

多くのクリエイターが関わった大作なので、さまざまな見方や楽しみ方があると思いますが、私にとって本作は、まぎれもなく「音楽が世界を動かす瞬間」を切り取ったアニメーションでした。

ある曲に出会ったことで、風景の成り立ちが根本から変わってしまう。不自由で不格好な身体から解放されて、どこまでも、どこにでも行けそうな気がする。音楽好きの人ならきっと、そういう特別な感覚を肌で知っていると思います。ただ、それを説得力のあるシーンに置き換えるのはすごく難しい。なぜなら「音楽が世界を変える」のは、あくまで個人の内的な体験だからです。一方、映画が提示できるのは具体的なアクションと音だけ。カメラに登場人物の心(そのもの)は写りません。

だから、その瞬間を本気で描こうとすると、多くのハードルが生じます。まず、多くの第三者(観客)が「これなら奇跡が起きてもおかしくない」と納得できるような楽曲。それをしっかりと歌いこなせる俳優。場合によっては大規模なライブ会場と、大量の聴衆(エキストラ)。もちろん大前提として、主人公のなかで「音楽が世界を動かす」までの必然性をきちんと積み上げた脚本と、クライマックスを物語内の正しいポジションに配置できる演出力は不可欠です。昨今の日本映画の制作環境でこういった条件をきちんとクリアするのは、不可能とは言わないまでも、かなりの困難がともないます。

ところが『竜とそばかすの姫』は、ほぼ完璧に近いレベルでそれを実現している。ある個人のなかから音楽が生まれ、その力が波及してついには世界を変える瞬間が、ありありと活写されている。最大の要因は間違いなく、ヒロインすず/ベルを演じた中村佳穂さんの存在です。語りと歌を自在に行き来するヴォーカル・スタイル、誰にも似ていないユニークな譜割り、魅力的な声質、繊細きわまりない感情表現、そして低域から高音まで一気に突き抜ける跳躍力。彼女の歌が、この物語に絶対的リアリティを与えています。

とはいえ演技は未経験。シンガーソングライターとして音楽界隈ではすでに注目されていたものの、いわゆる「知る人ぞ知る天才」で、一般的な知名度も決して高いとは言えません。『竜とそばかすの姫』のような大作でこのキャスティングは文字どおり大抜擢、大冒険だったと思います。

逆に言うと今回、多くのクリエイターたちが「中村佳穂主演」を成立させるために、それぞれの持ち場で力を発揮している。それがこの映画のユニークなところです。たとえば劇中、すずが地元の川辺を散歩しながら、何となく歌を作ってみるシーンがあります。足どりが無意識にリズムを刻みはじめ、鼻歌が明確なメロディーに変わっていく。主人公の心情と周囲の風景が見事に重なった、本作でも白眉と言える場面でした。音楽監督の岩崎太整さんはこのシークエンスを作るにあたって地方在住の中村さんにデモを送り、実際に地元の川を散歩しながら「すずの気持ちで」鼻歌を歌ってもらったそうです。そして、彼女が歩きながら録音した音源をもとにトラックを作って、すずの歌と動きを完璧にシンクロさせた。アニメーターはそれに合わせOKカットをすべて描き直したそうで、この1つを取ってみても、本作に尋常じゃない手間がかかっていることがわかります。昨今の日本映画では稀有な志を持った「音楽至上主義」の映画はいかにして生まれたのか、インタビューでは制作の裏側についていろいろお話を伺いました。

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正直、作品的にはいろいろ気になるところも多いと思います。すでに多くの方が指摘されているように、ストーリーの核となるある社会問題の扱い方はあまりにも表面的ですし、後半で主人公がとる行動もすごく納得しづらい。あと、これは細田作品の1つの傾向かもしれませんが、ところどころ母性と利他性がごっちゃになっている印象があって、私はどうしてもそこが引っ掛かってしまいます。だから、手放しで絶賛したい傑作という感じでは決してない。でもやっぱり、人物に対する細やかな演出力と、音楽的な作り込みは素晴らしい。あらゆる瑕疵を超えて迫ってくる力を持った作品だとも、強く感じます。

「キネマ旬報ムック 細田守とスタジオ地図の10年」では多彩な書き手が、さまざまな角度から細田作品の魅力を深掘りしています。ご興味ある方はぜひ、手に取ってみてください。

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