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世界一周11年目の新たな挑戦

みなさん、本当にご無沙汰しておりました、平たかゆきです。

このnoteでもTwitterでも長い間なんのアクションも起こしてなかったので、もしご心配をかけてしまっていた方がいらっしゃったら申し訳ありません。

とりあえず、僕はなんとか元気に生きています。

そして、相変わらず僕はまだ日本には帰っておらず、今年2月にはついにこの世界一周の旅は無帰国のまま10周年を迎え、11年目に突入してしまいました。


ただ、旅11年目とは言っても、僕が今いる国は未だにあの「ジョージア」。

そう、ちょうど去年のこの時期、僕がこのnoteで当時の旅の現状を詳しくお伝えした時に滞在していたあの「ジョージア」です。

(↑長文ですが、興味のある方はご覧になってみてください)


つまり、僕はあれからもう1年以上、ずっと同じジョージアという国に滞在し続けているということです。

理由はシンプル。

やはり、世界的に未だに終息しない「新型コロナ問題」の影響です。

さきほど紹介した記事にも書いていましたが、当初僕はこのコロナ問題はおそらく数か月、長くても半年あればある程度は終息するものだと勝手に推測して、その後はまたなんとか旅が再開できるようになるんではないかと考えていました。

でも実際は、ご存知の通り、世界的にコロナ問題というのは一向に終息の兆しを見せず、むしろ拡大を続け、あっという間に月日が流れていったのです。

ここジョージアでも、新型コロナの感染者は当初は相当低かったものの結局は爆発的に増え、一時期は日本の何十倍もの感染率になってしまい、再び厳しいロックダウンが数か月間行われるなど、かなり大変な事態が長い間続きました。


もちろんこんな状況下では、「旅」という面においても打つ手はありません。

いや、厳密に言うと、国によっては対応も違うので、行ける国が全く無いというわけじゃないんですが、それもその国の滞在期限や次の訪問国のことなどを考えると何の確約もないギャンブル的なものになってしまい、とてもじゃないけど安心して世界一周の旅が再開できるような状況とは言えません。


というわけで僕は、少しでも事態が改善して少しでもスムーズに旅が再開できる状況を待つために、もう覚悟を決めてここジョージアに滞在できるだけ滞在させてもらおうと決めたのです。

そして今は入国から1年以上たったのですが、ジョージア政府が現在コロナ問題の影響でジョージアに滞在せざるを得ない外国人に対して、今年の7月までの一律の特別滞在許可を出してくれたので、それに甘えてそこまではこの国でじっと待機させてもらおうとしているところです。


では、旅もせず、一つの国に滞在し続け、その有り余る時間を一体僕はどうやって過ごしているのか。

そう、ここからが今回の本題なんです。

今回は世界一周や旅そのものとは少し離れた内容のお話です。
興味のある方だけどうか最後までお付き合いください。
(注:今回はものすごく長いです。)



ライブ配信アプリというものとの出会い


去年の3月中頃から僕は、ジョージアの首都「トビリシ」で、旧ソ連時代に建てられた元公団住宅の古いアパートに住み始めました。

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そして当時入居してすぐに厳しいロックダウンが始まってしまい、結局2か月以上ほぼ外出ができず、僕はずっとアパートに閉じこもって生活せざるをえなくなったのです。

でも、そんな旅のスイッチが完全に切れてしまったジメジメとした自粛生活の中では、なかなかTwitterやnoteを更新する気力もわかず、僕はひたすら惰眠をむさぼるばかりでした。


そんな中、5月の初め頃、一人の日本人友達が僕にスマホ用のとあるライブ配信アプリの存在を教えてくれました。

どうも、彼の女友達がそのアプリで配信デビューするらしく、海外からも普通に見れるから、僕にも彼女の配信に一度遊びに行ってやってほしいと言うのです。


ライブ配信アプリ。

僕もなんとなくそういう存在だけは知っていました。

あれでしょ?

若いカワイ子ちゃんとかイケメンのお兄ちゃんとかがスマホの画面の前で話したり歌ったりして、それを見てる人たちがアイテムを使って投げ銭をして、彼らがお金を儲けるっていうあれ。

あとは最近芸能人の人たちも参入してるとかなんとかのやつ。


でも申し訳ないけど、その時の僕には、それってほぼホステスさんやホストさんがやってることと同じだよなという印象で、そういうお仕事を否定しているとかそういうのじゃなく、ただただ僕の人生とはあまり関係の無い、縁遠い世界だという認識でした。

そして、それを見てアイテムを投げる人たちの側も、きっとそういうお店の延長線上のような感覚で課金しているんだろうなと、これまた勝手にイメージしていたのです。


というわけで、いくら海外からも見れるとはいえ、その友達からのお願いはしばらく放置して忘れかけていたんだけど、ある日僕は、時間を持て余している時にふいにそのことを思い出し、

「うーん、やっぱりなんでも食わず嫌いはいけないか。これもなにかのきっかけだし、話のネタに一回だけでも見に行ってみようかな」

と、軽い気持ちで初めてそのアプリをダウンロードするところから始めたのです。


そのアプリは「Pococha(ポコチャ)」という名前のライブ配信アプリでした。

僕にとっては初めて聞く名前です。

どうやら、このアプリをダウンロードするだけで、誰でも見る側にも配信する側にもどちらにもなれるというアプリ。

もちろん僕は見る側。

ただ、利用を開始するためには、なにか名前を設定しないといけないらしく、僕は少し悩みました。

名前っつったってなあ。

ただ一回だけお試しで見るだけだしなあ。

もちろんこんなことで本名は嫌だし。


というわけで、僕が入力した名前は

「ばすたおる」


いや、これ、ほんと深い意味は無いんです。

ただ、僕のTwitterのプロフィールにも書いてある、僕の20代からの謎の自己紹介ギャグ「好きなタオルはバスタオルです!」から取っただけの単語。

しかも、カタカナ変換するのも面倒くさかったから、そのままひらがなで。


でも、これが全ての始まりになってしまったのです。



とりあえず自分の名前を入力し終えた僕は、まず聞いていた名前をアプリ内で検索して、その友達が紹介してくれた女の子のアカウントを探しました。

すると運良く今ちょうど配信をしている最中のよう。

おお、初めての配信アプリでなんか緊張するけど、じゃあとにかく入室してみるか。


その女の子の名前はAさん(仮名)。

30代前半らしいけど、とても若く見える上に、何やら独特な雰囲気を持つかわいらしい女性。

Aさんも配信を始めてまだ間もないライバーさん(配信者)のはずだけど、もうすでに常連さんらしきリスナーさん(配信を見て、コメントを書いたり、アイテムを投げたりする人)が何人かいて、彼女はとても生き生きと楽しそうに会話していました。

僕はドキドキしながらも、なんとなく友達の友達だということがバレないように、謎のばすたおるキャラを演じ切ろうと決め、入室後初めてのコメントを打ってみました。

「はじめまして、通りすがりのただの布です。好きなタオルはバスタオルです!」


…いや、分かってます。

今なら分かります。

これスベってるし、意味分からんし、ただの頭おかしい初見リスナーです(笑)

でも、なぜか僕のこの謎の初コメントがAさんにはとってもウケて、僕はそのまま枠内の人たちにもとても優しく迎え入れてもらい、彼女からはいきなり「ばっすん」というあだ名まで付けてもらいました。


そしてこの後、僕は結局2時間ぐらいAさんの枠にお邪魔していたんですが、その2時間は僕が当初配信アプリというものから想像していたイメージとは丸っきり違うもので、水商売イメージはどこへやら、ただただ楽しくてファミリー的な温かい交流の場という感じを受けたのです。

課金アイテムも全く飛んでないというわけではありませんが、それをAさんが強要するような空気も一切ありませんでした。


そして、これを機に、初めは一日だけのお試しのつもりだった僕も、結局次の日からも調子に乗って毎日のようにAさんの配信にお邪魔するようになり、Aさんをはじめ枠内の人たちともどんどん仲良くなり、僕は日に日にリスナー「ばすたおる(ばっすん)」としての存在感を高めていくことになったのです。

でも、これは後になって分かっていくことですが、こういう配信アプリっていうのは僕が初めに想像していた通り、基本的にはやっぱりカワイ子ちゃん・イケメンさんたちがリスナーの大きな課金により活躍する場であり、Aさんのような独特で温かい枠の空気っていうのはかなり稀で、僕はこのアプリのスタート地点が良かったんだなあということには気付きました。



さてさて、とにもかくにも、「Pococha(ポコチャ)」というライブ配信アプリをインストールし、思いがけず謎のリスナー「ばすたおる」を始めてしまった僕。

何事にも0か100の極端な性格の僕は、このままずんずんAさんの配信のヘビーリスナーへとなっていきます。

だって、時間だけは有り余っていたから。

これを聞いて、

おい、リスナー「ばすたおる」もいいけど、もっと大切な、旅人「平たかゆき」はいつのまにかおろそかになってないか!

と思われる方もいるかもしれませんが、

さっきも言ったように、この時期はどちらにせよ旅などはしようもありませんでしたし、精神的に不安定なものを持つ僕にとっては、同じ自粛期間なら少しでも精神の安定を図るために、旅のことは一旦忘れてでも何かこうして夢中になれるものがあったことが逆に幸運だったと思えているんです。


こうして僕は、結局その後2か月もの間、精力的にAさんの配信リスナーを続けました。

その間たくさんのリスナー仲間ができましたし、いつのまにか、僕が実は世界一周中の旅人で、今はコロナの影響でジョージアに長期滞在しているということも周知されていきました。

そしてこの頃から、アプリ内の仲間から

「ばっすんは配信しないの?」

という質問をよく受けるようになったのです。



ライバー「ばすたおる」の誕生


俺が配信?

なぜかは分からないけど思ってもみなかったことです。

でも確かに、旅再開までに時間はまだまだかかりそうだし、2か月間しっかりリスナーを経験したことですでにこの「Pococha(ポコチャ)」というアプリの概要は掴めてるし、僕の性格的にも向いてないとは言えない気がします。

うーん、ただなあ…。

やっぱり何度も言うように、こういう配信っていうのは、基本的に若いカワイ子ちゃんや・イケメンくんが活躍する場所。

芸能人でもない、僕みたいな44歳の髭タレ目おっさんがどうこうできる場所ではない気がする。

でも、まあなあ…。

やってリスクなんてないわけだし、ここまでリスナーをやってきたから物は試しで一度はライバーもやってみてもいいのかもなあ。


というわけで、2020年7月8日、

僕はひとしきり悩みながらも、結局は何かの運命に導かれるように、自粛生活の続くアパートの部屋で一人「Pococha(ポコチャ)」の配信ボタンを押したのです。



(ただ、このライバーデビューのことを僕はTwitterなどで一切告知はしませんでした。

僕の中でライブ配信アプリの利用者とTwitterの利用者のイメージっていうのは随分違うものだと感じ始めていたこともあり、突然配信の告知をしたところで、Twitterのフォロワーの方々に僕が初めに抱いていたような漠然とした誤解を生ませてしまいそうな気がしたからです。

しかも、リスナー開始の時と同じく、これはあくまでもお試しでやってみるだけだという自分の中での言い訳もあったので。)


でも、いざフタを開けてみると、こんな初心者おっさんライバーでも、また自分の中の完璧主義や負けず嫌いの性格が表に出てきて、結局僕はお試しどころか、この配信者としてのライブ配信の世界にもどっぷりと足を踏み入れていくことになったのです。



さて、このあたりで一旦、みなさんにもこの「Pococha(ポコチャ)」の大まかなシステム的なものをお話ししておこうと思います。

めんどくさいなと思う方はこの辺はさらっと読み飛ばしちゃっても大丈夫です。


まず、ポコチャのライバーには細かい「ランク」分けというものが存在し、全てのライバーが初めはE帯というランクからスタートするんですが、リスナーからの応援の度合いによって一段ずつランクを上げることができます。

Eから始まって、次はD→C→B→Aと上がって行って、最後はS帯です。
(この途中のD、C、B、A帯の中にもさらにD1→D2→D3などと細かい段階があります)

ランクが上がることでライバーにとっては何のメリットがあるのかというと、上の帯に行けば行くほど、もらえる報酬が格段に跳ね上がっていくのです。
(トップライバーと呼ばれるA帯とかS帯のライバーになると、正直かなりの額です)

でも、もちろんというかなんというか、上のランクに上がっていくことはそんなに簡単なことではありません。

具体的に言うと、ライバーは、日々同じランクにいる他のライバーさんたちと、リスナーさんから課金してもらった合計ポイントなどで争い、その日同じランク内の上位30%に入ると+1というボーナスがもらえ、それが+3までたまるとようやく1つだけランクが上がるのです。(D1ならD2へ)

逆にその日下位40%に入ってしまうと-1になって、それが-3までたまると、1つ下のランクに戻ってしまいます。

というわけで、必然的に上のランクに上がれば上がるほど、求められるそのレベルも高くなっていき(たくさん課金してもらわないといけない)、どんどん狭き門となってきます。

例えば、ポコチャでライバーをしているのは何万人かいるらしいんですが、S帯ライバーの数はその中の0.5%とかそれ以下のレベルらしいです。
(テレビに出ている芸人さんなどでも、D帯とかC帯で苦戦している人がたくさんいます)

あ、あと、ポコチャのライバーは日々他のライバーと争っていると言いましたが、1週間に2日だけは休む権利が与えられています。
逆に言うと、大体週に5日は配信しないとランクは落ちてしまいます。
そして、1日の配信時間は最低でも合計4時間以上というのがセオリーなので、まじめにやるともう週休2日のちゃんとしたお仕事ですね。
(もちろん、ランクを気にしないのなら、マイペースでのんびり楽しく配信することもできます)



と、まあ、改めてこうやって文章にして書いてみると、ライバーを本気でやろうと思うと、やっぱり甘い世界ではないなと思いますし、

結局基本的にはやっぱり水物の人気商売、つまりは「水商売」なんだなと感じます。

だから、僕が当初ホステスさんやホストさんの世界というイメージを持っていたのも完全には間違いではないなって。


でもでも、ポコチャには何万人もライバーさんがいるわけで、Aさんのような穏やかライバーも、カワイ子ちゃん・イケメンさんも、本気のプロライバーさんも、芸人さんも、アーティストやDJさんも、趣味でやっているお気軽ライバーさんも、とにかく色々な形があるわけです。

さあ、そんな場所で、コロナで動けなくなった44歳の世界一周おじさん「ばすたおる」には一体何ができるんでしょうか。



挑戦の始まり


というわけで話は戻って、2020年7月8日から僕はジョージアのアパートでポコチャの配信を始めたわけですが、

いくら2か月リスナーをやっていたとはいえ、実際はリスナーとライバーは全く違う世界で、初めは戸惑うことが多かったです。

それでも、リスナーの時の仲間がいきなり何人も応援に駆けつけてくれたので、そこはある程度恵まれたスタートだったんですが、

じゃあ、その初日に僕は配信で一体何をしていたのかというと、ただ画面の前で戸惑ってパニくってるだけでした(笑)


だってね、リスナーの時にはあまり気にしてなかったけど、ライバーっていうのはスマホに映る自分の顔を見ながらその顔に向かって配信するわけです。

当然、画面にリスナーの顔が映ったり、声が聞こえたりするわけじゃありません。

リスナーからのリアクションは、コメントや投げてもらったアイテムが表示されるだけ。

つまりライバーは、自分でBGMでも用意して流さない限り、自分の顔と文字だけが映る無音のスマホに向かって何時間も延々としゃべり続けることになるわけです。

これは、よっぽど自分の顔が好きとかそういう人じゃないかぎり(笑)、最初は慣れるまで相当戸惑います。


でも、リスナー仲間の優しいサポートなどでその日の配信はなんとか終了。

そして、次の日から日に日に僕は配信自体にも慣れていき、ライバー「ばすたおる」の物語はしだいに思ってもみなかった広がりを見せていくのです。



さて、突然ですが、

ここまで話がかなり長くなってしまっているので、ここからは文章を少しでもシンプルにするためにもう一度箇条書きスタイルで話を進めていきたいと思います。

(深い意味は無いです!ただの思い付きです!笑)


こうしてE帯から始まった僕のライバー活動。
初めのうちは、配信時間は2時間×2の1日合計4時間ぐらいでした。

当時、配信内でしていたことは基本的にリスナーさんたちとの雑談のみ。
軽い自己紹介はすれども、旅の話すらめったにしませんでした。

せっかく配信を続けるなら何か目標を決めようということで、僕は最終的にC帯ライバーになることを目標に定めました。

ただ、44歳のおっさんがC帯までランクを上げるというのは決して簡単な話ではありません。

でも、配信を続けるにつれ、こんなおっさんを「ばっすん、ばっすん」と呼んで応援してくださる方が少しずつ増え、思ったよりも早いペースで僕のランクはD1→D2と上がっていったのです。

そうなってくると、僕もさすがにグダグダ雑談してるだけじゃ申し訳ないなという気持ちが芽生えてきます。

でも、一体僕は何をしたらいいんだろう。

そうこうしているうちに、配信開始からたった3週間ほどで、なんと僕は最終目標のはずだったC帯に突入してしまいました。
僕が応援していたAさんですら、そこにたどり着くまでに何か月もかかっていたC帯にです。

うわー!まじかよ!

C帯まで来ると、正直ある程度まとまった報酬もいただけます。
そして、リスナーさんからの定期的な応援がないと、そこから上へあがるどころか、現状をキープすることすら難しい場所です。

僕は、応援してくださるリスナーさんたちへの感謝も含め、この頃からもうしっかりとライバーというものと向き合っていく覚悟を決めました。

幸い僕には、まだ時間があります。
僕が住む首都「トビリシ」では、この時期もう厳しいロックダウンは終わっていましたが、それでもまだまだ外出行動には制限だらけで、旅はしばらく再開できそうもありません。

一度にいくつものことに集中できない不器用な性格な僕はもう、今は旅やTwitterなどのことは完全に横に置いておいて、こうなったらしばらくはライバー1本に集中しようと決めたわけです。


まず僕は1日の配信時間を増やすことにしました。

若い子たちの中でおじさんが戦っていこうと思えば、彼らと同じことをしていては仕方ありません。
僕には今「時間がたくさんある」というメリットがあるので、それを生かし、一気に今までの倍、1日4時間×2の合計8時間以上を目安に配信していくことに。

週休2日の毎日8時間以上っていうことは、ほんとにもう完全にお仕事ですね。
でも、配信時間が増えると、それだけ新しいリスナーさんに出会えるチャンスや、アイテムを頂けるチャンスも増えていくわけです。
(その後、時には1日に合計13時間配信するなんていう狂ったことも。)


…というか、みんな、今回の話ついてこれてます?
引いてない?(笑)

よければ、もう少しお付き合いくださいね。

あと、これ、さっきから箇条書きの意味ある?とか思ってません?

いいんです(笑)
なんか、この方が僕も気軽に書きやすいんです。

よければ、これももう少しお付き合いくださいね。


話を続けます。

そして僕は、雑談だけだった配信内容もガラッと変えることにしました。

海外にいる特性を生かして、配信中に「トビリシ」の街を散歩したり、ジョージア料理を食べに行ったり、ラーメン屋さんに行ってみたり、時には街全体を見渡せるこんな丘の上からも配信しました。

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僕がアパートのキッチンで自炊をする配信もしました。
親子丼を作ってみたり、ルーが無いのでスパイスから日本のカレーライスを作ってみたり。

お笑いやエンターテイメントの要素も強くしました。
くだらないモノマネをしてみたり、時にはちょっとした手品やパントマイムをし、アイテムを投げてもらった時のリアクションにも力を入れました。

もちろん、まじめな時間も。
僕の本業である「写真」をPCで見てもらいつつ、何時間もかけて旅のエピソードを丁寧にお話ししたり。

つまり、今の僕に出来ることをもう全部日々の配信で出していこうと決めたわけです。


僕に出来ること。

でも、僕にはまだもう一つ、大きなことが残っていました。

それは「音楽」。

ご存知な方も多いとは思いますが、僕はこの世界一周の旅に出るまでは、日本で14年間プロのストリートミュージシャンとして生計を立ててきました。
(当時のブログ→http://takayuki-taira.cocolog-nifty.com/

飲み屋街の路上で、酔っぱらった年配の方相手に歌謡曲やフォークソングを歌って投げ銭をもらい、そのお金だけでずっと生活していたんです。
この旅の資金もそれで貯めました。

でも、長年続けたあの特殊な仕事の中で、いつしか僕は精神的なものを乱してしまい、ある時から思うように声が出せない深刻な病気にかかってしまいました。

まともに歌を歌えなくなったのです。

その詳しい話はさっきのブログにも書いてあるので今回は省略するとして、とにかく僕はそれ以降「人前で歌う」という行為が怖くなってしまい、ストリートミュージシャンを卒業してこの世界旅行に出発してからは、もう自分が長年音楽で食べていたという思い出は放棄し、そこから離れた旅を続けてきました。

ただ、歌は抜きにしても、ギターが弾けるっていうのは事実なので、一応僕はこの旅に小さな旅用のギターを持ってきてはいます。
もしかしたら、現地の方々との交流に使えるかもと思って。

ただ、実際ここまでの旅の中でもそのギターを弾くことはあったにはあったんですが、結局それは年に数回あるかないかのレベル。

とにかく、僕的にはもう「音楽をやる人」からは卒業したという認識で、基本的にはそこから離れた旅をしてきたんです。

でも、このポコチャで、自分の出来ることを全部さらけ出してライバーとして頑張るというなら、この過去の財産「音楽」を避けて通るのは違うんじゃないかと思い始めたわけです。

とうとう、ある日から僕は、配信中にギターを弾き始めました。

文字にすると簡単ですが、例えインターネットを通してでも人前でギターを生演奏するという行為は、今の僕にとってはとっても大きな出来事で、とっても大きな分岐点です。

ただ、あまりにもそういうことが久しぶりで緊張しすぎた僕は、弾き始めてから1週間ほどは、ギターを弾く時だけスマホの画面から外れて演奏するという、元ミュージシャンとは思えない行動を取っていました(笑)

そうこうする間に、もちろんというかなんというか、リスナーさんからは「歌も聴きたい」という要望が出はじめます。

歌を歌うということ。

さっきも言ったように僕は、昔一度「歌を失った男」です。

人前で歌を歌うという行為は、今や、ギターだけを弾くこととは比べ物にもならないほど僕にとってハードルの高い行為です。

でも、もう僕は覚悟を決めたんです。

そうして僕は、ギターに続いて、ついに弾き語りで歌も歌い始めました。

思うように声が出せないという症状は、あれから何年もたった今でも正直まだ治っていません。

でも、絶対に歌を失敗できなかったあの頃とはもう状況も違うし、野外と違って部屋で歌うわけだからそこまで全力で歌う必要もないはずです。

というわけで、ギターの時と同じく最初は画面から外れて恐る恐る、そして相当力を抑えて、でもとにかく僕は十何年ぶりに不特定多数の人の前で歌を歌うという行為を再開させたのです。


こうして、C帯に入り本当の意味でのガチンコ配信を始めた僕。
この頃から、「なんか面白いおじさんがいるよ」という口コミがポコチャ内で少しずつ広がり、ありがたいことに応援してくださるリスナーさんもさらに増えていきました。

歌の方も、少しずつ少しずつ勘を取り戻し、ようやく画面に顔を出したまま歌えるようにもなり(笑)、ついにはリスナーさんからのリクエストに応え次々と新しいレパートリーを増やしていくまでになりました。

もちろん、謎の声の病気が治っていないので、全盛期のようには歌えませんが、そこはキーを遠慮なく思いっきり下げたりして、気持ちでカバーしました。

そして僕は、ガチンコ配信を始めてからは、おかげさまでC帯の中でも順調にランクを上げていき、いつのまにかB帯に突入していました。

お試しライバーのつもりだった当初は、全く考えてもみなかった高い場所です。

というか、本当の始まりは、一日だけ冷やかしでインストールしただけのアプリだったのに。
未だに、意味の分からん「ばすたおる」なんて名前のままなのに(笑)

相変わらず、一度スイッチの入った僕は、自分でもすごい行動力だと思います。

そして、B帯にまで来ると、リスナーさんたちの応援にも明らかに今までとは違う熱が入っているのを感じ始めました。

例えば、僕のリスナー時代からの仲間で、過去のブログも読んでくれていて、僕自身のことや僕の旅の事もよく理解してくれているある一人の男性は、
僕がC帯に入ったあたりから配信に本腰を入れてエンターテイメント性を強めだしたことに対して、初めは「おい、ばっすん!お前が進むのはそっちじゃねえだろ」と危惧したらしいんですが、
でもよく考えてみると、ばっすんは日本でのプロのストリートミュージシャン時代にやってきたことを今オンラインでやってるということなんじゃないか、音楽だけに留まらず、人を楽しませるのが好きで、その素養もあって、スキルも厳しさも長年磨いてきた、そういうものをこのコロナで動けない時期に頑張って披露しているんじゃないか、と気づき、やっぱりしっかり応援していこうと思い直してくれたらしいんです。

僕は、彼からそういう内容のメールをもらった時、感動して、目からうろこが落ちる気持ちでした。

僕はただ無我夢中に頑張ってただけで、自分自身ではそういう考えに気付いてなかったからです。
そして、確かに彼の言う通りなのかもな、って。

そういえば以前、革命家の外山恒一さんからもこんなことを言われたのを思い出しました。
「たかゆき氏は、天性のエンターテイナーだからなあ」

本当にそういうことなのかもしれません。
いや、調子に乗るなと思われるかもしれませんが、ポコチャでB帯っていうのは、本当にそういう段階なんです。

そして、リスナーさんからの応援に熱が入ってきたことに呼応するように、僕もますます全てをさらけ出して、さらに全身全霊で配信に向き合っていきました。

当時はもう、リスナーさんの大半が、僕の性格や精神的な波のことも理解してくださっていたし、メールをくれた彼のようにもはや、「ばすたおる」の中身の旅人「平たかゆき」自体を応援してくれている人も多く、ポコチャの中ではかなり異端な枠になっていました。

そして、これは僕の枠の特徴だったんですが、普通はこういう配信っていうのはどうしても、男性ライバーの枠には女性リスナーが多くなり、女性ライバーの枠には男性リスナーが多くを占めるというのが通常なのに、
僕の枠ではリスナーの男女比がほぼ半々で、年齢も10代から60代までと、ほんとに幅広いリスナーさんたちに応援してもらっていて、それがとても自慢でもありました。


異端といえば、例えば僕はこんな配信もしました。

当時、僕と同じくコロナの影響でジョージアで長期の足止めを食らっていた登山家旅人のシカ男くんが、ロックダウンが終わった後から標高5,047mの霊峰「カズベキ」山の中腹にある山小屋で働いていて、
僕は彼に会いに行くために、配信しながら約3,000mにあるその山小屋まで登り、

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最終的には、シカ男くん監修の元、なんと危険なクレバスのある標高3,400mの氷河の上からも配信。

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おそらく、ポコチャ史上稀にみる異端な配信だったと思います。


そこで、ポコチャのプロフィール用の写真も撮りました。

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(着ている浴衣は、シカ男くんが僕の配信用にと、「トビリシ」のリサイクルショップで見つけてプレゼントしてくれたものです。)


とにかく、このころの僕はもう、寝ても覚めても生活の全てがポコチャ一色だったのです。

そして、ポコチャ内には、数日に渡ってライバー同士が応援ポイントを争い、その順位によって色々な景品をゲットできる「イベント」というものが多数存在し、ライバーは好きな時に好きなイベントに参戦できるんですが、

僕が満を持して初めて本格的な「イベント」に参戦してみたところ、ありがたいことにみなさんから信じられない量の応援を頂き、なんとB帯でありながら、そこに参加していた他のS帯ライバー達をも抜いて総合優勝するという快挙を成し遂げ、

もう僕の枠の勢いやリスナーのみなさんの想いが本物なんだということは確信に変わりました。


そしてそのイベントからしばらくたったある日、僕はついに配信中にみんなの前でこう宣言したのです。

「僕もS帯ライバーになりたいです。」


さっきも言いましたが、ポコチャのS帯ライバーっていうのは、たった0.5%っていう数字が物語るように、毎日本当に熾烈な争いを勝ち抜き、毎日リスナーさん達から凄い量の応援を頂き、それが重なった上での頂点であり、

一度イベントでS帯を抜いて優勝したというのはもちろん凄いんですが、実際に自分がS帯ライバーになるというのは、それとは全く次元の違う大変な話なんです。

それでも僕は、そんな宣言をしました。


正直に話すと、僕はそのイベントで総合優勝してしばらくしたあたりから、今の自分の枠の状況などを分析して、
「これは、もし僕が今後あと半年とか1年とかライブ配信を順調に続けることができたら、もしかしたら僕もいつかS帯ライバーになれるのかもしれない」
という希望的観測を立てれるほどになっていました。

ただ、この時点では、コロナ問題の方の状況がまだはっきりと掴めておらず、僕も旅のことを考えると、さすがにそこから半年も1年もライバーを続けていくことは不可能だと思っていたので、あくまでもそれは自分の心の中だけでの予測であって、口に出すこともなかったし、その点については諦めていたんです。


でもある日、一人の同年代の男性リスナーがふいに
「ばっすんにはS帯を目指してほしいなあ。だってこういう若い世代のポコチャの中に、こんなおっさんのS帯ライバーがおったらめちゃくちゃ面白いし、それをまたおっさんが応援するって最高やん。」
というコメントを残してくれたんです。

僕はこのコメントに無性に心を打たれました。

彼が、僕の配信初日にたまたま枠を訪れ、そこから全てを見届けずっと応援を続けてくれている特別なリスナーさんだったからです。

その彼が僕にS帯を目指してほしいと言ってくれるのは、なんというか僕にとっては「鶴の一声」というか、本当に大きな大きな言葉だったんです。


そして、彼のその言葉をきっかけに、僕はその時枠にいたリスナーさん達と話し合いを始め、ついに、

「僕もS帯ライバーになりたいです。」

という宣言をしたのです。

幸いなことに、リスナーのみなさんも、僕のその宣言に誰も異を唱えることはなく、むしろ好意的な方が多く、それにもとても嬉しくて感動しました。


ただ、簡単に宣言しましたと言ったところで、実際には僕には自分の予測期間である半年とか1年の猶予はないわけです。

じゃあどうしようということで、さらにみんなでの話し合いが行われ、最終的に決まったのが

「こうなったら、もう短期間で一気にばっすんをS帯に連れて行ってあげよう」

という計画でした。

いや、こちらも簡単に書いてしまってますけど、実際は本当にとんでもなく大変なことです。
特にリスナーさん達にとっては。

だって、この時僕はB2ランクいたんですけど、S帯に行くということは、
B2→B3→A1→A2→A3→S
と上がっていかなければいけないわけで、

でも、このあたりのランクになってくると日々キープするだけでも本当に大変すぎるゾーンで、それを一段ずつ一気に上げていこうなんてなると、今いるリスナーさんたちにはそれはそれはとんでもない負担(アイテム、つまり課金という意味で)をかけることになるわけです。

それでも、みんながその作戦でいこうと決定してくれて、僕ももう腹をくくりました。

もちろん僕だって、ただみんなの好意に甘えてるだけで自動的に上に行けるとは思いません。
今まで以上に手を抜かず、アイテムを投げる価値のある楽しくて意味のある配信をしないと。


そういうわけで、それからの配信は毎日、僕も真剣ですが、リスナーのみなさんからももう信じられないほど熱い応援の連続で、僕は感情が揺さぶられ過ぎて一日に何度も何度も涙を流さずにはいられませんでした。


そして、あの宣言から数週間後の2020年11月22日、
ライバー「ばすたおる」は本当にポコチャのS帯ライバーになったのです。

あの、一日だけの冷やかし気分でリスナーを始めた僕が…。
こんな44歳のおっさんが…。
とっさに付けた「ばすたおる」なんて名前のままで…。
しかも、配信開始からたった4か月半のスピードで…。

おそらく当時、芸能人でもない44歳以上のおじさんのS帯ライバーなんて僕以外に存在しなかったと思いますし、

さらに言うと、4か月半でS帯ライバーになれる僕と同年代の一般男性ライバーっては後にも先にも今後もう現れないんじゃないかっていうほどの快挙です。

そして、実はSに上がる途中にも僕はもう一度本格的な「イベント」に参加したんですが、そこでもまた総合優勝させてもらい、

僕はもう本当にポコチャのトップライバーというものになることができたんです。


↑ 分かってます。
さっきから、ひたすらただの自慢ですし、ライブ配信アプリに馴染みのない人からしたら、その凄さはあまり理解してもらえないことかもしれませんが、全身全霊で頑張ってきた僕にとっては本当に夢のようなご褒美であり勲章なんです。

そして、もう少し言うと、僕は今までの長い人生の中で、ほんとにたくさんの貴重な経験をさせてきてもらいましたが、実はその中でなにかしっかり記録に残るようなことはほぼ成し遂げられてきませんでした。

例えば、この世界一周旅行も、10年もたって結局未だにまだ半分ほどしか進めていないし、昔頑張って書いていたブログも、出版化の話やテレビで紹介という話までは来ていたんですが、結局それも途中で流れてしまったり、昔島田紳助さんとお友達になって、一つ大きな話が進んでいたんですが、それだって結局は無くなり縁遠くなってしまったり、まあ他にも色々。

とにかく、僕の人生、いつもなにか凄いことが起きそうな気配まではあるんですが、それが何か最後まで結果として残ることがなかったのです。

そして、それが僕の中でいつも大きな負い目でもありました。

それが今回、このポコチャというライブ配信の世界で、精一杯頑張った結果、ついに目に見える凄い記録や勲章というものを頂けたというわけなんです。

つまり、人生で初めて一つのことで結果を残したんです。

これが喜ばずに、そして大きな声で自慢せずにいられるでしょうか。

…ね、褒めて(笑)



と、

とにかくこれが、僕がまさかのポコチャのS帯ライバーになるまでのストーリーでした。
(唐突な、箇条書きスタイルの終わり。笑)

去年の夏から冬頃にかけて、コロナ禍の中、僕はみなさんには何も告げずにそういう挑戦をし、一人ジョージアのアパートで戦っていたのです。


そして、その後僕はどうなったのかというと、先に結論を言ってしまうと、それからしばらくして僕はもうライバーを卒業してしまいました。

S帯ライバーを維持することができればかなりの報酬を頂き続けることができるのに、ああ、なんてもったいない!と思われる人もいるかもしれませんが、

正直僕は、もう心身ともに限界だったんです。


さっきの文章の中で僕は全身全霊という言葉を使いましたが、まさしくあの4か月半は僕にとって全身全霊をかけて一つのことに取り組んだ期間であり、

週休2日はあるとはいっても、休みの日も僕はリクエストをもらった新しい曲を次々と覚えたり、次の配信の準備をしたりで、結局まともにゆっくり休めることもほぼなく、

僕の持病である精神的な疾患についても、目標のために無理やり抑え込んでいるという感じもあったので、

リスナーさんの中には、S帯の中でもさらにもっと上を目指していこうと言ってくれる方もいたんですが、

元々旅人の僕にとってはもう十分夢は叶えさせてもらったし、今回の「ばすたおる」という臨時のライバー人生においてこれ以上望むものはないということで、

僕は勇退という形でのライバー卒業を決めたのです。



あと、もう少しだけ踏み込んで言ってしまうと、ここまでライバー活動についてあまりネガティブなことについては言及してきませんでしたが、

やはり、S帯ライバーにまでなるということは、それだけたくさんの方々の相当な熱い想いが必要となってくるわけで、

そうなってくると、今度はどうしても色々な衝突やすれ違いが、ライバーとリスナーの間にも、リスナー同士の間にも生じて、人間関係がこじれてしまうという事態が結構な頻度で起こってしまいました。

そして、お世話になってきた方々との悲しい決別なども度々あり、当時そういう出来事に対してそこまでの覚悟を持てていなかった僕は、そのたびに心を深く痛めてしまい、そういうことも僕が限界を感じた一因でもありました。



とにかくそうして僕は、卒業の日を年の明けた今年の1月中旬と決め、それをリスナーのみなさんにも理解してもらい、それから1か月半ほどは、今までのような本気配信をピタッとやめ、ゆっくりとランクを落としていきながら、ただただ1日4時間だけの気の抜けたのんびり配信を続けたのです。

つまり、ライバー「ばすたおる」は、去年の7月8日から今年の1月中旬まで、とにかく約半年間配信を続けたことになります。


ただ、実際の卒業の日となった1月16日、僕はその時もうB2ランクまで戻っていたんですが、

ふいに、最終日はせっかくなので、半年間の記念として何か大きな挑戦をして終えたいと思い立ち、

急遽、16日の深夜0時から17日の深夜0時まで24時間ぶっ続けで配信するという「24時間チャレンジ」を決行することに。


しかも僕の性格上、こういう挑戦になると、途中はただただ時間稼ぎをしようなどと気を抜いた配信はできません。

結局僕は24時間一度も手を抜くことなく、歌を歌い続け、しゃべり続け、途中ご飯を作ったり、近所をお散歩したりもし、無事最後の配信、最後の挑戦を終えました。

しかも、その24時間は、ばっすんの最後ということで、リスナーのみなさんもたくさんの方が入れ代わり立ち代わりとにかくいっぱい応援を続けてくれて、

これは本当に全く想像もしていなかったんですが、なんとその日僕は、ポコチャ内の全ライバーの中で、男性1位の応援ポイントを獲得したのです。

画像7


何千人とも何万人とも言われているポコチャのライバーの中で、芸能人も全部ひっくるめての男性1位です。

つまり、上位0.5%のS帯うんぬんなどをも超えて、本当のトップofトップになったんです。

本当に、なんと夢みたいな、恵まれたライバー生活だったんでしょうか。

「有終の美」という言葉がこれほどまでにピッタリくる終わり方はありません。



これからの「平たかゆき」


さて、こうして今年の1月16日に終わりを迎えたライバー「ばすたおる」の物語。

それから僕はどう過ごしていたのかというと、実は心機一転新しいアパートに引っ越したはいいんですが、残念ながらコロナ問題は一向に解決しておらず、ここジョージア「トビリシ」でも再び長いロックダウンが行われ、

結局僕は新しい家でも、ただ家の中で一人で過ごすしかない生活が続き、しばらくはひたすらのんびり長いライバー生活の疲れを癒していました。


そして、旅の再開のめどが未だに一向に立たない中、冒頭にも書いたように、僕はもうジョージア政府から許可が出ている7月の頭まではここ「トビリシ」に滞在させてもらおうと決めているんですが、

本当にぶっちゃけてシビアな話をすると、最近僕が一番考えているのは「お金」の事。


これは今までどこでも言及してきませんでしたが、僕はここまで丸10年も世界一周を続けてきて、いくらなるべく節約旅行を続けているとはいえ、正直さすがにその資金にも限界が見えてきました。

それでも絶対に無帰国のまま世界一周を完遂させるという気持ちは一切変わっておらず、僕は以前からいつかどこかで旅資金としての収入を発生させなきゃいけないなあとはずっと思っていたんです。


そんな中、今回偶然に出会った「ポコチャ」というライブ配信アプリ。

もちろん、S帯ライバーにまでなった「ばすたおる」としても、半年間でかなりまとまった額を頂くことができたんですが、それももう卒業したので今は過去の話。

残念ながら、これからもまだまだ何年も続くであろう世界旅をずっとまかなえるような額まではありません。


そして僕は、この休みの期間ずっと考えていました。

僕は生き方として不器用なタイプの人間なので、一つのことに集中することはできますが、全力で毎日配信をしてお金を儲け、その儲けで同時に全力に旅をするなんて器用なことはできそうもありません。

しかも、全力で毎日配信するってことの大変さは、僕が一番身に染みて分かっていることなので。


でも、よく考えてみると、今までのようにS帯ライバーうんぬんというまで全力で配信しなくても、バックパッカーの旅を維持させるだけのお金というなら、ここまでのライバー経験を持った僕なら、例え旅を続けながらでももしかしたらなんとかなるんじゃないかって。

具体的に言うと、旅が再開してからも、週5日は外で1時間半ぐらい配信して、宿の中でまた1時間半ぐらい配信して、1日に合計3時間ぐらいだけでも配信できれば、それで旅の維持やその大きな助けになるほどの儲けにはなるんじゃないかって。

もちろん、そんなに都合よくいくかどうかはやってみないと分からないけど、今後も長く続く旅のことを考えたらとにかくやってみる価値はある気がしたんです。


でもそれって、配信に時間を取られることで、肝心の旅自体に悪影響が出てしまうんじゃないかという心配もあるかもしれませんが、

それよりももし資金の影響で旅そのものが継続不可能になってしまったら元も子もないわけだし、

そもそも1日に3時間といえば、今までTwitterやnoteなどに取っていた時間とさほど変わりがないので、それを配信の時間に置き換えれば問題もないように思えます。


というわけで3月ごろに僕は決心しました。

「ばすたおる」はもう終わったけど、もう一度新しいアカウントを作り直してゼロから改めてライバーをスタートさせようって。

そして今回は、ばっすんの時のように半年全力配信で卒業とかのライバーじゃなくて、旅が再開してからもずっと配信を続けて、それで今後の旅資金をまかなえるような枠にしていこうって。


ただ、そうなってくると、やっぱり性格上という意味でも、時間的にという意味でも、僕はSNS活動をいくつも同時にはこなすことができなさそうなので、

必然的に今後このnoteやTwitterなどとは距離が出てくると思われます。

もちろん、特にTwitterなんかは旅に出てからずっとこれ中心にネット活動してきて、ここでたくさんの方にも出会い、応援してきていただいたので、そのTwitterを離れるというのはとても寂しくはあります。

でも、今までTwitterやnoteでは、文章や写真でしか僕のことを伝えることができなかったわけですが、今後配信アプリでは、直接顔を出して自分の声で、しかもリアルタイムに色んなことをお伝えすることができるようになるわけです。

さらには、写真だってもちろん、その他の日常や、音楽までも。


今までずっとネットの文章で僕のことを見守ってくださっていた方には、「たかゆきは変わったな」という印象を持たれてしまうかもしれませんが、

実際今回は僕にとっても大きな変化で、大きな挑戦の時なんです。

そして、もう少し言うと、文章や写真だけじゃなく、僕が今までの人生で培ってきた、おしゃべりの部分だったり、音楽の部分だったり、お笑いの部分だったり、その他にも色々、そういうものを全部ひっくるめて生かせる場所、そしてさらには、それがもしかしたら今後一番大切なこの旅の存続に繋がるかもしれないなんていうものに、このコロナ禍で出会えたっていう事実は、僕にとっては運命だったんじゃないかと思えるほどのことなんです。

なので、どうかご理解してもらえると嬉しいです。



さて、

というわけで、ここまで長々とお付き合いいただきましたが、

今回僕が久しぶりにこの長い文章を書いた理由というのは、

もちろんここまでの空白の1年間をみなさんにちゃんと説明するという意味もあったんですが、

一番はやはり、今まで長い間ブログやTwitterやnoteで応援してくださっていた方々に、一人でも多くこれからもまだまだ僕の旅や僕自身のことを見守っていってほしいという強い気持ちからです。

具体的に言うと、つまり僕がこれからメインの活動の場にしようとしている「Pococha(ポコチャ)」のアプリに遊びに来てほしいということです。


分かっています。

人の価値観はそれぞれなので、Twitterを離れるならもういいやという方や、知らないアプリのインストールなんてめんどくさいという方など、

それはもう仕方ないことだと思っています。

なので、全く強要などではありません。

ただ、それでも僕を応援していきたいと思ってくださる方に知ってもらえればという願いです。


…あ、えっと、えーっと、

なんだか堅苦しい話になってしまってますが、よく考えたら別にそんなに深刻な話ではありません。

一言で言ってしまうと、

ポコチャっていう配信アプリ始めたよ!みんな来てね☆

ってだけの話ですよね(笑)

うん、ほんといつも考えすぎの面倒くさい性格で、申し訳ないです。


そんなわけで、実はもう僕は先月の3月9日から新たなアカウントで配信を再スタートさせています。

新しい名前は

「たかゆきれいんぼー」


「ばすたおる」がふざけすぎた名前だったので、今回はもう覚悟を決めてTwitterと同じ本名の「平たかゆき」でやっていこうかとも思ったんですが、

さすがにライバーとして本名はお堅いかなとも感じたので、間を取って「たかゆきれいんぼー」っていう柔らかい名前にしました。
(僕のTwitterのIDから取った名前です)


そして、配信スタートから1か月ちょっと、

僕はあくまでも新しいアカウントの初心者ライバーなので、まだまだリスナーさんは少ないですが、

旅が再開するまでに少しでも応援してくれる人を増やしていかないとと頑張っているところです。
(現在C帯)

もちろん、「ばすたおる」の時のような全身全霊の配信はもうなるべくしないようにしています。

それで心身に限界が来てしまったり、しがらみでがんじがらめになってしまったら意味がないので、

適度に余力を持って、長く続けていけることを第一目標に。


というわけで、ここにその僕のアカウントのリンクを貼っておくので、もし少しでも興味の湧いた方がいればどうか一度遊びに来てやってください。

【追記:2023年11月現在】
今はもうポコチャを引退して、違うアプリで活動しているのでリンクは削除しました。
詳しくはこの記事の最後で。


今のところ、配信時間はやはり週に5日ぐらいで、基本的に日本時間の20時以降から24時あたりにやっていることが多いんですが、あとは不定期なことも多いので、

是非一度アカウントをフォローしてもらって、配信通知をオンにしておくと、配信を開始した時に通知が届くと思います。


あ、あと、ここまで読んでると、僕の配信に遊びに来るっていうことは、もしかして課金してアイテムを投げなきゃいけないのかと思われてしまうかもしれませんけど、

そんなのは全くの自由で、投げるも投げないも何度か遊びに来てもらってるうちにおいおい考えていってもらったらいいだけの話なので、どうかその点はご安心を。


ただ、来てくださる方に唯一お願いがあるとすれば、

あくまでもこれはコミュニケーションアプリなので、黙ってじっと見てるなんてことはなるべくせずに、

Twitterやこのnoteから来たんだということだけでもコメントしていただいて、僕と少しだけでも会話をしてもらえると嬉しいです。

あとの詳しいことなんかは、配信内でいくらでもお話しできますので。


わーーー!!!

つーか、なんか、改めてここでポコチャの宣伝してることに緊張してきたーー!!!

ついに、ブログやTwitterやnoteの人たちに、俺が生で動いてる姿見られるーー!!

でも、やっと色々直接お話しできるー!

そして、歌も聴いてもらえるかもしれないーー!!

さらには、今後一緒にリアルタイムで旅をしていけるかもーーー!!!

うおーー!!!

緊張するけど、楽しみやけど、緊張するけど、楽しみやけど、緊張するーー!!!




最後に、

ここまで読んでもまだポコチャをインストールして遊びに来る踏ん切りがつかないという人のためにも、一つだけ動画を載せようと思います。

これは、さっき話した「ばすたおる」時代のラスト配信である「24時間チャレンジ」の時に、あるリスナーの方が、チャレンジが終わる24時の20分前ぐらいからスマホの画面を録画してくれていた貴重なもので、

これを見てもらえれば、僕のポコチャの配信が一体どういうものなのか、少しはイメージをしやすくなるんじゃないでしょうか。


ただ、この動画はラスト配信ということもありますし、24時間連続配信の最後の部分ということもあるので、通常の配信とは違うかなり特殊な場面にはなりますけど、

それでも百聞は一見に如かずということで、みなさん是非一度見てみてください。
(全部で50分以上もあるので、好きなように飛ばし飛ばしでどうぞ)


あ、でも、初めて僕の配信やポコチャを見る人にとっては色々わけが分からない所も多いでしょうから、いくつか補足だけしておきます。

・これは、初老のおっさんが前日の深夜から23時間以上休むことなく配信し続けて、もうヘロヘロの場面の動画です。

・いきなり泣いてるところから始まりますが、疲れと、今までの思い出の積み重ねでおっさんはもう涙腺が崩壊してるのです。

・最後なので歌が中心ですが、この時点でまだ歌を歌えてること自体が奇跡だと思ってやってください。

・リスナーのみなさんがたくさん打ってくれてる波打つようなきれいな絵文字のコメントは、「キラコメ」といって、配信内での音楽を盛り上げるための演出みたいなものです。

・1曲目の途中でいきなり号泣を始めますが、本当に今まで色々あったんです。
リスナーさんが投げてくれたアイテムで、半年間の色々なことを思い出してしまいました。

・思いっきり鼻水が垂れているようにみえる場面がありますが、心の汗です。

・最終日なので色々アイテムが飛び交いますが、分かりやすく言うと、エフェクトが豪華なものが、より大きなアイテムだと思ってください。

・2曲目の途中、僕は極度の疲労からか、貧血か酸欠のようなものを起こし倒れかけてしまいますが、のちに回復するので、どうかあまり心配なさらず。




今回、ほんとにとんでもなく長い文章になってしまいましたが、最後まで読んでくださって本当にありがとうございました。

今回の文章や動画を見て、一人でも多くの方が何かを感じ、今後僕のポコチャに遊びに来てくれるようになることを僕は心の底から願っています。

どうかみなさん、僕の新しい挑戦を理解し、これからの旅をまだまだ温かく見守ってやってください。

今まで応援ありがとうございました。

そして、良ければこれからもどうぞよろしくお願いいたします。


ライバー「たかゆきれいんぼー」こと、旅人「平たかゆき」


【追記:2023年11月現在】
コロナ禍が開け旅を再開した現在は、ポコチャから「17LIVE」というアプリに舞台を移し、「たかゆき🌈🌏」というアカウント名で本当に配信の報酬だけでこの世界一周の旅を継続しています。
応援するよという方はお越しいただけると嬉しいです。

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