マロンパイ (3/3)

 「そんなんじゃあんた舐められっぱなしよ?」「そうかなぁ…」「バカにされるわよ」「誰に?」「私たちよ」「ん、何で?」「ウラジヴォストークって知ってる?」「…聞いたことはある。地名?」「そう」「で?」「ウラジが支配する。ヴォストークは東」「ほう…」「分かる?私たちは地名にしちゃうくらい支配欲の強い国なの」「うん…分かるよなんとなく。」「地図見てこれ。」今度はグーグルマップが開いている。アイフォンXは画面でけーなぁ、20代なのに老眼気味の俺には羨ましいぜ全く、っていうのは置いとくとして、でもソフィアのアイフォンはロシア語設定だから地名が読めないんだけど、検索をかけている場所がウラジオスオトクなのだろう。Владивосто́к。лとかдとかиとか、今どき顔文字でも見ないよなー。「ウラジヴォストークの東ってもろ日本だからね」たしかに画面を縮小すると日本がにょいーと右…正確には右下に現れて、ちょうど真東に北海道があった。「言霊よ言霊。あなたの国にもあるでしょう?ここに住んでる人たちは潜在意識レベルであなたたちを支配しているつもりなの。」だからいつまでも北方領土がどうのこうのとなるわけね。「それくらい本気出して脳みそに刷り込ませなきゃ。勝てないわよ、私たちに。」「うーん、でもそれって勝ち負けの問題じゃないだろう?」いいえ。まったくもって勝ち負けの問題です。そうだよな。負けっぱなしなんだよな。多分、俺たち。「でもさぁ、国土の大きさから言って無理あんじゃん?お前らはアメリカと戦ってくれよ。日本なんかミソっかす相手にしてないで。」「情けない。」「まぁそうだね。」「味噌というよりイカくさいわ。そうやってマスターベーションばかりして。」うわーキッツイ…「私の昔の彼氏アメリカ人だけど全くそんなことなかったわ。」やっぱそこでやりあってんじゃん。「スペルマも芳醇な香りだったわよ。栗の花のような。」「その話聞きたくねー」…負けるなユーイツィ!「まぁでも確かにイカと栗って全然匂い違うよね。」ってそうじゃないだろ。「私たちはそんな話してなかったでしょ?」Yes「…なんの話をしてたんだっけ?」"PRONOUNCIATION!" "But you changed the discourse, aren’t you?" "May be, but that’s not my fault." "Ummm, yeah you are right...BTW, did you eat sankaku marron pie, at McDonald’s?" "No." "Oh you should have. It really disclives our situation." 三角マロンパイがなんだというのだろう…「マロンパイってのを考え出したのはもともと私達ロシア人だったのだけれど、それを日本マクドナルドが国内商品として販売したら思いのほかヒットしてマックの基本商品になって世界中に広まったって話。」「それ本当?」「嘘。」「なんなんだよ。」「日本でもろくに流行らなかったんじゃない?」「まぁあんま印象ないわな。」「だから私の言いたいことにピッタリ当てはまるわけじゃないんだけど…」「全然分からん。」「火中の栗って知らない?」「あー、うん、知ってる。」「そういうこと」「どういうことだよ」「無理してあっつい栗とっても全部横取りされちゃうわよ。」「何を取ろうとしてるって?」「さぁね。」「そこが肝心でしょこの話。」「まぁとにかく火傷するわよ気をつけないと。」「だから何を気をつけろって」「じゃ私帰るわ。」「えー?」って本当に帰っちまった。まぁ正直に白状すると分かってたというか、ソフィアの髪はロシアンブランドではなく淡い栗色でそれがまた可愛くて、恐らく地毛だから他の毛も同じ色してるはずで、三角でホットなマロンと言ったらもうね。でもパイパンなんじゃねぇの西洋人って?あ、だからパイか。最低だな俺は。
 その日以来、俺はソフィアに会っていない。プールに来なくなっただけか、ロシアに帰ってしまったのか。もしかしたらもっと日本らしいところを見つけたのかもしれない。彼女特有の日本感にもっとハマるような…どこだろう、歌広場とか?すしざんまいとか?マンボー(漫喫)?そう考えると、彼女の日本らしさの定義は何にでも当てはまるようで、でもやっぱりそれは彼女の生まれ育った環境のバックグラウンドから導かれるわけで僕が想像しているものとは微妙にニュアンスが異なるというか彼女は日本らしさを定義することで逆説的にロシアらしさ、彼女の考える故郷のことが鏡のように映し出されていたんだろうなとか考える。それを分かりきれなかったことが、彼女に愛想をつかされてしまった理由なのかもしれない。いや別に面と向かって嫌いと言われたわけではないのだけどなんとなくそんな気がしてしまうのは多分そうなんだろう。そういうニュアンスが感じ取れるというのは、国籍とかによらないもっとファンダメンタルな、人間的なコミュニケーションの基盤だと思う。だからこそ寂しい。心の底の方にドロリ汚ならしいものが水面に浮かんで来ずに溜まっているようで、市民プールには相変わらず通っているけれど、相変わらずオッサンが芋洗いになっていてそこにソフィアだけがいない。あぁイライラする。イモイモする。イモイモイモイモ俺もイモだ。マクドナルドのフレンチフライよろしく、みんな水流に乗って切り刻まれてしまえばいいのに。ウォータージェットカッターでシュパパパパン。ライン生産方式で作られるワールドモストフェイマスファストフード。いやいや「ちゃんとご飯」食べなさい。大戸屋のキャッチフレーズがよぎる。でもファストフードだって、ご飯はご飯さ。それに今俺が話題にしてるのは食べる方じゃなくて食べられる方。日本のこと。俺たちはいつのまにか、自分たちのエネルギーを限界まで注いで、クオリティをどこまでも求めるようになってしまった。それも他人のふんどしで。プールだって飯だってそう。というかそもそもクオリティを追求するっていうコンセプトも舶来品だ。でもそうやって生きのびてきたんだから仕方ない。俺たちは海の向こうから漂着したものを換骨奪胎ごにょりごにょりジャパニーズガラパゴス化することで奇妙なオリジナリティを生み出してきたんだ。それは、もしかしたら誇れることなのかもしれないがまぁとにかくそんな俺に出来ることをこれからもやっていくぜソフィア。またどこかでな。愛してるぜ。

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