見出し画像

Dear Mr.Songwriter Vol.20

佐野元春 

ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 Part.2

ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
1989.6.1
Produced by Moto & COLIN FAIRLEY
Cover Concept Motoharu Sano
Art Direction Hiroshi Sunto
Cover Drawing Toshisato Hagihara
ドローイング•データ
作品タイトル Iargo 1989
はぎ原敏訓 はぎはらのはぎは、草冠に禾に亀
オリコンチャート最高位2位
ナポレオンフィッシュと泳ぐ日
プロモーション資料

自分のアイデンティティが定まったアルバムなんだ。現代詩とロックンロールを高い次元で融合させた。僕の最初のクリエイティヴなピークと言ってもいい。敢えていえば、「サムディ」や「ガラスのジェネレーション」という初期ヒットよりもむしろ、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』に収録されている一群の曲が佐野元春ポップ•ロックの真髄だと思っている。
Movilist ACTION 2 SUMMER 2015


このアルバムは当初の予定では、収録したい曲が20数曲あり2枚組の構想もあったみたいだね。
レコード会社からは、前作から2年半も空いて2枚組だと価格的に重たくなるという事もあって、いい返事はもらえなかったようです。
ここでプロデューサーのコリン•フェアリービートルズのアルバム『サージェント•ペパーズ』と『ホワイト•アルバム』を引き合いにだして、総合的にどちらが優れているかを元春に聞いたそうです。

僕は5分間ぐらい考えてやはり『サージェント•ペパーズ』ですねって答えた。そしたらコリン•フェアリーが、その方向でいこうって指を差してくれた。方向をね。それで僕も踏ん切りがついたんです。もし僕が日本でコリン•フェアリーに会わずに、僕がプロデューサーとして思いのままにやってたら、多分わけのわからない2枚組を(笑)出してしまってたかもしれない。そんないきさつがあります。

ROCKIN'ON JAPAN 1989 vol.25
インタヴュー 渋谷陽一

全13曲 トータルタイムは46分40秒と聴きやすいコンパクトな形になりました。80年代の終わり頃からCDが主流になり、レコードが作られた最後のアルバムです。
後の2015年に『Blood Moon』からまたアナログ•レコードが作られました。

では、『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』の収録曲を聴いていこう。まずはA面から、


1.ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 M.88

ナポレオンフィッシュと泳ぐ日 1989.8.21
オリコンチャート最高位30位

君には見張り塔からずっと見ていてくれる人が必要だったんだよ

ロンドンでの滞在は10月から冬になる季節。その年のロンドンの冬はとても寒かったそうです。

アルバムの冒頭は『こんな寒い冬に向かって、歩いていこう』。そんな景気の良い曲にしようと思った。同時に、最初の曲だからアルバムが何をねらっているのかを示す、気の利いた一ラインを入れよう、と。リスナーがアルバムを最後まで聴いてくれるように願って。リスナーとの間の最初の結び目を作るために。そして『世界は少しずつ形を変えてゆく/俺達は流れ星/これからどこへ行こう』というラインに決めたんだ。
 でもね、そんなこと唐突に言っても、誰も聞いてくれないよね。で、そうだ、男の子と女の子のラヴソングに転換すればいいんだって気付いた。僕たちは今、荒々しい冷たい冬に向かっているけれど、覚醒しながら歩くのではなく、長い長い夢を見るんだ、と。
 これもまた、突拍子もない提案だよね。普通なら、身体をシャキッとしてニコニコ笑って、ポジティブに歩いていこう、ってなるでしょ。でも僕の場合はそうじゃない。
 『僕と一緒に戦いにいこうぜ』って男の子が言っても、女の子は『いやあよ』って言うに決まっている。それなら、『外はあんなに荒れているよ、でも君と僕は信じ合っているから、二人で長い夢を見よう。眠るだけじゃないんだ。僕らは流れ星、どこへたどりつくかわからない。ジェットコースターに乗るようなものだけど、とにかくいったんはグッドナイト」って。本当に大事にしている女の子へのアプローチは、そういうものだろうって僕は考えた。

時代をノックする音 佐野元春が疾走した社会 山下柚実

もう聴いた瞬間に音が解放されているというか、ギアを入れ直して走り始めたように感じる。前作の『Café Bohemia』にあったような堅苦しさここにはない。何かふっきれたような力強さがあると思う。

さてこの曲のタイトルなんだけど、J•D•サリンジャー『バナナフィッシュにうってつけの日』を想像しちゃうけど、ここには、ナポレオンフィッシュという魚は出てこない。しかも作っている時点ではどんな魚か見たこともなかったそうである。

そうそう、なんで歩いていこうって歌っているのに、なぜ"グッドナイト"なのかずっと疑問だったんだよね。深い、深すぎる!これが元春ソングライティングの本質の"パイのように何層も重なっている"作り方なんだろうね。

ホーン•セクションとピート•トーマスのドラミングで幕を開ける。ボブ•アンドリュースのピアノがファンキーさを増してる感じ。いいよね。元春が言うところのロックンロール➕スポークン•ワーズの融合。

曲途中の"奇妙なフェスタ(※初回の歌詞カードには奇妙なジェスチャーと記載されているけど誤植ということ)に招待されてる孤独なペリカン〜"のラップ部分の詩は『エーテルのための序章』の"国家よ、感じているか?うまく寄り添えないモノたちが奮い立つまで辛抱強く待てないでいる。聖者が来ない不満を述べたてながらエレクトリック•ギターをかき鳴らしている"の箇所を改変して、誰が聴いても違和感ないようにうまくポップソングに仕上げてあるよね。

この"聖者がこないと不満を告げてるエレクトリック•ギター"の後のギターは元春のプレイ。ピート•タウンゼントが使っているアンプで録音したいという元春の希望だったみたいだね。

2.陽気にいこうぜ M.89

どうやって今ここで君の命を美しく実らせるか?

この曲以降、ちょっと否定的な歌詞が入った曲が続くよね。だからリスナーには、ここでエネルギーを溜めてもらいたいという配慮が僕の中に湧いた。『俺はくたばりはしない」というラインも、そこから生まれたんだ。僕たちの命はどこに行き着くかわからないけど、今、ここで、恋をしよう。そう刹那的に訴えかけた。

時代をノックする音 佐野元春が疾走した社会 山下柚実

間髪入れずにスタートするボブ•アンドリュースのローリングするピアノに乗って走り出すロックンロール。こんな曲を聴きたかった。しかも今までありそうでなかった楽曲なのではとも思う。「Looking For A Fight」をパワーアップした感じかも。間奏のダディのサックスソロも素晴らしい。

紡ぎだされるリリックは、"俺はくたばりはしない" という一節。仮タイトルは「BORIS VIANボリス•ヴィアンの詩『ぼくはくたばりたくないJe voudrais pas crever』からインスパイアされた。
"イヤな奴らはそのままでいい"は「月と専制君主」の"夕べ君を 悲しませた 奴らも 好きにさせとけばいいのさ"にも繋がる一貫したラインだろう。

そこには〈十代の頃のようなやみくもな感情ではなく成熟した感情をこめている〉という。
"テロリストもこわくはない"
当時ヨーロッパでは、アイルランド問題をめぐるテロが激化していた。暴力の季節を迎えていた。

そんな中、あえてオプティミズムの大切さをこのフレーズに込めた。

『音楽もバラの花も人生もすべて 俺達の腕の中 LaLaLa•••••• 俺はくたばりはしない 夜が明けるまで』と僕は歌った。
『夜が明ける』というイメージは、ご存知のようにおそろしく単純。今の状況がベターになることを追求するイメージ。古今東西のアーティストたちはしばしば『夜明け』に希望を託してきた。『日はまた昇る』という楽天性。社会は暴力に取り囲まれヒリヒリしていても、明日、日はまた昇る、というポジティブさ。ロックンロールの果たす社会的な使命のひとつに、オプティミズムがある。聴いたら気が楽になるってやつ。その伝統にのっとったんだ。

時代をノックする音 佐野元春が疾走した社会 山下柚実

"刹那的"という言葉は元春ソングライティングの中で重要な位置を示しているよね。"命は短い恋をしよう 世界はいつも冷たすぎる 好きなだけ君を打ちのめしている 流れる時を無駄にしないで 髪をとかして服を着替えて 今すぐに ここで"

"髪をとかして服を着替えて"というイメージはまさしくポジティブさの象徴なんだと思う。世界はこんな状況なんだけど、街にでていこう、という楽天性。

かつて「ナイトライフ」で11時までに家に帰らなくちゃいけないあの娘かもしれないね。

3雨の日のバタフライ M.90

Free all political prisners

ロンドンのアパートの窓から、雨の日にチョウチョがふらふら飛び回っているのを見た。うろたえているかのように。そのとたん、まったく違う要素がひらめいた。『フリー、オール•ポリティカル•プリズナーズ(すべての政治犯を解放せよ』)というライン。デモクラシーが崩壊していくことへの不安。事あるごとに、権力が市民を痛めつけ、エゴをむき出しにしてくる。そう、僕もプリズナーかもしれない。悪いことなんか何もしていないのに、なぜ僕は鎖につながらなければならないのかって。『誰かのためのララバイ/自由へのためのララバイ』と僕は歌った。雨の日にうろたえていたチョウチョのイメージに自分を重ねたのかもしれない。

時代をノックする音 佐野元春が疾走した社会 山下柚実

元春のアルバムのランニング•オーダーは1、2曲目はビートの効いたナンバー、そして3曲目は少しミディアム•テンポになる事が多い。それのお手本のような楽曲。
アコースティック•ギターとエレピの音色がとても美しく響く。ささやくように歌うボーカルに乗って歌われる"いつか新しい日が 訪れる"というラインは「SOMEDAY」と同じように、"いつか"は来るかもしれない、また反対に来ないかもしれないというアンビバレントの感情をより強く感じちゃうな。
"記憶より遥か深い海で 何かを感じてる君"のラインは「ブッダ」においての"言葉より遥か深い河 流れてる"に繋がるものだろう。

4.ボリビア ー野生的で冴えてる連中 M.91

架空の教室 School  架空の労働 Work 架空の死 Death   ーこのゲームは楽しくない

十代のストリート•キッズについての歌。あの頃僕は、南米文学に熱中していた。ボルヘスとかね。と同時に、ボリビアから来た奴からドラッグを手に入れた知人も知っていた。二つがモチーフになり、『ボリビア』というタイトルが浮かんだんだ。

時代をノックする音 佐野元春が疾走した社会 山下柚実

静かに始まるパーカッションと怪しげなギターリフのイントロは、マリンバの音にかこまれて 本当に小さな天使(ドラッグ)が歩いてきてるよう。ホーン•セクションと左右に振り分けるギターの音が加わって、そこからためにためて"野生的に冴えてる連中"が登場する。ここで聴けるブリンズリー•シュウォーツのギターはトーキング•ヘッズのようなファンキーなサウンドを醸し出すようにプレイをしているそうだ。

登場人物はおかしな格好の男、モーホーク頭で詩人気取りの男。奴が何か言うとしたら?ゆかいな気持ちに破れて彼がツバを吐きながら言うのはきっと、『くたばりやがれ』というセリフに違いない。実在しなくてもここに居るかのように描くのが僕の仕事なんだ。最後の歌詞は『その瞳に映るのは何?』観察者としては、そう終わらせるしかない。これが思慮にすこし欠けたポップスター気取りの作者なら、『ドラッグ最高』で終わるんだろうな。

時代をノックする音 佐野元春が疾走した社会 山下柚実

滅びるまで抱きしめあう。小さな天使によって滅びてしまう事にも恐れず誰よりも強く踊っている。
ホルヘ•ルイス•ボルヘス。南米アルゼンチン出身の作家。
"すべてがここで終わるはずないのさ すべてが終わるわけじゃないのさ"
死に対する意識を同じような心情で表現しているのかもしれない。

この時の、ライヴでは、"野生的で冴えてる連中"の後に"家庭的で萎えてる連中"なんて歌ってましたね。

5.おれは最低

愛する者はいつも寛大、愛される者はいつも残酷

『サムデイ』の作者、人気者の佐野元春君。『ヴィジターズ』で革命家気分、『カフェ•ボヘミア』ではヨーロッパを舞台に文化的アナーキストを気取った佐野元春君。そのすべてを切り捨てたかった。これまで俺は、とほうもなく町の聖者を気取っていただけなんだ、って。そして『おれは最低』と、きっぱり言い捨てていく。そんな自己否定がテーマだった。『佐野元春をステロタイプで括ろうとすることなんて、できやしないぜ』という反抗心でもあった。

時代をノックする音 佐野元春が疾走した社会 山下柚実

いやいやこの曲はかなりショックでしたね。でもその反面、痛快でもありました。

佐野元春というのは世間一般では非常にウェル•プロデュースされたアーティストというイメージがあるけど、実はそうではなくて、どちらかというと支離滅裂ですよね。 

『そうは思いたくないけれども、もしかしたらそうかもしれない』

どちらかというと、自分の衝動みたいなものをコントロールできない人ですよね。

『抑えきれないところはある』

それで、ウェル•プロデュース的な抑圧をかけようとするんだけど、それが成功する場合と失敗する場合がありますよね。

『何が成功で何が失敗か、僕はよくわからないけれども、あとになって、僕はバカな事したなあとか、なぜオレ今まで気取ってたんだろうとか、はっと思う時がある。率直に言えば、デビューから横浜スタジアムの前日まで僕はとても気取っていたんだと思う』

その、気取っていたというのは?

『気取っていたし、正直じゃなかった。う〜ん、何か思い上がっていたような気がする。この仕事をしてると、誰でもそうだと思うけど、どうしても思い上がった気持ちになりがちなんだ』

というか、まあ、それでなければやっていけないところもありますけどね。

『そうかもしれない。けれど、それは良くないということに気付いたんだ』

ROCKIN'ON JAPAN 1988.vol.11
インタヴュー 渋谷陽一

このインタビューは1988年5月号のJAPANだけど、「おれは最低」をハートランドとレコーディングしたのが、1987年の11月なので、この気持ちがこの楽曲にも反映されているのは間違いないと思います。
この時はかなりヘビーな状況だったみたいだね。

奇しくもその頃、結構ダウンな時の佐野元春にしつこく••••••。

『そう!(笑)。あの時のインタヴューはもう、読者の人に言いたいんですけど(笑)、最悪のコンディションで僕が渋谷さんにインタヴューを強要されまして』

それじゃみんな俺が悪いみたいじゃない(笑)。だから、何とかあんまりヘビーなものにしないように私も努力したんですよ。

『あの時はなるべく人に会わないようにしてたんですけれども』

ROCKIN'ON JAPAN 1989 vol.25

これは約一年後の『ナポレオンフィッシュと泳ぐ日』をリリースした1989年6月号のインタビューです。作品がない時とある時の気持ちはやっぱり違うものだよね。

ここの歌の主人公は誰かをスケッチしているのではなく、これは元春自身なんだと思う。一度自分を解放するために必要不可欠な道だったんだと思うな。

ある種の発明だと思うし、より信頼をもたらしてくれた楽曲なのです。

ハートランド•セッションで唯一オリジナルの形で収録されたナンバー。収録するにあたっては、最後まで悩んでいたという。コリン•フェアリーの助言もあって収録されることになった。
この曲においては歌詞の意味を理解しているハートランドの演奏が他の曲と違和感なく存在している。

6.ブルーの見解 M.92

オレは君からはみだしている、か?

仮タイトルが"TALK TOO MUCH"という、しゃべりすぎる誰かに対しての怒りの歌なんだろう。

ヴェルヴェット•アンダーグラウンドの「Sweet Jane」を彷彿させるようなスポークン•ワーズのスタイル。そこには言葉の壁をこえて寄り添うようなブリンズリー•シュウォーツのギタープレイがある。

シェイム」で歌われた静かな怒り。それよりももっとパーソナルな感情があるように感じてしまうのは気のせいではないだろう。

ハートランドからの手紙#43 にヒントがあるのかもしれない。

7.ジュジュ M.93

1986年夏、プールサイドにジュジュはいなかった

この曲がテーマにしているのは、神の不在、あるいは絶対的な規準の不在。もちろん、哲学的に考察したら何冊も本が書けるテーマ。でも僕は体のよいポップソングに仕上げるのが仕事。しかも十四歳の女の子が聴いたら踊りだしてくれるような楽しい楽曲でなければならない。物事に折り合いを付けられない人々に対する歌でもある。折り合いが付いていれば、もう何も言うことはない。でも、僕自身、まだ折り合いが付いていない。君も付いていないとすれば、僕の気持ちを聞いてって。『世界はいつも君を振り向かずにすっと通り過ぎていくだけさ』。僕もそうなんだよ、と聴き手が感じた時、作者である僕と聴き手とが握手する。そもそもポップソング、ロックンロールというものは、物事と折り合いが付いている人が歌うものではないんだ。

時代をノックする音 佐野元春が疾走した社会 山下柚実

ここで言及されている「折り合いがついていない」というのは、ほとんどの人がそうだと思うんだけどね。改めて考えるきっかけになってる。そしてここで共感という言葉が響いてくる。

仮タイトルは「ぼくの神様」ある意味このアルバムのカバーアートとともに象徴的な楽曲なんだろうね。"君がいない"と歌われる。その"君"に関してコメントはあるけど、それぞれの"君"でいいと思うし、特定するものでもないと思う。

ちなみに"ジュジュ"はピート•トーマスのパートナーの愛称なんだそう。

C →Am →Dm →G7という黄金の循環コードにトライしたこの楽曲はボブ•ディラン「I Want You」にインスパイアされているという。

ヴィジターズ』の作品で聴かれたような"音と言葉に継ぎ目のない連続性"をより感じた曲でもあります。

ロカビリーなギターフレーズと全体的なイメージはプリテンターズの「Don't Get Me Wrong」にも通じているようなポップな仕上がりになってますね。
ここで聴ける軽快な元春のアコースティック•ギターはエルヴィス•コステロから借りたもの。

『GRASS』収録の'00mix versionでは、2分10秒あたりから、フィル•スペクターがプロデュースしているクリスタルズの「Da Doo Ron Ron」のフレーズが聴ける。

これらの事を理解すると、コロナ禍で行われた40周年のライヴの1曲目に演奏されたのも納得がいく選曲だったんだなと思う。

今はここに"君がいない"けれど••••••。

今回はここで終わりです。次回はB面に行きます。
では、また!

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?