「ヒトはなぜ「がん」になるのか:進化が生んだ怪物」を読む―がんゲノム医療関連書籍読書、番組視聴、および、ホームページ閲覧記録01:日本医学会総会2023東京 博覧会 知りたい!がんとゲノム医療02

「がんゲノム医療」は、遺伝子情報に基づくがんの個別化治療の1つである。

「がんゲノム医療」では、主にがんの組織を使って多数の遺伝子を同時に調べる「がん遺伝子パネル検査(がんゲノム プロファイリング検査)」によって、1人1人の遺伝子の変化や生まれ持った遺伝子の違い(遺伝子変異)を解析し、がんの性質を明らかにすること、および、体質や病状に合わせた治療などが行われている。全国にがんゲノム医療中核拠点病院、がんゲノム医療拠点病院、および、がんゲノム医療連携病院が指定されており、全国どこでもがんゲノム医療が受けられるようになることを目指して、体制づくりが進められている([1])。

 

前置きはこのくらいにして、本記事でがんゲノム医療に関連する、既読書籍、既視聴番組、および、既閲覧ホームページを順次紹介する。但し、「展示物から「知りたい!がんとゲノム医療」を振り返る:日本医学会総会2023東京 博覧会 知りたい!がんとゲノム医療01」で紹介済みのものを除く。

 

01.キャット・アーニー 著,矢野真千子 翻訳.ヒトはなぜ「がん」になるのか:進化が生んだ怪物.初版,株式会社 河出書房新社,2021年08月30日,360 p.

本著から、私は以下のことを思い知らされた。

01.ゾウやハダカデバネズミの様にがんを発症しにくい動物が存在するとはいえ、がんを発症することは多細胞生物の宿命である。なお、個人的には、ピートのパラドックスは非常に興味深い代物である([2])。


02.多細胞生物はそれ自体が、無数の細胞が連携して働いている「精巧なシステム」である。しかし、これらの細胞の中には、この「精巧なシステム」を滅ぼしてまでも、自己の生存を最優先する「裏切者」(これががん細胞になる)が存在し、かつ、免疫系はこうした「裏切者」を完全に排除できない。


03.遺伝子変異ががんを引き起こし、それによる遺伝子の損傷は特徴的なパターンを示す(これががんゲノム医療の根拠となる,[3])。

こうしたがんの原因としては、外的要因(例.化学物質、喫煙、放射線、ウイルス)と内的要因(要は、細胞がDNAを複製する際に起きたランダムなエラー)に大別されるが、がんを引き起こす変異の3分の2近くは内的要因に由来する([4])。要は、「がんに罹ったとしても、気に病む必要はない」ということである。

がんウイルスの発見は「がん遺伝子」発見の土台になった。


04.がん遺伝子とがん抑制遺伝子の関係は思った以上に複雑である。実際、肝臓ではがん抑制遺伝子p53が過剰に働くことで、かえってがんの発生が促進されるわけだし([5])。

中年男女(年齢層は55~73歳)の瞼の皮膚組織(一見すると完全に正常に見える)を調べたところ、これらの細胞に何千個もの遺伝子変異が見つかった(中には、完全にがん化した腫瘍細胞に見つかるのとほぼ同数の変異を抱える細胞もある)。また、一見すると完全に正常に見える皮膚組織であっても、実際には変異した細胞集団がいくつもあり、パッチワークの様に入り乱れている。

このことなどから、細胞に遺伝子変異が生じても、必ずしもがん化するわけではない。言い換えれば、人体などの多細胞生物における正常組織の大半には、この種類の微小な遺伝子変異が多数存在する。はっきり言って、生物の体は思っている以上に、頑丈かもしれない。


05.加齢や炎症(特に慢性炎症)は多細胞生物の内部環境(特に組織におけるそれ)を変える、また、細胞の振る舞いは内部環境次第で変わる。

がん予防の中で、最も効果的なものは、がん予防ワクチン(例.HPVワクチン)、ピロリ菌除菌治療([6])、および、禁煙程度である。その程度でも十分と言えば、それまでだけどね。

若い時はがんの発生を抑制できる理由に関しての基礎研究が不十分である。


06.がんは身体内を生息地とする遺伝学的に多様な細胞の集まりで、自然選択のルールと気まぐれに影響される。それにしても、染色体粉砕(クロモスリプシス)という現象は実に興味深い([7])。


07.がんは身体で常に進化し続ける複雑で、かつ、適応と生き残りを求めてあらゆる種類の多様化と刷新を繰り出す力を有する生態系である。いくら人類が分子標的薬やがんゲノム医療で対抗しても、人類とがんの間で鼬ごっこは続くだろうし([8])。

実際、がんは、新しい血管(腫瘍血管)を作って周囲の血管から血液を引いてくる(血管新生)だけでなく、がん細胞自らが血管に変化する(血管擬態)わけだし([9])。

しかも、がん細胞はエクソソームを使って他の臓器に転移するだけでなく、正常細胞をがん化させる可能性もあるわけだし([10],[11])。


08.ドセタキセル感受性前立腺がん細胞では、一部の細胞はDNAを複製しながら、その後に2つに分かれない(要は不完全な細胞分裂)。一方、二倍体細胞のペアが融合して、倍数体細胞になった後、その巨大な倍数体細胞は普通の二倍体の娘細胞を2つ「産んでいた」。しかも、こうした娘細胞は全てドセタキセルに耐性を示していた。

がん細胞が正常細胞と融合している証拠もある。

なお、イヌ、タスマニア デビル、および、二枚貝の伝染性がんは、非常に興味深いものである([12],[13],[14])。


09.BRAF遺伝子変異は悪性黒色腫細胞や大腸がん細胞に認められるが、ベムラフェニブ(販売名『ゼルボラフ®錠 240mg』、中外製薬株式会社)は前者のがん細胞には有効だが、後者のがん細胞には使えない。なぜなら、後者の細胞はベムラフェニブで阻害される増殖シグナルを使うことをやめて、以前と同様の速さで増殖させる別のシグナルを活性化させるためである。

いくら優れた新薬や免疫療法(例.キメラ抗原受容体(Chimeric Antigen Receptor:CAR)-T細胞療法)といえども、従来の薬と比較して、全生存期間を数カ月から数年延長させる程度である(それでも、いやそれだからこそ、終活に向けての時間を十二分に稼げると私は考える)。それに、がん治療、特にこうした新規治療法の「経済毒性」はがん患者やその家族にとっては、非常に重要な問題である([15])。

また、ある種類のがんに対する上記の新規治療法の臨床試験に参加する患者はいわば「厳選された優良患者」(臨床試験の特性上、仕方がないことである)であって、臨床現場で実際に治療を受けているがん患者は彼らと比較して、高齢で弱い(心臓病、糖尿病、および/または、認知症などの疾患にも罹っているため)。しかも、臨床試験に参加できる「真面目な」患者と異なり、実際のがん患者の中には、仕事などの経済的な理由で通院すら困難な人もいれば、億劫になってしまう人もいる。また、こうした新薬の副作用に悩まされ、勝手に服用などをやめてしまう人もいる(言っておくが、きちんと主治医などに相談しましょう)。医療ビッグ データが重要視されることはある意味、必然か…。

がん治療は医療従事者だけでなく、患者やその家族に対しても、「頭を使う」ことを要求するからね。こうした要求に応えられない、患者やその家族がいても仕方がないか(だからと言って、これがニセ医療に嵌る言い訳には決してならない!)。


10.分子腫瘍学者Robert Gatenby(以下敬称略、モフィットがんセンター、米国フロリダ州タンパ)による「適応型療法(adaptive therapy)」(腫瘍の応答の仕方に応じて、薬剤抵抗性細胞と感受性細胞の数のバランスを維持することを目的とするが、これは比較的容易な治療法である)は実に興味深い([16])。

極端な話、がん患者やその家族にとっては、日常生活を営めるほどの生活の質(quality of life:QOL)さえ維持できれば、どのような治療法(当然標準治療やその候補である)でも構わないわけだし。


11.「高用量の化学療法や高額な分子標的薬を用いるよりも、症状や痛みを和らげる緩和ケアを選んだ方が、生存期間が延び、QOLが上がることを示す臨床データが増えている」とのことだが、これは十分に理解できる。緩和ケアには、進行肺がん患者のQOLを上げるだけでなく、生存率も上げる力があるわけだし([17])。

がん治療、特に、がんゲノム医療などの薬物療法は、医療従事者だけでなく、患者やその家族にとっても、「知力、体力、および、気力を要求する」治療法だからね。例えば、認知症などの罹患により、患者やその親族が「知力や気力の限界に達する」と感じた場合は、医療従事者と相談したうえで、緩和ケア(これもまた標準治療)に完全移行する方が、患者やその家族のQOLが上がるだろう。


本来なら、他の書籍などに関する感想を述べるつもりだったが、結果的に「ヒトはなぜ「がん」になるのか:進化が生んだ怪物」の感想を述べることになった。

また、本来なら、がんゲノム医療を紹介するどころか、結果的に緩和ケアを紹介することになってしまった。


日本人が一生のうちにがんと診断される確率(2019年データに基づく)は男性で65.5%(2人に1人)、女性で51.2%(2人に1人)である。また、がんで死亡する確率(2021年のデータに基づく)は男性で26.2%(4人に1人)で、女性で17.7%(6人に1人)である([18])。


「がんに罹っても必要以上に恐れずに、きちんと向き合えばよい」という心構えとして、この書籍は読む価値があると私は考える。それに、この本を丹念に読めば、ニセ医療に簡単に騙されることはないだろう(要は魔除け)。

ということで、この書籍はお勧めである。


2023年05月04日に本記事が掲載されたが、03日に私は亡父の25回忌を迎えた。なお、父は胃がんで亡くなった。もしかしたら、「がんに罹っても、大丈夫だ。なんとかなる」と自分に言い聞かせるために、私は本記事を執筆したのかもしれない。これもまた、「縁」ということである。




参考文献

[1] 国立研究開発法人 国立がん研究センター.“がんゲノム医療 もっと詳しく”.がん情報サービス ホームページ.診断と治療.がんゲノム医療とがん遺伝子検査.がんゲノム医療.2022年11月24日.https://ganjoho.jp/public/dia_tre/treatment/genomic_medicine/genmed02.html,(参照2023年05月02日).

[2] 株式会社メテオ.“哺乳類の癌リスクは肉食かどうかで決まる?:ピートのパラドックス再検”.メディカル オンライン ホームページ.海外ジャーナル レビュー:「癌」.https://www.medicalonline.jp/review/detail?id=3877,(参照2023年05月02日).

[3] 中外製薬株式会社.“代表的な遺伝子変異”.おしえて がんゲノム医療 ホームページ.遺伝子変異に合わせたがん治療とは.https://gan-genome.jp/treat/typical.html,(参照2023年05月02日).

[4] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“がん発症原因の大半はDNAの複製エラー”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 14 No. 6.News.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v14/n6/%E3%81%8C%E3%82%93%E7%99%BA%E7%97%87%E5%8E%9F%E5%9B%A0%E3%81%AE%E5%A4%A7%E5%8D%8A%E3%81%AFDNA%E3%81%AE%E8%A4%87%E8%A3%BD%E3%82%A8%E3%83%A9%E3%83%BC/85984,(参照2023年05月02日).

[5] 国立大学法人 大阪大学.“がん抑制遺伝子の働き過ぎでもがんに 肝臓における新たな発がんメカニズムの解明”.ResOU トップページ.生命科学・医学系.2022年06月16日.https://resou.osaka-u.ac.jp/ja/research/2022/20220616_1,(参照2023年05月02日).

[6] 大塚製薬株式会社.“ピロリ菌の検査と除菌治療”.大塚製薬 ホームページ.健康と病気.健康な胃をとりもどそう.https://www.otsuka.co.jp/health-and-illness/h-pylori/tests-and-eradication/,(参照2023年05月03日).

[7] サーモ フィッシャー サイエンティフィック株式会社.“クロモスリプシス:がん研究の新たなフロンティア”.サーモ フィッシャー サイエンティフィック ホームページ.Learning at the Bench.分子生物学実験関連.2021年03月19日.https://www.thermofisher.com/blog/learning-at-the-bench/chromothripsis_ma_gsd_ts_1/,(参照2023年05月03日).

[8] 国立大学法人 金沢大学.“肺がん細胞が分子標的薬から生き延びるメカニズムを解明!”.金沢大学 ホームページ.2019年01月16日.https://www.kanazawa-u.ac.jp/rd/63982,(参照2023年05月03日).

[9] 学校法人 慶応義塾大学 理工学部・理工学研究科.“がんと血管:「相手を呼ぶ」か「自らなる」のか”.慶応義塾大学 理工学部・理工学研究科 ホームページ.学問のすゝめ.https://www.st.keio.ac.jp/education/learning/2008.html,(参照2023年05月03日).

[10] 国立大学法人 東京工業大学.“エクソソーム研究でがん転移のメカニズム解明に挑む”.東京工業大学 トップページ.研究.研究ストーリー.2021年05月掲載.https://www.titech.ac.jp/public-relations/research/stories/next04-hoshino,(参照2023年05月03日).

[11] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“がん細胞の排出物が正常細胞をがん化させる!?”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 12 No. 1.News.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v12/n1/%E3%81%8C%E3%82%93%E7%B4%B0%E8%83%9E%E3%81%AE%E6%8E%92%E5%87%BA%E7%89%A9%E3%81%8C%E6%AD%A3%E5%B8%B8%E7%B4%B0%E8%83%9E%E3%82%92%E3%81%8C%E3%82%93%E5%8C%96%E3%81%95%E3%81%9B%E3%82%8B%EF%BC%81%EF%BC%9F/59348,(参照2023年05月04日).

[12] 株式会社 日経ナショナル ジオグラフィック.“イヌの伝染性の癌、起源は1万年前”.ナショナル ジオグラフィック トップページ.ニュース.宇宙&科学.2014年01月27日.https://natgeo.nikkeibp.co.jp/nng/article/news/14/8799/,(参照2023年05月04日).

[13] 株式会社 日経ナショナル ジオグラフィック.“タスマニア デビルの伝染性がん、再生産数が激減、風土病レベルに”.ナショナル ジオグラフィック トップページ.ニュース.環境.2020年12月14日.https://natgeo.nikkeibp.co.jp/atcl/news/20/121200734/?P=1,(参照2023年05月04日).

[14] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“【がん】複数種の二枚貝で見つかった伝染性がん”.Nature Japan ホームページ.Nature.注目のハイライト.2016年06月23日.https://www.natureasia.com/ja-jp/nature/pr-highlights/11358,(参照2023年05月04日).

[15] 株式会社 日経BP.“がん治療の「経済毒性」を知っていますか?”.日経メディカル Online ホームページ.医師TOP.特設サイト.日経メディカルOncology.日経メディカルOncologyリポート.2023年04月13日.https://medical.nikkeibp.co.jp/leaf/mem/pub/search/cancer/report/202304/579233.html,(参照2023年05月04日).

[16] シュプリンガー ネイチャー・ジャパン株式会社.“がんの進化を利用した治療戦略”.Nature Japan ホームページ.Nature ダイジェスト.Vol. 13 No. 7.News Feature.https://www.natureasia.com/ja-jp/ndigest/v13/n7/%E3%81%8C%E3%82%93%E3%81%AE%E9%80%B2%E5%8C%96%E3%82%92%E5%88%A9%E7%94%A8%E3%81%97%E3%81%9F%E6%B2%BB%E7%99%82%E6%88%A6%E7%95%A5/76222,(参照2023年05月04日).

[17] 株式会社LIFULL senior.“「緩和ケア」と「がん治療」--生活の質だけでなく余命も伸ばす治療法”.tayorini ホームページ.YouTubeクリニック×tayorini.2021年07月02日.https://kaigo.homes.co.jp/tayorini/youtube_clinic/06/,(参照2023年05月04日).

[18] 国立研究開発法人 国立がん研究センター.“最新がん統計”.がん情報サービス ホームページ.がん統計.2022年11月16日.https://ganjoho.jp/reg_stat/statistics/stat/summary.html,(参照2023年05月04日).

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