これから身につけるべき職能は何か-テクノロジーに仕事を奪われかけていた(いる)業種から学んだこと-


ヤマシタマサトシ(OFFRECO/空間デザイナー)さんとってぃさんがプロダクトや建築家、事づくり(サービス)、場づくりなどに関わる全てのデザイナーにとって為になるnote記事を書いてくださいました。

それはTHE GUILD勉強会#2のまとめと個人の見解が書かれていました。

詳しくは


ぜひ読んでみてください。

そしてできれば読まれた方の今の職能や副業に当てはめてみてください。

この記事を読みながら僕は22歳でテクノロジーに出会った時のこと、そして25歳で団体を立ち上げてやってきた活動のこと、さらに28歳で決めた覚悟のことを思い出しました。

今回は、自分でも自分がやってきたことを振り返りながら、これからのデザイナーの生きる道の1つを提示できればと思っています。

※かなり個人的な思考が入りますので、皆さんはヤマシタさんやとってぃさんの記事を読んで自分自身で咀嚼し、そして僕の意見は参考程度に読んでいただければ幸いです。

もしお時間がある方は、これまで僕自身が10年かけて考えてきたテクノロジーとの共存方法をまとめていますので、ぜひマガジン登録のほど、何卒よろしくお願いいたします。


テクノロジーに仕事を奪われかけている人たちとの出会い


僕は8年前の26歳の時に地方を活動拠点とする団体「-NAVI(ハイフンナビ)」を立ち上げ、滋賀県にある信楽焼の産地に目を付け、活動を開始しました。

日本財団から助成金をいただくなどしながら、グローバル化の時代を予見し、日本の伝統文化の素晴らしさを伝えるべく活動を約2年間続けました。

そんな活動をしながら、陶芸の産地でもあることから、陶器のデザインの仕事やその販売マーケティングに携わるようにもなりました。

直火ができるお皿など、これまで産地になかったデザインや機能を提案し、新宿OZONEで行われたTEIBAN展という販売会では僕がデザインした商品だけで1日10万円を超える売り上げをあげるほどでした。

そんなデザイナーとしても活動している最中、ある業種に出会いました。

その業種は、オンラインショップや個人ギャラリーの出現、運送の発展などテクノロジーの進化によって急速に衰退していると言われていました。

それは卸し(おろし)です。

バブルの頃やもっと前の時代には、陶芸家は作った商品を卸しに託して都会などで売ってもらうことで生計を成り立たせていました。

特にバブルの頃には「作れば売れる」時代だったそうで、誰も今の「物が売れない時代」を予測できていなかったそうです。

僕は卸しを本業とされている方々の存在にも気づかず、陶芸の産地にとっては「売れること」や「知ってもらうこと」が大切だと考え、デザイナーとして卸しを通さずに陶器を売る仕事を全うしていました。

でもある日、卸しの存在を知った時に、22歳(学生時代)に出会ったテクノロジーのことを思い出し、自分自身も今からやるべきことがあると考えるようになりました。


自分で作れることが重要になる


卸しが衰退した大きな要因は、作り手である陶芸家がオンラインショップなどで自分で商品を売ることができる時代になり、空き家を利用して店舗を持つことができ、そのブランディングとしてHPの開設や郵送の発達により展示会に自分自身で出展できるようになったことだと思います。

さらにパソコンやプリンターの登場で、チラシなどの情報発信も作り手自らができるようになったことも大きな要因です。

テクノロジーは、確かに多くの人に利益や合理性を与えてくれます。

しかし、職能を代替えされる立場の人にとっては、それは本当に恐ろしいことだと思います。

建築学科で学んでいた学生時代、今でいうビックデータや人工知能によって建築家の職能がある程度奪われ、仕事が激減しさらに、人口減少などがそれに拍車をかけると考えてきました。

その思考もあって、卸しという業種との出会いは身に染みるものでした。


「エンジニア」が「デザイナー」を兼任し始めた時代


先ほどの「作り手が自分自身で物を売れる時代」というのは、言葉を変えると「エンジニア」が「デザイナー」という職種を兼任できる時代になったということです。

昔の陶芸家は卸しに求められる(卸しが売れるとする)陶器を作っていたのですが、テクノロジーの進化によって自分が作りたいと思う陶器を作り始めたのです。

他の業種であれば当たり前だったかもしれませんが、当時の信楽ではまだ新しいイノベーションでした。

では、僕のようなデザイナーはどうなるべきなのか、という問いに悩まされました。なぜなら単純に「物をデザインする人」はいらないからです。

僕はこの流れからUXやUIが生まれたのだと思っています。ただデザインをするだけであれば陶芸家自身がやればいいのです。陶芸以外の分野でも然りです。

この頃、僕も陶器のデザインだけではなく、陶芸のイベントを企画するなど「体験」のデザインをし始めました。約7年前の話です。


これからのデザイナーにはたくさんの選択肢があると思います。

そこで僕が考えたのがデザインをしたりマーケティングを考えたり、体験をデザインしたりする以外に「自分で作れるという能力を身につけること」でした。


「マス」で生きるか「ニッチ」で生きるか


先ほど書いたようにこれからのデザイナーには本当に色々な選択肢があると思います。

僕はテクノロジーを「マス向け」、その時に関わっていた工芸を「ニッチ向け」と考えていました。

「マス」で生きるか「ニッチ」で生きるか。

というのは大げさですし、どちらかだけで生きていくことは難しいと思います。

でもどちらかを意識しておくことはとても大切だと思います。

僕はずっと変化し続けること、そしてそれを追い続けることに多分疲れると思い、普遍に近い「ニッチ」なブランド構築を目的にすることを、本業以外の個人的な活動の中で意識するようになりました。


そこから目指したアートとデザインの融合



僕は「自分で作れてニッチ」の条件を「誰にも真似できない技術や世界観」と考えました。それを可能にしてくれそうだったのが「アート」の分野でした。すぐにアートの分野で作品を作り出しました。

この時に指針にしたのが、これまで自分が建築やデザインで培ってきたものを使ってアート作品を作ること、そして出来上がって自分でも納得のいくアート作品のセンテンスをデザインや建築にフィードバックすることでした。

一度別の分野に移行してまた帰ってくることで、これまでのデザインや建築にはない自分だけのデザインを生み出すことに挑戦しました。

Art in the office CCC awardなどの折り紙のオリジナル技術を使って

フラクタルの造形を持った茶室を製作。

フラクタルは自然に存在するものであることから、この茶室は宇宙まで繋がるというコンセプト。

この作品はU-35建築家展でも伊東豊雄氏に評価をいただけました。


「ニッチ」の活動と共に本業で扱うテクノロジー


まず「誰にも真似できない技術や世界観を3年間で習得する」と家族に約束しました。なぜ3年間かといえば、これだけのアート作品を作るには本業に手が回らなくなることもあるからです。で、仕事を依頼してくださる方々にも迷惑をかけないためにも、切りが良い仕事を徐々に減らしていきました。まだ子どももいなかったからできた覚悟でした。

未来の本業のために副業の副業に3年間だけ投資する

本当に勇気がいることでしたが、なんとかやりきりました。

そして自分の作品に価値を生むためにも、そして本当に価値があるのかを確認するためにもアートコンペなどへの挑戦をしました。

この3年間でONCRIアートコンペ、横浜アートコンペティション、Art in the office CCC awardなど日本有数のアートコンペで評価を得ることができました。(アートへの挑戦は時間がある時に少しづつ続けています)

そんな3年間を終え、自分自身を世に広げるためにもU-35建築家展への挑戦やさらに作品や自分自身を社会に売り込むために、より社会性の強いLEXUS DESIGN AWARDへ挑戦をしました。

すると本業でiotを活用した街を作るという大規模なお仕事の話や3Dプリンターなどの最新技術を使って新しい試みをしたいというスタートアップのお仕事の相談がくるようになりました。

そこで感じたのが、多くの仕事でテクノロジーによって生まれる技術(マス)などを使って、固有のブランドを目指す(ニッチ)企業や個人が増えているということでした。

足並みを揃える時代は終わりを告げているのだと実感しました。


独自が集まって経済圏を創造する


僕は今TAKEHANAKE design studioを主宰しながらKURA COCOLONOという体験型実店舗のオーナーをしています。

今は僕や信楽焼の文五郎窯さんなどの作品が収蔵され、LEXUS DESIGN AWARDで評価をいただいた移動可能な陶芸窯体験ができる場です。この場所の近くには世界に誇れる食べ物やお酒、自然などがあり、観光も楽しめる場として「みんなの居場所」のデザインをしてきました。

さらにこれからは、今後増えるであろう「独自ブランドを持つ人たち」、言葉を変えて「独自経済圏を持つ人たち」が集まれる場所も創造したいと考えています。

この集まり方を勝手に「ワンピース方式」と呼んでいます(笑)


そう漫画のワンピースです。

国に頼らず、自分たちだけである程度生きていける「独自が集まる経済圏」KURA COCOLONOを目指し、日々奮闘しています。

だからこそ海外向けのマーケティングも意識してきました。


これからのデザイナーがどうなっていくのか。これは誰にも分からないことだと思います。

しかし僕は「マスを意識しながらニッチを生み出すことこそがデザイナーの役割ではないか」と考えています。

noteというマス向けのプラットフォームを使って、自分だけのニッチな記事を書く。これもデザイナーの1つの役割です。

そしてまずは自分で考え、そして行動して、失敗すればやり直すことに慣れておく他ないとも考えています。


竹鼻良文/TAKEHANAKE代表

TAKEHANAKE design studio HP

TAKEHANAKE BRAND


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