大江健三郎、こんなのもあります

 これも座談会本『大江健三郎とは誰か』(三一書房)に載せたものです。代表作にはなっていないけれども、もしかすると代表作より面白いかもしれないものを選んでいます。文体等いくらか修正しています。

 文中で手に入りやすいものを紹介していたはずが、20年近く経って入手困難な文庫本もいくつか出ています。品切れのものは、せめて電子版にしてもらいたい。


 大江健三郎の小説のベストテンを作るようにという企画なのですが、既に様々なメディアが「代表作」「名作」として扱ったものを改めて取り上げるのも「釈迦に説法」「猿に木登り」、または「屋上屋を架す」ことにしかならないので、従来「代表作」「名作」のうちに数え上げちれずに来た小説の中から、いや、しかしこれはこれで大江健三郎らしい小説だよ、というものを選びました。なお、カッコ内は初出誌および単行本の出版社・発行年と現在手に入りやすいテキストです。

「人間の羊」(『新潮』1958年2月号→新潮文庫「死者の奢り・飼育』1959年)
 どうしても文芸雑誌初登場の「死者の奢り」や芥川賞を受賞した「飼育」の影に隠れることが多いのですが、大江健三郎の初期の小説の中でも特によくまとまり、初めから最後まで緊張感が緩まずに維持されている好短篇です。前半の〈外国兵〉が「羊撃ち、羊撃ち、パンパン」と歌っている場面の軽快とも言える奇妙なリズムから、後半の〈僕〉が〈教員〉から執拗につきまとわれ追い回される場面の間延びした時間へのつながりも見事。特に後半部は何度も読んでどういう展開になるかわかっていても、読んでいて嫌な気持ちになってくる鬱陶しい負の名場面である。ただ、大江健三郎自身が好きな短篇の一つにあげている(『國文學』1971年1月号の「インタビュウ」)のは癪なところではありますね。
「ここより他の場所」(『中央公論』1959年7月号→新潮文庫『見えるまえに跳べ』1974年)
 大江健三郎の小説の図式性が批判される時によく言及される短篇であります。つまり、冒険的な非日常の生活と平穏な日常生活との対比ということなんですが、小説が図式的であるということそれ自体は別に批判されるようなことではないわけです。この小説は他愛ない女と男のやり取り(かけひき?)が主軸となっていて、真夏の密室の不快な場面がうまく描かれています(この男も「われらの時代」の南靖男などと同様のいわゆる「永遠の少年」タイプですね)。また、ディテールに関して言えば、〈青年〉が見る夢の光景が実に大江健三郎らしいブッキッシュな(南洋一郎やメルヴィル)冒険のイメージになっていて(もっとも読書体験を媒介としない「冒険」などありえないのですが)、特に後半の『白鯨』に基づいた夢を「青年の汚名」と結びつけて話を広げていくこともできますね。それにしても「心づかい」というのは、何とまあ持ってまわった言い回しなんでしょうか。
「青年の汚名」(『文學界』1959年8月号・10月号~60年3月号→文春文庫、1974年)
 大江健三郎としては珍しく四国の山村ではなくラジオ・ドラマの取材に赴いた北海道の孤島を舞台にしています。なので、この中の〈荒若島〉のモデルは礼文島ではあるのですが、実在の島とは全く別の独特の想像=創造空間を作り出しています。読みようによっては僻地の問題や日本の産業構造の変化の問題を扱った小説として扱うことも不可能ではないのですが、それよりもこの前に書かれていた長篇「われらの時代」と並べて、一人の青年の自分を求めた戦いの(挫折の?)記録として読む方が面白い。また「青年会」のリーダーの隆次は「われらの時代」の八木沢(大西巨人と吉本隆明が全く逆の評価を下しているキャラクター)と同じタイプの活動家であり、後の「万延元年のフットボール」の鷹四にもつながっています(りゅうじ→たかじ→たかし。ちなみに『燃えあがる緑の木』の〈ギー兄さん〉の本名は隆)。さらに青年たちの敵役であるはずの〈鶴屋長老〉も『白鯨』のエイハプ船長を連想させる魅力的な人間です。
「日常生活の冒険」(『文學界』1963年2月号~64年2月号→新潮文庫kindle版、2014年)
 最近の「燃えあがる緑の木」にいたる〈僕〉が語り手となっている小説はこれが原型となっています。主人公は斎木犀吉という大江健三郎の実際の友人数名(伊丹十三・江藤淳など)をかきまぜたような才気あふれる(あふれすぎて空回りしてしまう)青年で、当時の都会風俗(もちろん大江健三郎らしい現実離れした部分はあるのでしょうが)がかなりおもしろく描かれている。また、大江健三郎を思わせる〈僕〉が自分が小説家となり、様々なトラブルに出会いながら小説家として生きていくことを選び取る過程も描かれている青春小説です。「懐かしい年への手紙」は新たな方法で「日常生活の冒険」を書き直したものと言えるのですが、逆に「懐かしい年への手紙」の中に「日常生活の冒険」を書いた頃のことが書かれていたらどうなっていたのか、という多少意地の悪い疑問もおこってきます。
『空の怪物アグイー』(短篇集、新潮文庫、1972年)
 文庫オリジナルの好短編集。とにかく手を変え品を変えした短篇が収められています。注目されやすいのは、やはり「個人的な体験』との関係が指摘されている(もともとは大江健三郎の自己申告によるので割り引いて考えた方がいいのかもしれませんが)表題作ですが、その他の短篇もなかなか楽しめます。例えば(これも「個人的な体験」と関係しているのですが)〈鳥〉の前史とも言える「不満足」には、信頼しあっている若者たちの間の決定的な別れや、自分でも抑制できない不意の熱中という、大江健三郎の小説で繰り返し語られているモティーフを読み取ることができます。また、「スパルタ教育」の〈若いカメラマン〉が恐怖と憂鬱から無鉄砲な行動をきっかけに解放されるというプロットには、大江健三郎の小説の基本構想が現れていて(詳しくは同じnoteの「大江健三郎の小説をささえるもの」を参照してください)、既に「個人的な体験」のあの結末を用意しています。その他にも「アトミック・エイジの守護神」、「犬の世界」などの奇妙なユーモアも味わってもらいたいのです。
「核時代の森の隠遁者」(『中央公論』1968年8月号→新潮文庫『われらの狂気を生き延びる道を教えよ』1975年)
 大江健三郎は近年短篇と長篇とを密接にからみつかせる書き方をしているけれども、「核時代の森の隠遁者」は「万円元年のフットボール」の後日譚であり、最近の方法の先駆となる小説です。蜜三郎にあてた〈住職〉の手紙という設定にしても、「万延元年のフットボール」以後の語り方に関する新たな模索の一つと見ることができる。この手紙の文体(語り口)は、例えば「ピンチランナー調書」の〈森・父〉や、「同時代ゲーム」の〈僕〉のそれへとつながっていきます。〈住職〉を取り巻く村人たちのエゴイズムなど、この小説自体の読みどころはいろいろあるのですが、ここでは〈住職〉の繰り返し用いる「自由」という言葉の面白さを挙げておきます。これはなにものにも拘束されていないという意味の自由ではなく、そんなものがありえないことは彼にはよくわかっているのです。彼や蜜三郎だけではな大江健三郎の小説の登場人物はみな「自由」を求めているのです。
「さかさまに立つ「雨の木」」(『文學界』1982年3月号→新潮文庫『「雨の木」を聴く女たち』1986年)
 「雨の木」連作の最後の一篇であり(「泳ぐ男―水の中の「雨の木」」は番外編的なので)、自分自身の書いた小説を次の小説に取りこんでで方法を用いた最初のものとなります。「頭のいい「雨の木」」と「「雨の木」を聴く女たち」の間は作曲家〈T〉の音楽(もちろん小説の中では言葉で表現されているのですが)が媒介しているのに対して、それら二つの小説と「さかさまに立つ「雨の木」」とを結びつけているのは先行する小説それ自体の言葉であり、また小説家〈O〉の小説を書く(書いた)行為です。一つの小説を書いたことが、小説家のまわりの人間を動かし、小説家自身も動かざるを得なくなる。小説を書くことが小説家に対してどのように働く(はねかえってくる)のか、またそこからどのように新たな小説が生まれていくのかを、この短編は描いています。もちろん、どうしても変わり得ないことや、どうしても手のとどかないことにも触れているのですが。
「揚げソーセージの食べ方」(『世界』1984年1月号→文春文庫『いかに木を殺すか』1987年)
 おそらく、この短篇は今まで大江健三郎を論じたものの中では一度も触れられたことがないでしょう(一九九五年時点の話です)。しかし、最近の大江健三郎の短篇の構成―ほんのささいな日常の体験から自分にとって重要だった人のことを思い出す―がわかりやすく現れていますし、ディテールもいろいろとおもしろい。「核時代の森の隠遁者」の〈隠遁者ギ―〉と「懐かしい年への手紙」の〈ギー兄さん〉の間をつなぐ〈兵衛伯父さん〉が主人公(?)です。四国の故郷の村にいる(いた)独特な人間を描いた小説は他にもあるが、〈兵衛伯父さん〉は〈僕〉に対してはほとんど何も語らないという点で特にユニークである。彼もまた「核時代の森の隠遁者」の〈住職〉が語る「自由」をもとめる人間の一人なのだろう。
「キルプの軍団」(岩波書店、1988年→講談社文庫、2007年)
 小説家の〈O〉、つまり他の小説の語り手〈僕〉の息子の〈オーちゃん〉が語り手となっていて、発表時は異色な印象を与えた長篇小説でした。「世界の悪というか、悪意というか、そういうもの」に対して人間はどのように抗していけるのか、もし「世界の」「悪意」に出会ってしまったとしてその後どのように生きていくことができるのか、という答えようのない課題があることに少年が気づいて(気づかされて)いく物語です。設定・ストーリー自体は重いのですが、〈オーちゃん〉の人と出会うこと、言葉を使うことに対する初々しさが小説全体に救いを与えております。また、小説に関してはシロートである息子がプロの父親に読み方を質問する箇所などもあり、いわば初心の読者に対する小説の読み方の啓蒙書として読むこともできるでしょう。もっとも、そこで語られているのは、小説は我田引水でも何でも自由に読めばいいということなんですけどね。
『静かな生活』(短編集、新潮社、1990年→講談社文芸文庫、1995年)
 こちらは小説家〈O〉の娘〈マーちゃん〉が語り手となっています。この小説や前述の「キルプの軍団」、また『治療塔』二部作(岩波書店、1990年・1991年→講談社文庫、2008年)といった小説家〈僕〉以外が語り手となる小説を通して、「燃えあがる緑の木」の語り手〈サッチャン〉が出来上がっていったわけですね。この中では「キルプの軍団」と並んで、子供の立場から見た小説家〈O〉が登場していて、さえない社会生活不適格者として描かれています。もちろん、このあたりは太宰治などから続いている家族の眼から見た小説家の典型的な姿なのではありますが。この中でも、小説を書くことが小説家にとって持つ意味が〈マーちゃん〉なりの受けとめ方で語られています。もちろん、〈イーヨー〉、〈オーちゃん〉の二人の兄弟との不安とワクワクする気持ちの入り混じった共同生活が、まるで『十五少年漂流記』のように(海賊の役回りを演じる痴漢や〈新井君〉も出てくる)描かれているのです。

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