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夢のゆくえ -銀河鉄道の夜- ⑩


 第十章 はじまりとおわりの駅

 旅の終わりが少しずつ近づいていることは、汽車に乗っている三人にもわかっていました。
 車窓からみえる夜の空気は澄みきっていて、チカチカとまたたく星屑の光はダイヤモンドのかけらのようでした。
 最後の停車場に着くまでのあいだ、三人はそれぞれ気のむくままおしゃべりをしたり、外の風景をぼんやりとながめていたりして時間を過ごしていましたが、そうしてるあいだにも、刻々とさみしさはつのってきます。いっそのこと、このままどこへもたどり着かずに、三人で汽車に乗ったまま銀河のはてのはてまで、いつまでも冒険することができたらいいのに、とタルカはおもいました。
 ですが、はじまりがあればおわりがあるように、この汽車が走っているかぎり、いつかかならず目的地にたどり着きます。どんな物語にもいつか終わりがおとずれるように、永遠におわりのない旅など、およそありえないことなのです。
 しばらくすると、風景のなかに町の明かりがぽつりぽつりとみえてきました。それにつれて影絵のように映る建物もつぎからつぎと流れ過ぎてゆくようになると、汽車はしだいに速度をゆるめ、やがて停車場とおもわれる暗い場所で停止しました。
 タルカは客車のとびらを開け、エマといっしょに乗降場に降り立つと、そこは初めてこの銀河鉄道の汽車に乗ったとき訪れていたあの廃駅でした。
 うしろを振り返ると、ジョバンナはまだ汽車のなかにいます。とびらの内側に立って、じっと二人のほうをみつめていました。
「あなたたちとはここでお別れね。わたしは、そちら側へは行けないから」
 エマはつないだ手をぎゅっとにぎりしめながら、とてもかなしそうに兄の顔をみました。タルカもまた、少しさびしそうな面持ちで妹の目を見返すと、ちいさくうなずきました。しかしエマは不服そうにうつむくと、「いやだ、みんないっしょに行こうよ」と言ってぐずつき、とうとう泣きだしてしまいました。
 ジョバンナがやさしくほほえみながら言います。
「あなたたちといっしょにいろんなところへ行けてとてもたのしかったわ。銀河鉄道の旅はここでおわりだけど、あなたたちはこれからも二人で、もっといろんな、すてきな旅をつづけてね」
 汽笛の音が鳴りひびき、汽車の出発を知らせました。
「――エマ、お兄ちゃんの言うことをきいて、いつまでも仲よくしてね」
 あたりが見えなくなるほど周囲には白い蒸気がたちこめ、汽車はゆるやかに走り出しました。
「タルカ、病気やケガにはくれぐれも気をつけて、いつまでも元気でいてね。さようなら――」
 遠ざかってゆく客車の出入り口から身を乗り出しながら、ジョバンナはいつまでも手を振っていました。タルカも手を振って見送りましたが、エマはうつむいたまま泣きつづけていました。やがて汽車は暗闇のなかに消えてみえなくなりました。夜空を見上げると、レモン色の満月がやわらかな光を放ちながら平然とうかんでいます。ふしぎなくらい明るい月夜でした。
 その月明かりをたよりにタルカとエマは下宿をめざして歩き出しました。ぐずついてなかなか前に進もうとしなかったエマでしたが、そのうち泣きつかれて眠気がおそってきたのか、ウトウトしはじめてきたようなので、タルカは妹を背負い、そのまま帰路につきました。
 町のなかは以前とかわらずしんと静まりかえり、なにものかが動く気配すらありません。降り積もった雪を踏みしめる足音だけが路地にひびいていました。
 下宿にたどり着くと表の出入り口からなかに入り、まっすぐ自分たちの部屋へむかいました。部屋のなかは薄暗く、出たときのまま、窓だけが開いて月明かりがさしこんでいました。タルカは妹をベッドに寝かせると、窓を閉め、ようやく自分も落ち着いて近くにあったイスに腰かけました。
 すると、ドッとつかれが押し寄せてきて、タルカもウトウトしはじめると、妹がねているベッドの端でうつぶせになり、いつのまにかねむりこんでしまいました。……


 ――ドタバタとさわがしい物音とともにタルカは目がさめました。廊下をだれかがあわただしく走ってくる音がきこえます。部屋のとびらを開けて入ってきたのはレイチェルおばさんでした。
「ごめんなさいね、すっかりおそくなっちゃって。どこに行ってもお医者さまがいないもんだから、馬車をとばして隣町の診療所まで行くことになってしまってねえ」と、おばさんは早口にまくしたてるように言いました。「で、エマちゃんの様子はどうなんだい?」
 おばさんはまだベッドでねむっている妹の様子を確認しました。いまではもうすっかり顔色もよくなり、病気だったのがウソのようにやすらかな寝息をたてています。これを見て、おばさんもほっとひと安心したようです。窓からはまばゆい朝日の光がさしこんでいました。
 レイチェルおばさんのあとから、ひとりの年老いたお医者さんが部屋のなかに入ってきました。
 お医者さんはベッドのちかくまでくると、エマの額にふれてみたり、脈をはかったり、胸に聴診器を当てたりして診察をしました。そして、タルカとおばさんを交互にみながらにっこりほほえんでこう言いました。
「どうやらもう峠は越したようですな。一応くすりを出しておきますが、それを飲んで、あたたかくしてゆっくり休んどれば、すぐに元気になるでしょう」
 おばさんはお医者さんに何度もお礼を言い、帰路につくお医者さんを見送るため、いっしょに部屋を出て行きました。
「――お兄ちゃん」
 いつのまにか目がさめたようで、タルカと二人きりになったタイミングでエマが話しかけてきました。
「わたしね、ふしぎな夢をみたよ」
「へえ、どんな夢?」
「わたしとお兄ちゃんが銀河鉄道の汽車に乗って、旅に出るの。そして汽車のなかでふしぎなお姉さんと出会って、その人といっしょにいろんなところへ行ったりしたんだよ」
「へんだな、ぼくもちょうどおんなじ夢をみたんだよ。銀河鉄道の汽車に乗って、いろんなところへ行って二本足で歩く動物とお話しをしたり、途中でエマとはぐれたりして、いろいろ大変だったんだ。でも、二人ともそろっておなじ夢をみるなんて、ふしぎなことがあるもんだな」
 そう言いながら、あれはほんとうに夢だったのだろうか、とタルカはおもいました。なんだか、まだ夢のなかにいるような奇妙な感覚で、ついさきほどまでじっさいにそんな出来事を体験していたような気さえします。
「ねえ、エマ――」と、タルカはおもむろに口をひらきました。「いつかまた、汽車に乗ってお兄ちゃんといっしょに旅行しよう。いままで行ったことのないところに行って、みたことないものをたくさんみて、いろんな体験をたくさんするんだ。きっとたのしいよ」
「ほんとうに?」
「もちろん、だからエマも、学校でたくさん勉強するんだよ」
「うん、やくそくね」
「ああ、やくそくだ」
 二人はやくそくを交わして、タルカは朝食のてつだいをするためイスから立ち上がりました。そのとき、なにかがひらりと床の上に落ち、なんだろうとおもいひろってみると、それは汽車の切符でした。よくみると二枚重なっていて、乗車した証である切りこみが入っています。
 タルカはふしぎそうな顔つきでそれをながめていましたが、やがてふっとかるく笑みをこぼすと、それを財布のなかに入れて部屋を出て行きました。






(つづく)