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【過去問】 事業所得と雑所得の区分②


1.問題

 個人で建築業を営むAは、商品先物取引業者であるB社の営業員Cから「必ず儲かる。」と勧誘を受けて、Cに言われるままに、商品先物取引を開始した。当該商品先物取引は、将来の一定の時期に商品を受渡しすることを約束して、その価格を現時点で決める取引であり、約束の期日が来る前にいつでも反対の売買をすることで「売り」と「買い」の契約を相殺し、その差額を清算して取引を終了することができる取引(差金決済取引)である。Aは、数回の取引をして決済したところ、平成21年中に、2000万円の売買差益を得たので取引を止め、B社に手数料合計500万円を支払った。Aは、これ以上の取引を望まなかったが、Cから更に強く勧誘されて、平成22年も更に数回の取引をしたところ、同年中に3000万円の売買差損を生じたことから、B社に手数料合計500万円を支払って、B社を介した商品先物取引を終了した。Aは、平成23年に着手金30万円を支払って弁護士Dに依頼し、B社に対し、不法行為に基づく損害賠償訴訟を提起したところ、裁判所は、同年中にCの勧誘につきB社の不法行為成立を認めた上で、弁護士費用を含む損害賠償金200万円及び遅延損害金の支払をB社に命じる判決を下し、判決は確定した。B社は、判決に従い、直ちに220万円(遅延損害金20万円を含む。)をAに支払った。また、Aは、あらかじめ約していた報酬40万円をDに支払った。なお、平成21年、同22年、同23年とも、Aは建築業でそれぞれ3000万円の所得を得ていた。
 以上の事案について、以下の設問に答えなさい。なお、租税特別措置法については考えなくてよい。
〔設問1〕
1. Aが商品先物取引によって平成21年中に得た売買差益2000万円の所得の種類はどのようになるか。

(司法試験平成23年第2問設問1小問1)

2.出題趣旨

 設問1は、Aが商品先物取引によって得た売買差金2000万円の所得税法上の取扱いを問う問題であり、1では、上記売買差金がいずれの所得に分類されるのかを根拠を示しつつ答えることとなるか、特に検討すべきは、譲渡所得、事業所得及び雑所得であろう。このうち譲渡所得については、問題文にある商品先物取引の性質に照らして、所有資産の価値の増加益を譲渡によって得たと見ることが適当であるかどうかを答えることとなる。また、Aが行う商品先物取引が「事業」といえるかは、問題文に示された事実関係を、自己の計算と危険において営利を目的とし対価を得て継続的に行う経済活動といえるかという基準(最判昭和53年10月31日訟月25巻3号889頁、最判平成元年6月22日税資170号769頁)に照らして判断する必要があり(名古屋地判昭和60年4月26日行集36巻4号589頁)、事業所得といえなければ雑所得となる。

3.採点実感等

 第2問は、設問1において、商品先物取引による売買差金の所得分類、これに対する費用、損失が生じた場合の損益相殺の可否といった所得税法の適用上の基本的な事項についての理解を問い、これを前提として、設問2において、商品先物取引に基因する損害賠償金の支払いへと転化した場合に、これを所得税法上どのように扱うかといった問題についても検討することによって、上記理解の応用力を問う問題であり、これらを主要な論点として採点した。
 設問1を採点した限りでは、大多数の答案が判例(最判昭和53年10月31日訟月25巻3号889頁等)が示す基準に言及しつつ、問題文に示された事実関係に即して、売買差金の事業所得性について論じており、これを配当所得、譲渡所得等と結論付けてしまった一部答案を除き、出題時に予定していた解答水準を満たしたものが多かった。このことは、法科大学院における基礎的な履修が十分行われているものと評価できる。

4.解答例

設問1小問1
 まず、Aによる商品先物取引は、差金決済取引であり、商品の引渡しを想定した取引ではない。このため、資産に対する所有などの支配を他人に引き継がせる行為ではなく、資産の「譲渡」(所得税法33条1項)にあたらず、譲渡所得には分類されない。また、Aは、平成21年中に、営利を目的として反復継続して、数回、商品先物取引を行なっている。このため、一時所得にも分類されない(同法34条1項)。
 次に、Aは、自己の計算と危険で、商品先物取引を行なっており、「対価を得て継続的に行う事業」(同法27条1項同法施行令63条12号)として事業所得に該当しないか検討する。この要件に該当するためには、営利性、反覆継続性のほかに社会通念上事業と認められなければならない。それは、取引の種類、取引における自己の役割、取引のための人的・物的設備の有無、資金の調達方法、取引に費やした精神的、肉対的労力の程度、その者の職業・社会的地位などから判断されるべきである(最判昭和53年10月31日参照)。
 商品先物取引は、投機的な取引であり、AはB社の営業員Cの勧誘をうけて、言われるがままに取引を開始している。また、Aは、商品先物取引を行うために、人的・物的設備を有しておらず、営業員Cを介して発注している。加えて、Aは、個人で建築業を営んでおり、平成21年は、そこから3000万円の所得を得ている。これらの事情を踏まえると、Aによる平成21年の商品先物取引は、社会通念上、事業と認められないと考える。
 そして、商品先物取引は、同法23条から34条までのいずれの所得にも該当しない。このため、雑所得(同法35条1項)と区分されると考える。

5.ケースブック租税法〔第6版〕との関係

 出題趣旨と採点実感は、最判昭和53年10月31日に言及している。この判決は、有価証券の譲渡所得が非課税であったころ、例外的に、株式取引からの所得が事業所得として課税されるのかという点が争われた事例である。本問が、おそらく、題材にしているとおもわれる、会社取締役商品先物取引事件の判断基準を念頭においていないようである。そこで、題意を踏まえ、上述の昭和53年判決を前提として、解答例を作成してみた。
 会社取締役商品先物取引事件では、「その経済的行為をなすことにより相当程度の期間継続して安定した収益を得られる可能性が存するか否か」が判断基準にあげられていたが、昭和53年判決は、この点には言及していない。取引の種類が投機的であるから、この判断基準からは事業性を認めるのが難しいと論じるとわかり易いとも感じた。
 事業所得と雑所得の区分の過去問の解答例は、いろいろな判決の判断基準を参照ながら作ってみたが、多面的に、問題を捉えることができ、面白く感じた。
 なお、ケースブック租税法における昭和53年判決への言及であるが、「株式取引が『事業』に当たらないとした裁判例(最判昭和53年10月31日訟月25巻3号889頁)などがある。」(258頁)と言及されているだけである。

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