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「官民連携」のパイオニアが語る医療デザインの可能性

医療デザイン Key Person Interview:吉田 雄人

横須賀市長を8年務め、現在は日本GR協会の代表理事である吉田 雄人(よしだ ゆうと)。日本医療デザインセンターでは「顧問」という立場から、医療デザインが社会に浸透していくように後押ししている。

吉田のライフワークは、『GR = Government Relations 』 による地域課題解決だ。行政と民間の強みを結集、すなわち官民連携によって全国各地に山積する課題を解決しようというアプローチ方法を意味する。
立場の違う官と民のパワーをどのように効率よく融合できるかが問われており、ここに地域活性化の重要なキーがあると吉田は考えている。

GRによって何ができるのか。GRは医療、介護、福祉とどう関わるのか。吉田の経験と知見は“医療デザイン” の活動にどう生かされるのかを聞いた。


GRで ”官民連携” の潤滑油に

吉田は2017年に横須賀市長を退任後、一貫して“GR” の道を歩んできた。一般社団法人 日本GR協会の代表、GRコンサルティングを行う会社の社長も務める。

まず、GR=ガバメント・リレーションズとは何か。

ーーGRには政府や行政に働きかける、知ってもらうという意味があるのですよね?

「GRは、PR(パブリック・リレーションズ)と同じく一つの手段なのですが、私たちは現在、次のように定義しています。

“さまざまな地域課題を解決するための良質かつ戦略的な「官民連携」を実現する手法”

行政は、これまでもさまざまな課題を解決してきました。しかし、今残っている問題の多くは行政だけで解決できなかったものが多いのです。例えば、人口減少地域での空き家の問題です。」

ーー住宅が不足しているころ、行政は公営住宅などを作って供給を増やしたのですよね。

「その通りです。しかし余り始めると、単独での解決策がないのです。一方で民間に目を向けると『リノベーション』『マッチングプラットフォーム』などの知恵と仕組みがあるわけです。そこで、行政と民間とを結びつきやすくするのがGRの役目です。」

行政と民間が対立しているわけではない。ただ、お互いの価値観や考え方や仕事の進め方を相互理解できていない部分がある。吉田たちは、その仲立ちをするのだ。


“誰かが悪いわけではない”社会構造から生まれる課題

現在、取り残されている社会問題の多くは放置されてきたのではないと吉田は言う。解決できない困難なものが残ってきてしまったのだと捉えている。

「例えば、公害なら原因となる有害物質を突き止め、排出を止めればいいわけです。でも、待機児童の問題ならどうでしょう。これは保育所が悪いわけでも、もちろん働くお母さんや生まれてきた子供が悪いなどということはあり得ません。
看取りの問題も同じです。お年寄り、家族、病院、行政に悪者はいません。構造的原因であり行政単独での解決は困難。だからGRを活用して、皆の力を合わせて挑みたいのです。」

ーー弱い立場の人に寄り添うということですね?

「『弱い』という表現は使いたくありません。小さな子供、障害のある方や高齢者は弱いのではなく、同じ『1人』です。『1票を持たない、あるいは行使できない人』と表現することで、誰のせいでもないと考える枠組みが大事かなと思います。」

現在、吉田は1カ月のうち10日ほどを宮崎県高原町(たかはるちょう)という人口8000人ほどの小さな町で仕事をしている。高齢過疎化が進む中、地域再生の道を模索する町役場の公募に応募したものだ。

「2021年10月から『産業官民連携推進官』として加わりました。地域商社の立ち上げや、企業版ふるさと納税の推進などを通じて、町を活性化する後押しをしたい。GRを用いて、行政の力だけでなく、民間の強みをうまく生かしていきたいです。」

吉田が慣れ親しんだ横須賀とは、規模も産業も人の考え方も違う。チャレンジは始まったばかりだ。


感じた医療デザインとGRの親和性の高さ

「GR人材育成ゼミ」も吉田のGRに関連した大切な活動だ。目指すところはGRを志し、推進できる人材の育成。2017年に設立され、吉田自らも講義を行う。

70人に達する修了生の1人に、のちに日本医療デザインセンターを設立する桑畑がいた。

2017年より現在も開催されているGR人材育成ゼミの様子

「いつもゼミ生には最終発表をしてもらうんです。桑畑さんの発表は、デザインを使って医療業界社会を変えていきたいという趣旨が明確でした。
今も印象に残っています。」

ーーそのあと、日本医療デザインセンターの構想を聞いたんですね。

「聞いてすぐに、ぜひ応援させてほしいと言いました。
これまで医療を提供する側と患者さんの距離がある、あるいは断絶しているという事例は確かに多いと思います。改善されてきたものの ”お役所” のような病院は多くありましたよね。
例えば、面会時間がWebにさえ明記されていないとか、少しでも時間を過ぎたら『規則だからダメ』という例。また、セカンドオピニオンという概念がなかったころは、医師が処方した薬を文字通り『鵜呑み』するしかありませんでした。それが変わってきました。」

ーー患者さん側のニーズも変わってきたかもしれません。

「その通りですね。治療ではなく、ウェルビーイングが求められています。新しいニーズに合うように、コミュニケーションのあり方を考え直そうというのが桑畑さんの考えであると理解しています。」

「行政と市民」、「病院と患者」という図式で捉えると、GRと医療デザインは親和性が高いことが分かる。吉田が、日本医療デザインセンターの活動に共鳴したのは自然の流れだったのかもしれない。

吉田の母が経営する店舗のベンチにて。


GRから日本医療デザインセンターに還元できること

ーーGRの手法やノウハウを使って、吉田さんが日本医療デザインセンターに還元できるのはどんなことがあるでしょうか。

「実践的な面で、バックアップしたいと思っています。例えば日本医療デザインセンターには、病院隣接の医療デザインの拠点を作る構想があります。
これには行政の理解や協力も不可欠。行政への説明の仕方、スケジュール感、予算の考え方などをアドバイスすることができると思います。」

代表理事の桑畑との八戸出張でのワンシーン。

ーー先ほどお話しに出た”看取り” も医療と福祉が連携しないと実現できませんね。

「まさに看取りは専門分野です。行政ができることはごく一部に限られています。医師、歯科医、薬剤師、看護師、管理栄養士、民生委員、町内会……言い切れないほどのプレーヤーが必要で、その皆さんとの連携が肝です。」

吉田市長時代、横須賀市は人口20万人以上の都市の中で、自宅での看取り率が全国で最も高くなった。市の医師会に先導役を務めてもらい、一方の行政が果たす役割を明確にした結果だったと言えるだろう。
こうした地域全体を枠組みとした経験は、地域医療をデザインする上でのアクセル役になるはずだ。

2020年11月に開催した、記念すべき第1回目の地域医療デザインフォーラムに、共に横須賀医療の推進に取り組まれた千場純医師と登壇した。


事例の積み上げを急げ!

医療デザインの可能性については吉田も高い期待を寄せている。だからこそ、活動に弾みをつけ加速する必要を感じている。

ーー11月には”第1回 日本医療デザインサミット”が開催されました。着実に活動の輪が広がっているように思います。

「サミットも今後の活動の弾みにしないといけません。ただ、理念の普及だけでは不十分で、実践者でなければ活動は続きません。
日本医療デザインセンターが関わったからこんなに患者満足度が高まった、というようにビフォア・アフターの事例作りが大切です。」

ーー課題感のある医療機関と言えば…賛助会員の皆さんがいますね。

「賛助会員の方々は皆、優秀で先進的な病院の経営者です。彼らのサポートのために、行政が考える医療、福祉への俯瞰した捉え方などもお伝えしていきたい。
賛助会員の皆さんが、デザインを自身の経営に取り入れられないか、前のめりに取り組み始めた今はチャンス。私たちが支援し、改善例を作っていければ加速度的に輪が広まっていくはずです。」

一朝一夕では変えられない難易度の高い課題だからこそ、やりがいがある。
冷静に課題を見通しながらも、発される吉田の言葉は最後まで熱かった。

取材後記

私は横須賀市民ではありませんでしたが、「吉田市長」の活躍は聞いていました。若さと活力あふれる、その印象のままに、分かりやすく、過不足のない言葉で説明される「GR」の可能性にすっかり惹きつけられました。
地元で培ったノウハウを、日本全国に昇華させようというのは本気の熱量がなければできないことだと思います。吉田さんの影響を受けたGRの担い手が、全国各地の課題を抽出し、解決する力に「医療デザイン」も加わって、どのような相乗効果を生むのかは見逃せません。(聞き手:医療デザインライター・藤原友亮)

吉田 雄人 プロフィール

1975年生まれ。早稲田大学政治経済学部を卒業後、アクセンチュアでキャリアをスタート。
2003年より横須賀市議。2009年より横須賀市長に初当選し、2期8年務める。退任まで、完全無所属を貫いた。
2017年の市長退任後は、地域課題解決のためには良質で戦略的な官民連携手法である日本版GR:ガバメント・リレーションズが必要であるという考え方の元、一般社団法人日本GR協会を設立し、代表を務める。


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