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南米回想#3【観察しているようで、観察されていた】

 南米・チリの南部に位置するパタゴニアと呼ばれる地域の沿岸部をカヤックで旅行した。パドリング最中には、トドやイルカ、フンボルトペンギンといった動物が顔を出す。彼らは決まってこっちの様子を窺っていた。

 やたらとムール貝の養殖が盛んだったチロエ島の沿岸部を、観光地カストロからケジョンという港町まで漕いだ。ケジョンに1泊し、再び大陸側に戻るべくフェリーに乗り込んだ。フェリーの移動は、大麻をやってる同年代とつるんだり、地震が起きたりとエキサイティングだった。大麻野郎の一人に、メルキセデックという男がいた。持参した地図よりも詳細なものを持っていたので、少しの間拝借し、旅程を組み直した。

 「決めたんだね!」とメルキセデック。
 キマってるのはどっちやねん。地図、ありがとう。

 プエルト・チャカブコで、フェリーを降りた。船内で出会ったアレックとメルキセデックは残った。「旅を終えて、実家に帰る。実家は電気屋なんだ」そう言っていたアレックスは、少し憂鬱そうだった。

 チャカブコはとにかく現金しか使えなかった。ここでも一泊だけして、即カヤック旅行を再開。ここからはいよいよパタゴニア感が強くなる。パタゴニア感というのは、全体的に灰色でだだっ広い景色の連なり。茫漠とかそういう言葉で表せそうな景色。

 チャカブコを出て一泊目、頼りない砂利場にテントを張った。なんで頼りないかというと、潮が満ちたときにいかにも水没しそうだったから。パタゴニア沿岸のようなフィヨルドは、海面まで草木が生い茂っていることが多い。だからテント場として有望そうなポイントも少ない。実際、カストロからカヤック旅行を始めた初日の記念すべき1泊目は、水没したテントの前室で、コッヘルがカラカラ音を立てて、その音で目覚めた。そんな環境下で、その日見つけた砂利浜は、ギリギリセーフな場所だった。

 巨大な流木にカヤックを結びつける。潮の満ち引きでカヤックが流されて移動手段が無くなったら、最悪死ぬしかない。テントを張って、飯を食って、メモを付けて寝る。

 「オー」

 フンボルトペンギンは、意外におっさんみたいな声で鳴く。

 「ンオー」

 波の音も大きくなってきた。心配になってテントの外を見てみると、1m先に海があった。案の定、ギリギリ。あと、1時間待ってセーフだったら、恐らく今日は大丈夫。心配になって、流木にくくったカヤックを見に行く。ズボンをまくってじゃぶじゃぶ歩きながら見に行く。あった。よしよし。

 テントに入り、寝袋に潜り込む。

 「オー、ンオー(やれやれ、アホだな、人間)」

 フンボルトペンギンがテントを観察していた。昨日までカヤックを漕ぎながら楽しんでいた観察対象は、いつのまにかパタゴニアという土地で圧倒的に生身の人間より生存力がある、つまり生態的地位が高い存在として、そのお高い地位から人間を見下ろしていた。飛べないくせに。

 あ、こっちは眠ることすらままならないじゃないか。

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