きみの鳥はうたえる。函館へ。

唐突ではあるが、監督を三宅唱が務め、俳優を柄本佑・染谷将太・石橋静河で固めた、『きみの鳥はうたえる』という映画が好きだ。確か、眠れぬ夜を過ごした翌朝、新宿武蔵野館にてその映画を見た。前述のように、本来的には映画を見るのに適していないコンディションで臨んだのだが、珍しいことにそのことが随分と似合う映画であった。偶然ではあるのだが。
この映画の登場人物たちは、バイトを平気でサボってフラッと映画を観に行ったりもしていて。それこそ「生活の中で映画を観ること」を大事にしている。生きていくことと、映画を観たり、恋をしたり、本を読んだり、音楽を聴いたりすることが、まさしく一体になっている。永遠に続くかのように思われたモラトリアムな時期は、あっけないほど突然終わるという残酷さを、すでにその時期を通り過ぎた人たちは知っているし、渦中に居る人たちはちょっぴりそれを退屈だと感じている。でも振り返るとそれは「かけがえのない奇跡のような時間である」。そうやって過ごした時間全部が「特別なもの」にあとあと思える。「特別なもの」は、決して「どこか遠くまで行かないと得られない」というようなものではなくて、もともと僕らはその「特別なもの」を持っている。普段はそれを発見出来ていないだけで、「もともとそこにある」。
そんなことが描かれているこの映画の舞台が函館だ。


とにかく歩いた。函館の街は散歩に向いている。それぞれの時間帯に違った顔を覗かせる。その中でも、とりわけ夜の時間帯は申し分ない。函館駅前など中心部は流石に人がいるが、少し距離を置くと、ほぼ人がいない。車も通らない。だから、大胆に道の真ん中を歩くこともできる。照明の色が魅惑的であり、特段何かがあるわけではないのだが、楽しい気分になってくる。今年の函館の夏は、例年より長いと寿司屋の店主は仰っていた。夜などは少し肌寒かったが、パーカーを羽織れば十分に心地よい気温であった。最終日は小雨が降ったりもしたが、気候にも恵まれた。

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気候と街の雰囲気も相まってストアルをよくした。特に、海沿いでのそれはよかった。『きみの鳥はうたえる』の後半のシーン、静雄と佐知子が歩く大橋のループの近くに、旅行中はよく陣取っていた。魚を釣るおじさんグループやカップルなど、疎らに人はいるものの、場所の魅力に対し人は少ない。波の音を聞き、その様に加え、灯りを眺めながら、アルコールの摂取が進む。丁度、中秋の名月の時期だということもあり、それもまた綺麗であった。ツイている。
一度だけ、一周りぐらい上の年齢だとは思うが、同志のソロ客がいることがあった。彼は、何をするでもなく、横になり一人ぐったりとしていた。
この場所は夜以外の時間帯も大変良く、朝方の時間も、日の照る真昼間の時間も、それぞれ素晴らしかった。


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『杉の子』というバーがある。これまた『きみの鳥はうたえる』の舞台になった場所で、静雄とその母親が親子二人で飲むシーンが撮られた。旅の最後の夜に訪れたのだが、ここもまた素晴らしかった。店を切り盛りするのは、自分の母親と同年代か少し上であろう女性二人と、どちらかの女性の旦那と思われる男性、それと同年代の男の人であった。店は大変繁盛していて、僕が入店して少し経つと満席となった。そんな時に、「もう出るよ」とお店を後にする常連らしき客が印象に残っている。隣席に座った、おそらく観光客だろう同世代のソロ男性は、佐藤泰志の小説から名をとった「海炭市叙景」というオリジナルカクテルを注文していた。そんな彼とは、『きみの鳥はうたえる』だけでなく、『海炭市叙景』『そこのみにて光輝く』『オーバー・フェンス』など、函館を舞台にした、佐藤泰志原作映画が作られるきっかけとなった映画館『シネマアイリス』で翌日、偶然遭遇した。会話をすることはなかったが、同志のオタクであることを確信し、心の中でしっかりとした握手をした。

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『梅乃寿司』という函館では有名なお寿司屋が前評判通りよかった。今回はランチで訪れたのであるが、次の機会があればお腹を空かせた状態で夜に訪問し、たらふく食べたい。訪れたのは平日で、かつ僕ぐらいの年齢でソロ訪問の客は珍しいらしく、「お兄さんみたいな年齢の人に来てもらえて嬉しい。」という言葉とセットで随分と親切にしていただいた。弾力と甘みがこれまで食べたのと段違いだった帆立、しつこくない蟹味噌が薬味に使われた鮮度抜群の蟹、やや炙られスモーキーな香りがし時間の経過により段階的に楽しめる鰆、脂身がしつこくなくまるで赤身のようなサーモンあたりが、印象的だった。

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詳細は省略するが、初日の夜訪れた席が空いているのに団体客を「満席なんですよね」と次々追い返すやる気はないが絶品の料理を出す居酒屋、朝食に膨大ないくらを食べた宿、こじんまりしている喫茶店である函館美鈴大門店、オタクのツイッターアカウントを特定した有名なB級グルメであるとこのラキピ、生活圏内にあるのが羨ましい蔦谷書店と図書館、温泉を結局借り切りっぱなしであった宿、イケメンの喧嘩も強そうな成人になったかならないかぐらいのお孫さんが手伝う朝方までやっているラーメン屋、函館山からの景色、『きみの鳥はうたえる』と『さよならくちびる』の聖地巡礼、そのどれもが本当に楽しく・素晴らしかった。


また行きたいな、函館。

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